248話 高月マコトは、運命の女神と語る
「高月マコトーー!!!」
がばっと、運命の女神の巫女様が抱きついてきた。
巫女様は小柄だが、凄い勢いだったため俺はそのまま床に押し倒されてしまった。
「よく無事だったわね! 心配してたんだから!」
巫女様は俺の上に乗ったまま、小さな手で頭を撫で回した。
「あの~、巫女さ……あなた運命の女神様ですよね?」
「ふふふー、そうよー。久しぶりね、高月マコト」
さっきまでの仏頂面から一変、満面の笑みで運命の女神様は答えた。
やっぱり降臨済みか。
「さっきの冷たい態度はなんだったんです?」
「え? いやー、嬉しくって笑い出しそうだったから」
笑いこらえてただけかい!
なんか怒らせたのかなー、って心配してたのに。
「でも、俺もホッとしました。こっちには知り合いが居ないんで」
「……苦労、かけたわね、高月マコト……」
運命の女神様が俺の頭をぎゅっと抱きしめた。
薄い胸が顔に当たる。
ノア様やエイル様と違って柔らかくはない。
「その不敬な発言も見逃してあげるわ」
「……シツレイシマシタ」
心を読まれるのも久しぶりだなぁ。
「それにしても、俺がここに居るってよくわかりましたね」
「あなたのことはわからないわよ」
「え?」
「だって、あなたは聖神族の信者じゃないでしょ? だから、私には高月マコトの未来は視えない。けど、勇者アベルは別よ。あの子は太陽の女神の勇者であり巫女。だから、月の国に来ることが私の『未来視』でわかったの。でも、本来の歴史だと勇者アベルが月の国の王都に来るのはもっと遅いタイミングだから、高月マコトが関わってるとあたりをつけたのよ」
なるほど……でも。
「だったら、もっと早くコンタクトしてくれても……」
つい口から文句が出てしまった。
「無茶言わないで……、今の時代の運命の女神の信者なんてほとんど居ないし……。それでも、月の国の王都に勇者アベルが来ることがわかったから、バレないように隠れて待っていたのよ? ここに拠点を作るのだって、命がけだったんだから……」
「それは……ありがとうございます」
俺は自分の発言を恥じた。
そうか、ここは敵地のど真ん中。
そこで俺たちを待ってくれていただけでも、感謝をしないと。
「わかればいいのよ」
「とりあえず、立ち上がっていいですか?」
現在、俺は運命の女神様に押し倒されたままだ。
こんなところをモモに見られたら、何を言われるかわからない。
「あら、そうね」
俺が言うと、今気づいたというふうにイラ様が俺から少し離れた。
改めて、小柄な巫女に降臨している運命の女神様と向き合う。
話したいことは多々あるが……、
「ところで……イラ様は、千年後の時の記憶を持っているんですよね?」
「そうよ、高月マコトがノアの使徒だったこと、水の国の勇者だったことを私は知っているわ」
心強い。
その時、一つの疑問が浮かんだ。
「俺とイラ様の初対面っていつなんですか? 千年後に太陽の国で会った前に、イラ様は俺のことを知っていたってことですかね?」
俺はハイランド城で、初めてエステルさんに降臨したイラ様と会話した時のことを思い出した。
あの時は、俺と面識がある素振りはなかったけど……。
「ああ……時間の逆説のことを気にしているのね。違うわ、私と高月マコトの出会いは千年後のハイランド城が最初。あなたはそう理解しておきなさい。私は過去と現在の記憶を共有できるけど、未来に対しては無数にある可能性を覗き視ているだけ。そして、今回は過去にあなたを送り出したことで、『本来の歴史』と『改変された歴史』が混じり合っている。全ての歴史を観測できるのは、女神の中でも運命の女神だけ。未来は無数にあって、過去は確定していない。世界の時の流れは曖昧なの」
「な、なるほど」
わからん。
「言ったでしょ? あなたは気にしなくていいわ。それは運命の女神の仕事だもの」
女神様の言葉に、俺は納得することにした。
そうだ、俺が気にするべきは勇者アベルと一緒に世界を救うことだけだ。
