246話 高月マコトは、月の国の王都を散策する
「あれが月の国の王都か……」
千年前の時代にきて、初めて大きな人族の街を目にした。
あまり高くない城壁に囲まれており、守りが固そうには見えない。
「じゃあ、行きましょうか」
「待ってください」
前に進む俺の手を、勇者アベルが掴んだ。
今は男性の姿になっている。
「アベルさん、どうしました?」
「マコトさん。木の勇者さんの言葉を、忘れたんですか? 僕たちの仲間が月の国の王都に行ったっきり、帰って来ていないんです。まずは様子をみましょう」
「あ~、はい。そうですね」
そうだ。
冒険の基本じゃないか。
初見の場所は、下見しないと。
「えぇ~、大丈夫ですよ、我が王! 何が出ようと、水の大精霊が蹴散らしますから」
水の大精霊が現れ、先に進もうと提案した。
「駄目ですよ、水の大精霊さん! あなたが強いことは良く知っていますが、何でも暴力で解決してはいけません」
「あら、水の大精霊に意見するのですか、人間? 私の魔法の余波で倒れてしまう脆弱な分際で……あぁ! 我が王、そんな目で睨まないでくださいー! 冗談です!」
「アベルさん、うちの水の大精霊が失礼しました」
勇者アベルに無礼なことを言うディーアを窘めた。
正直に言うと、水の大精霊が居ればなんとかなる気はしている。
が、勇者アベルの言葉だ。
無視はできない。
そしてなにより、俺は慎重に行動するのが信条だったはずだ。
こんなに行き当たりばったりな思考だっただろうか……
――マコト、あなたすぐに無茶をするんだから!
そういえば、俺が突っ走っている時はいつも女神様が止めてくれてたっけ?
今は、俺を導いてくれる女神様の声は聞こえない。
……気を付けます、女神様。
俺は心の中で、女神様に詫びた。
「アベルさん、指摘をありがとうございます。すこし街の様子を観察しましょうか」
「はい、マコトさん」
俺たちは、街に出入りする人々を観察することにした。
俺の千里眼スキルも使ったが、単純な目の良さは白竜さん、大賢者様がずば抜けている。
彼女たちに聞いたほうが良い。
「白竜さん、モモ、どうですか?」
「検問はザルだな」
「ただ気になるのは……人族っぽく無い者が居ます。あれは何者でしょうか……?」
「魔人族だろう。人族と魔族の混血。……にしても随分多いな」
大賢者様の疑問に白竜さんが答えた。
そうか、魔人族が多いのか。
「魔人族……?」
勇者アベルにとっては耳慣れないのか、首をかしげている。
「精霊使いくん、どうする?」
「そうですね……」
白竜さんが俺に問うてきたが、実際のところ背景は理解している。
千年前の月の国は、人族と魔族の『種族融和』政策を掲げている。
地上の民が、全て魔人族になれば平和になるはず、という考えだ。
だから、王都コルネットには人族以外に魔人族が居るのは不思議ではない。
本来相容れないはずの、魔族と人族が婚姻しているのは厄災の魔女に『魅了』されているため。
魔族と人族が偽りの夫婦となり、多数の魔人族が住む魔都。
が、そんな歴史をしらない他の三人には違和感があるのだろう。
(虎穴に入らずんば虎子を得ず……)
半日観察をした限り、王都に入るだけなら大きな危険はなさそうだ。
ならば、これ以上は時間の無駄だろう。
「これ以上の情報は、街に潜入してみないとわかりませんね」
「仕方ないか……。いざとなれば私が皆を逃がそう」
白竜さんの言葉は、心強い。
「じゃあ、行きましょうか。水の大精霊は、俺が呼ぶまで隠れていてくれ」
「……はーい」
俺は不満げな水の大精霊にくぎを刺し、街へ近づくことにした。
変化スキルを使うことも考えたが、人族も魔人族もフリーパスの街だ。
下手な変化をして、バレたほうが怪しまれるだろう。
特に変装はしなかった。
大きな門が近づいてくる。
「次の奴こっちに来いー。うん? 見ない顔だな」
門番に呼び止められた。
「でかい女一人に、若い男二人と少女か……。君たちはどんな関係だ? この街への用件は?」
怪しむというより興味で質問をしてきている感じだった。
俺は事前に決めておいた話を語った。
「俺とアルとモモは三人兄弟です。で、こちらが俺たちの母さんです。実は、父親を病気で亡くしまして、この街に仕事を求めてやってきました。街に入っても良いでしょうか?」
勇者であるアベルは、偽名でアルという名前にしておいた。
あとは、本名でも問題無いだろう。
「そうか……父親が。それは大変だったな」
門番の顔が同情的なものに変わった。
「女手ひとつで大変だろうなぁ……。街の中は、女王様のご加護で安全だ。仕事、見つかるといいな。にいちゃんたちも、母さんを助けるんだぞ。ほら、君には飴玉をやろう」
「ありがとう、おじさん」
モモが飴を貰っている。
この門番さん、めっちゃいい人やん。
「う、うむ……」
比べて白竜さんは、頬をぴくぴくさせている。
母親役に抵抗があるようだ。
大迷宮で大母竜とか呼ばれてたから、てっきり子沢山かと思ったら実は未婚らしい。
「なんで結婚しないんですか?」
って聞いたら、「ああん?」って殺されそうな目で睨まれた。
……怖かった。
もう二度と聞くまい。
こうして、俺たちはあっさりと月の国の王都コルネットに潜入した。
「大きな建物が沢山! 食べ物が沢山売られてます、マコトさん!」
「わー、いろんな店がありますねー、師匠!」
勇者アベルと大賢者様がキョロキョロと街を見回している。
おいおい、田舎者丸出しだぞ?
