260話 高月マコトは、魔王戦に備える
俺たちは、大迷宮へ戻ってきた。
実に、半年ぶりである。
「ジョニィさん。街の住人が増えましたね……」
俺は驚きの声がでた。
「うむ、古竜が街の安全を保ってくれるからな。噂を聞きつけて近隣の民も避難をしてきている」
ジョニィさんが、満足そうに頷いた。
俺は中層の地底湖一帯に広がる巨大な地下の大都市を眺めた。
なんか水の街より大きな街になっている。
「わー、モモちゃん。久しぶり~。元気だった? 大きくなったね!」
「木の勇者さん、お久しぶりです! ……私は成長できないんですけどね」
「あ、あー、そうだったー。吸血鬼だもんねー、あはは」
あちらでは大賢者様と木の勇者さんが再会を喜んでいる。
「なぁ、おまえ……本当にアベルなのか?」
「アベルじゃなくて、アンナですってば、土の勇者さん!」
「う、うーむ。火の勇者から、アベルは特殊な体質だとは聞いていたが……まさか女だったとは……」
「言っておきますけど、この姿でも剣の腕は以前とは比べ物になりませんから!」
「ほう、では一つ実戦形式の稽古と行くか」
「いいですよ!」
あっちでは、土の勇者さんとアンナさんが剣士らしい会話をしている。
久しぶりに会う人たちは、みんな元気そうだ。
「大母竜様! よくぞ戻られました!」
「うむ、息災であったか?」
「はい、我らの棲家は変わりありません! それで、これからは最深層へ戻るのですよね?」
「うん? これから精霊使いくんは魔王と戦うつもりだから私も一緒に……」
「何を馬鹿なことを! もしも竜王様の耳に届いたらどうされるおつもりですか!?」
「しかしだな……」
「どうか、考えをお改めください、大母竜様!」
「その通りです。すでに十分な義理は果たしたでしょう!」
「戻ってきてください! 地上の争いに我々が巻きこまれる必要はありません!」
「大母竜様!」
「…………うーむ」
白竜さんと仲間の古竜たち(人型形態)の会話が聞こえてきた。
あっちは少し立て込んでいるようだ。
間違いなく、俺が原因だけど。
白竜さんには、この半年お世話になった。
家族に心配をかけているようだ。
千年後に伝わる物語の聖竜様は、大魔王討伐まで救世主アベルの仲間だったはずだが、あの様子では難しいかもしれない。
魔王との戦いに、白竜さんをどこまで巻き込んでいいのだろうか。
悩ましい……。
――俺はすっかり様変わりした中層の地下都市を眺めた。
中層の地底湖にそって大小様々な露店が並んでいる。
そして、駆け回る子どもたち。
みんな笑顔だ。
ここって、本当に迷宮か?
かつて俺とルーシーが死にそうになりながら、魔物の群れに襲われた大迷宮・中層と同じ場所と思えない。
未来変わっちゃわない?
「変わったに決まってるでしょ、馬鹿マコト」
「え?」
その声に驚き、ぱっと振り返る。
そこには、綺羅びやかな衣装を纏った美しい少女が立っていた。
見覚えのある顔だ。
「な、何故、ここに?」
「待っていたわ、高月マコト」
腰に手を当て、高飛車に言い放つのは運命の女神の巫女。
そして、きっと運命の女神様が降臨しているのだろう。
「そういえばエステル殿は、マコト殿を待っていたのだったか。マコト殿、魔王と戦うのであれば、私に声をかけてくれ。準備はできている」
ニコリともせず、ジョニィさんは無造作に束ねた長い髪を揺らしながら離れていった。
腰に差している長い刀と、袴のような服装も相まって『侍』のようにしか見えない。
なんというか、絵になる人だ。
「ありがとうございます、ジョニィさん」
俺が御礼を言うと、少しだけ振り向き「ふっ」と笑った。
格好いいなぁ……。
「ちょっと、私を無視するとはいい度胸じゃない?」
「失礼しました、エステ……運命の女神様。ところで、どうしてここに?」
「あんたに話があるからに決まってるでしょ。ちょっとこっちに来なさい」
そう言って、俺は運命の女神様に物陰へと引っ張られた。
◇
――中層にある大きな滝の裏にある洞窟。
ひとけは無く、滝の音だけが心地よく響く。
ここなら、秘密の会話にはぴったりだろう。
むかし、さーさんと再会した時のことを思い出した。
「何を感傷に浸ってるのよ」
運命の女神様にデコピンされ、我に返った。
「失礼を、女神様」
女神様の御前でしたね。
「ふん、心配だから様子を見に来てあげたわ! 感謝しなさい。あなたが大迷宮の歴史を大きく変えたから、あとで修正をしておかないと……本当に面倒だわ」
「やっぱり歴史の改変が起きてますか……」
大迷宮の中層にこんな巨大な街ができたなんて話、聞いたことがない。
さーさんの祖先のラミア族は大丈夫だろうか?