その時、運命の女神様が何かに気付いたのか、俺の顔を訝しげに見つめた。
「高月マコト……、あなたのステータス表記が文字化けってるわね」
「ステータス?」
「所々読めなくなってるの……、私が『時間転移』を使った影響かしら……」
「それ……身体に悪影響は無いんですかね?」
俺は慌てて魂書を確認した。
こちらは、特におかしな表記にはなっていない。
「そうね……、強いて言えば『鑑定』スキルを使っても、正しく情報が読み取れないってくらいかしら。鑑定を使われても、鑑定妨害されたように映るだけよ」
「じゃあ、別に問題ないですね」
俺自身は、魂書で確認できるし。
というか、最近は熟練度くらいしか見ていない。
ん? でも、それなら変なことがある。
「あれ……? でも俺は白竜さんやアベルに鑑定スキルで、プライベートを暴露されたんですけど……」
「プライベート?」
「いや、あの……女性経験とかを……」
つい先日、恥をかいた話だ。
それを聞いた運命の女神様は、ふっと鼻で笑った。
「それなら文字化けってないから、はっきりと『0人』って表記されてるわ、童貞くん」
「いちいち具体的に言わないでもらえます!?」
「あんた千年後に恋人が沢山いたくせに、何やってたのよ? 草食男なんて流行らないわよ?」
「……」
修行ばっかりしてて、機会を逃したんだよ。
まさか、いきなり千年前にぶっ飛ばされると思わなかったからな!
その心を読んでか、運命の女神様の目が少し優しくなった。
「さっきのモモちゃん? あなたのことが好きみたいよ?」
「俺はロリコンじゃありません」
「細かいことを気にする男ね」
「年齢は重要ですよ!」
これは何の話だ?
閑話休題。
「話を戻します。これから俺たちはどうすれば良いでしょう?」
「ええ、本題に戻るわ。あなたのおかげで勇者アベルは生きてる。これで大魔王に敗北する歴史は回避できる。あとは仕掛けるタイミングだけど……、既にかなり歴史改変が起きちゃったから、前の歴史が当てにならないのよね……」
「そうなんですか?」
絵本『勇者アベルの伝説』を俺は取り出した。
それをパラパラとめくり流し読みをする。
「えっと、やっぱり不死の王を倒すタイミングですかね?」
「そうねー、本来ならこの時点で、不死の王は倒されているはずだった」
「それは気付いてましたよ。だから、早めに倒したほうがいいかと思って……」
「それを仲間に止められたのよね? 勇者の記憶を見たわ。でも、それは正解よ」
「そうなんですか?」
「不死の王……、本来の歴史ではどうやって倒してる?」
イラ様に聞かれ、俺は絵本を読み上げた。
――救世主アベルは、多くの勇者たちと力を合わせ不死の王を倒した。
しかし、犠牲は少なくなかった。
師であった火の勇者オルガ、土の勇者、木の勇者、鉄の勇者や森の勇敢な戦士たちが帰らぬ人となった。
魔王との死闘を生き延びた勇者アベル、白の大賢者、魔弓士ジョニィの三人は、黒騎士カインの追撃を躱すため大迷宮へ身を潜めることになった。
大迷宮の奥には、伝説の聖竜が……
「あんまり詳しく載ってないんですよね。この絵本。具体的な描写が無い……」
「何言ってるのよ。違いは明確に書いてるわ」
「そうですか?」
俺は首を捻った。
大きな違いは、不死の王を倒せていない点。
代わりに土の勇者さん、木の勇者さんたちは健在だ。
だから、違いといえば不死の王を倒せていないのに、火の勇者オルガさんが亡くなっている点。
ここを俺が代理として入るのだと認識していた。
「いい? 本来はこの時点で、アベル以外の勇者、ジョニィ以外の大迷宮の戦士は全滅してるはずなの。魔王カインによってね」
「え?」
「それだけじゃないわ。大迷宮の古竜たちも、白竜を除いてカインに殺される。それが本来の歴史よ」
「…………」
俺は大迷宮にいる勇者たちやルーシー似のエルフの女の子、古竜連中を思い浮かべた。
彼らが本来なら……死んでいた?