ちょっとは、白龍さんの落ち着きを見習ってだな。
「ほう! なんだあの品物は? 初めて見るな!」
キラキラした目で、露店を冷やかしている白龍さんの姿があった。
そういえば地上の街に行くのは数百年ぶりと言ってましたね。
はしゃぐ三人に嘆息しつつ、俺たちは街を散策した。
まずは寝床を確保しようということで、宿屋を探した。
すぐに見つかった。
が、保証金が無い。
困っていたら「換金できそうなものはないの?」と聞かれ、白竜さんが大迷宮の魔石を渡すと「とんでもねぇ純度の魔石だな。ちょっと待ってな!」と言って店の奥に消えた。
しばらくして店主が戻ってきて、大量の硬貨を持ってきた。
「こんなにいいのか……?」
白竜さんが戸惑っている。
「おう、勿論だ。部屋もワンランク上げておいたぜ、サービスだ」
と良い部屋を用意してもらえた。
ここの宿の店主もいい人だ。
俺たちは荷物を部屋に置き、街を散策することにした。
「お客さん」
宿を出ようとしたときに、店主に呼び止められた。
「あんたらはこの街が初めてらしいから言っておくが、朝は女王様の演説があるから月の王城前に集まるように。これは王都に居る全員の義務だからな」
「わかりました。教えていただき、ありがとうございます」
俺は店主にお礼を言って、宿を出た。
「よう、可愛いお嬢ちゃん、うちの商品はどうだい」
「そこの綺麗な顔のにーちゃん。あんたに似合いの装備があるよ」
「美しい奥様。あなたに似合いのドレスを見ていかないかい?」
「誰がマダムだ!」
みんなが客引きにあっている。
白竜さん、設定忘れてない?
王都コルネットには活気があった。
大賢者様と勇者アベルは、楽しそうに店を見て回っている。
本来の目的は『聖剣』に関する情報収集だが、それは夜に酒場にでも行こう。
俺は露店で串焼きを数本買って、そのへんのベンチに腰掛けた。
ゆっくり食べながら、道行く人々を観察する。
気になる点は、魔人族の多さだろうか。
魔人族は外見的に、人族ではありえない特徴を持っている。
角のある者。
肌の色が独特な者。
目が3つある者。
しかし、みな友好的だ。
子供や老人も多くいる。
試しに、通りかかった人に王城までの道を聞いたら快く教えてくれた。
雰囲気的には、水の国に似ているかもしれない。
その時、俺の隣に白竜さんが、どかっと座った。
「貰うぞ」
と言って、俺の手元から一本の串焼きを奪っていった。
支払いは白竜さんの魔石を換金したものなので、文句は無い。
というかちょっと買い過ぎたと思っていた。
「美味いなこれ。何の肉だ?」
「暴れ野牛らしいですよ」
「ほう……今度、狩ってくるかな」
「秘伝のタレを使ってるみたいなんで、手作りじゃ同じ味は出せませんよ」
「そうか、残念」
とりとめのない会話をした。
周りに違和感を与えないように。
ーー精霊使いくん、気づいているか? ここの民にかかっている呪いに。
白竜さんが念話で話しかけてきた。
「ええ、『魅了』のことですね?」
俺は小さな声で答えた。
ーーそうだ。魔族の気配もする。人族と相容れぬはずのこいつらが、家族を成している。街全体を覆っている『魅了』魔法……。とてつもない使い手がいるぞ。
「月の巫女……。この国の女王でしょう」
別名『厄災の魔女』。
この国を支配している人物だ。
ーー知り合いか?
「まさか。知り合うのはこれからです」
ーーまた、よくわからぬことを……。そもそもお主何者だ? 古い神族の信者であることは隠しているようだが……
そう問われて、少し考えた。
俺の目的。
千年後の未来から来たこと。
白竜さんになら、話してもいいかもしれない。
彼女は非常に思慮深い。
「白竜さん、俺の目的ですが……」
ーー待て。ここでは聞きたくない。
「?」
思いがけずストップをかけられた。
ーー私自身は、精霊使いくんの正体に興味は無くもないが、話すなら全員に話してくれ。我々は部隊だろう? チーム内のメンバーに情報格差を作ると、不和のもとになる。そう思わないか?
「…………」
諌められた。
ーー私が最も知りたいのは、この部隊で魔族の神を倒せるかどうか、という点だけだ。精霊使いくんは倒せると思っているのだな?
「それは保証しますよ」
ーーなぜそこまで自信を持って言えるのか……。まあ、良い。期待しているよ
「……はい」
その言葉に、一瞬ノア様のことを思い出した。
街で遊び、もとい探索していた二人が戻ってきた。
一度宿に戻り、酒場で夕食がてら情報収集をした。
が、あまり実のある情報は得られなかった。
月の国は素晴らしい。
月の国の女王様は素晴らしい。
王都コルネットにいれば安心だ。
そんな声ばかりだった。
そもそも王都の民全員が『魅了』魔法にかかっているのだ。
おそらく重要な情報は、持っていないのだろう。
困ったな……。
その時、どこからか声をかけられた。
「高月マコト様……」
ぎくりとした。
俺の名前がフルネームで呼ばれた。
俺は、千年前に来てから『高月』姓を一切名乗っていない。
それを知っているのは、千年後の知り合いだけ。
名前を呼んだ者を見ると、深くフードを被った少し怪しい人物だった。
見覚えは無い。
「こちらへ来ていただけますか? ……我らの主がお待ちです」