「そこは、あなたが心配することじゃないわ、高月マコト。それより、魔王との戦いはどうするつもり? 勝算はあるんでしょうね?」
運命の女神様が、鋭い視線を投げかける。
俺は小さく「ふっ」と笑った。
「任せてください、ばっちりですよ」
半年間、遊んでいたわけではない。
が、イラ様はじとりと半眼でこちらを見つめた。
「どーだか、海底神殿に何回も挑戦してたくせに。間違って、死んだらどうするつもりだったのよ! 結局、全部失敗してたじゃない」
「まぁ、結果は残念でしたが過程も大事ですよ。おかげで、あいつと重要な『約束』も取付けられましたし」
「まぁ……それは、確かに。よくあんなことを約束させたわね……」
呆れた顔で苦笑された。
「で、作戦を教えなさいよ。私がチェックしてあげるわ」
「ええ、いいですよ。まずは、俺が先行して準備を……」
「あのっ!」
「「ん?」」
俺と運命の女神様がこそこそ話していると、誰かが乱入してきた。
「白竜さん?」
「あら、白竜ちゃんじゃない」
乱入者は白竜さんだった。
彼女の目は、大きく見開かれている。
仲間の古竜たちとの話し合いは終わったのだろうか。
「神聖な魔力を感じたので、不敬かと思いつつ会話を聞いていたのですが……貴女様は、もしや運命の女神様……なのですか?」
俺と運命の女神様は顔を見合わせる。
バレてしまったようだ。
「えっとね、このことは……」
「誰にも言いません! ああ、もう一度お会いできるとは……」
何事にも動じることが少ない白竜さんが、とてつもなく感動している。
そういえば、運命の女神様に昔助けてもらった、とか言ってたっけ?
そんなことをぼんやり思い出していると、瞳が潤んでいる白竜さんが、俺の方を見た。
「精霊使いくん、君は運命の女神様の使徒だったのだな」
「「え?」」
いや、違うんだけど。
ノア様の使徒なんだけど。
「運命の女神様に対して、あれほど親しげに会話できる存在……、ようやく合点がいったよ。私の竜族も説き伏せ、我々は運命の女神様の使徒殿に従います。会話を邪魔してしまい、申し訳ありません。どうぞ、密談を続けてください」
そう言って白竜さんは去ってしまった。
「「…………」」
取り残されたのは、俺と運命の女神様だ。
「あんた私の使徒になる?」
「なりませんよ……、そもそも別の人が居るんじゃないんですか?」
「居ないわ。というか、太陽の女神お姉さまが、『使徒』システムは禁止したのよ」
「禁止?」
そんな話は初耳だ。
でも、千年後でも『勇者』や『巫女』は居るが、俺と同じ『使徒』には会ったことがない。
「『勇者』や『巫女』は、女神の声を聞けるだけなんだけど、『使徒』って姿まで視えちゃうでしょ? でも、神族の姿を地上の民が見たら、少なからず精神に影響を与えちゃうのよね……」
「精神に影響?」
「精神汚染……、簡単に言うと気が狂うのよ」
そう言えば、そんな話をノア様から聞いたことがある。
「俺は平気でしたけど」
「それは、あんたがおかしいのよ」
「失礼ですね」
「どっちが失礼よ。さっき白竜ちゃんも言ってたでしょ? あんたは女神に馴れ馴れし過ぎるわ。何を見下ろしているのよ、ほら、跪きなさい」
運命の女神様が、俺の頭をぐいぐい押さえつけてきた。
が、小柄で非力な少女だが、低ステータスの俺だといい勝負になってしまう。
「嫌だ! 俺が跪く相手は一人だけだ!」
「へぇ、そう? じゃあ、あの女の使徒を屈服させてやるわ」
「性格悪いな!」
「ふふふ、そのセリフで私の慈悲の心が無くなったわ! 靴まで舐めさせてあげる」
ドSだ!
ドS女神だ!
「いやだ! 俺に靴を舐めさせることができるのはノア様だけなんだ!」
「あんた、変態なの……? にしても、力弱いわね」
「やめろー!」
抵抗するも虚しく、哀れな俺は小柄な巫女にマウントを取られた。
まじ、俺の力弱ぇー。
「さぁ、捕まえたわよ。私に服従しなさい」
俺は運命の女神様に下敷きにされている。
「くっ、殺せ!」
「ふふふ、観念するのね。高月マコト……」
そんな馬鹿なやり取りをしていた時だった。
「マコトさん……?」
「師匠……何をしてるんですか?」
俺とイラ様しか居ないはずの場所に、別の人の声が聞こえた。
アンナさんと大賢者様だった。
「「「「……」」」」
轟々と滝の音だけが響く。
「ご、誤解だ……」
「違うの……」
俺と運命の女神様が同時に言葉を発した瞬間。
「マコトさんの馬鹿ー!!!!」
「ししょうのアホーーーー!!!!」
アンナさんと大賢者様は、走り去っていった。
俺とイラ様は、ぽつんと取り残される。
「あんた、あの二人はパーティーの主力でしょ! 不味いんじゃない!?」
「運命の女神様は未来が視えるんですよね!? 教えて下さいよ!」
「誰だってうっかりはあるわよ!」
「あんた、神様だろ!」
「今は降臨しているから人寄りなのよ!」
俺と運命の女神様は、責任を擦り付け合った。
決着はつかなかったので、走っていった二人を追いかけることにした。
誤解は解けた…………と思う。
こうして、魔王との戦いの準備は着々と(?)……進んでいった。