でも、今の歴史では存命だ。
確かにそれなら、随分と歴史が変わっている。
しかし。
「状況は、良くなってる、……ですよね?」
勇者は勿論、ジョニィさんが率いる獣人やエルフの人たちは皆、強い戦士だった。
古竜に関しては、言うまでもない。
生きてるほうがいいに決まっている。
だから、現状は好転しているはずだ。
しかし俺の問いに、運命の女神様は微妙な表情になった。
……なんで、そんな顔を?
「えっとね、勇者アベル、大賢者ちゃん、ジョニィ、白竜が大魔王を倒す動機、なんだけど……家族を殺された『復讐』なの……」
「……復讐!?」
思わず大きな声が出てしまった。
伝説のパーティーはそんな殺伐としてたのか!?
「そう、なの。育ての親である火の勇者を殺された恨み、目の前で母親を喰われた恨み、自分が率いる一族を滅ぼされた恨み、家族である古竜を殺された恨み……。それが大魔王を倒すことに繋がるんだけど……」
ちらりと運命の女神様は俺の方を見た。
「まさか……助けちゃったの……まずかったですか?」
「違うわよ! 私だってみんなが生きてるほうが良いもの! ……でもね、さっきあの子たちに触れた時に、記憶を確認してたんだけど……」
「だけど?」
「本来の歴史の時より、みんな気が抜けてるなぁって……気概に欠けるというか……」
「……それ、大丈夫なんですかね?」
急に不安になった。
「だ、大丈夫よ! 私に考えがあるから、任せておきなさい!」
と胸を張る運命の女神様。
不安が増した……。
「何でよ!」
「前に色々やらかしてるじゃないですか……」
「うぐ、……もう失敗しないから!」
「神王様の隠し子とかいないんですか?」
「一応、探したけどね……この時代には居なかったわ」
一応、探したらしい。
居なかったのか。
残念だ。
まあ、アレクみたいなやつが出てきても困るけど。
「結局、個別の話って歴史が変わってるってことを伝えたかったんですか?」
「そうね、それはあるわ。歴史の変化については、あなた以外の人に聞かれるわけにはいかないし」
ま、そりゃそうか。
「ところで、俺が千年後から来たことは仲間の三人に言わないほうがいいですかね? 今の所秘密にしてますけど」
「みたいね。千年後から来たことは言ってもいいと思うんだけど……魔王カインと同じ神を信仰していることは、勇者アベルには秘密にしておきなさい。アベルは育ての親を殺されたことを、相当恨んでいるみたいだから」
「……黙っておきましょうか」
今の所、勇者アベルとの関係性は良好だ。
わざわざヒビを入れる必要はないだろう。
「ま、そうは言ってもよ。あなたを褒めたかったの、高月マコトよくやったわね」
そう微笑む彼女は、まるで女神様のようで……女神様だった。
「引き続き、頑張りますね」
「あまり根を詰めるんじゃないわよ、仲間にも心配されてるじゃない。ところで、あなた何か欲しいものは無いかしら?」
「欲しいもの?」
「そ。今の私は力が弱いからそんなに大したことはできないけど……あなたには無理をさせているもの。私ができることなら何でも叶えてあげるわ」
「…………何でも?」
今、何でもって言いました?
言いましたね?
「い、いや……私、女神の末っ子だから、力も弱いからね? あんまり大それた願いはちょっと……」
俺の心を読んでか、イラ様が後退りした。
どうやら極端に無茶なお願いはNGらしい。
なら……どうする?
俺は、口元に手を当てしばし考えた。
そして思いついた。
「ノア様に……会えませんか?」
思わず俺の口からでたのは、そんな言葉だった。











