245話 高月マコトは、アベルに戸惑う
「マコトさん。太陽魔法の修行をしましょう!」
「は、はい」
昨日から勇者アベルに話しかけられることが多くなった。
移動二日目。
今日は天気が悪かったので、早めに野営をすることになった。
風雨を凌げる場所が無いかと探していたら、「面倒だ」と白竜さんが言って、木魔法で家を作ってくれた。
なにそれ、めっちゃ便利。
食事を終えた俺たちは、おのおの自由時間……ではなく修行することになった。
「ほら、チビっ子。空間転移の練習をするぞ。まずは自身の座標と転移先の座標を正確にイメージしろ。これを失敗すると、星の外まで飛ばされるぞ」
「な、何を言っているのかわかりません!」
「まずは、私が手本を見せてやる。次は真似してみろ」
「えぇー! 詳しい説明は無いんですか!?」
「考えるな! 感じろ!」
「無理ですー!!」
白竜さんが、大賢者様に魔法を教えている。
高位の運命魔法のことはよくわからんが、なんかレベルが高いっぽい会話が聞こえてくる。
羨ましい。
「マコトさん、僕が今から同調して太陽魔法を使いますから、感覚を掴んでください」
「は、はい……アベルさん」
距離が近い。
勇者アベルの態度の変化に少々戸惑う。
「違いますよ、マコトさん」
「え?」
「この姿の時はアンナと呼んでくださいって言ったじゃないですか」
「は、はい、アンナさん。よろしくお願いします」
「はい! よろしくお願いします、マコトさん」
ニコニコしている勇者アベル改め、聖女アンナが俺の目の前に立っている。
そう、今のアベルは女性の姿なのだ。
「なんで……その姿なんですか?」
「魔法を使うには天翼族の姿のほうが都合がいいんです」
「天翼族は、魔法に長けた種族だ。魔族にも引けを取らんぞ」
モモを指導している白竜さんからコメントが入った。
流石は、物知り白竜さん。
「へぇ……」
俺は目の前の翼が生えた彼女を観察した。
何度も言うが、聖女アンナの姿はノエル王女と瓜二つだ。
口調や仕草は違うが、どうしても太陽の国の王女様のことを思い出してしまう。
どうにもやり辛い。
「マコトさん、僕の顔に何かついてますか?」
「あー……」
しまった。
聖女アンナの顔を見つめ過ぎたようだ。
迷った末、正直に言うことにした。
「アンナさんが、知り合いに似てまして」
「知り合い、ですか?」
嘘では無い。
あなたの子孫ですよ、とは言えないが。
その言葉に、んー、と頬に指を当てて考える仕草をする聖女アンナ。
やっぱり性別が変わると、アベルの時とは雰囲気が違うな、と感じた。
何か思いついたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もしかして、そのひとはマコトさんの『想い人』だったりします?」
こちらを覗き込むような視線を向けられた。
「えっ!? 師匠! どーいうことですか!」
「おい、チビっ子! 修行の途中だぞ」
白竜さんが止めるのも聞かず、大賢者様が、こっちに飛んできた。
「師匠はアンナ様みたいな美人さんが好きなんですか!」
モモが慌てた様子で、こちらに詰め寄る。
「も、モモちゃん!? 美人じゃないよ、僕は!」
アンナさんが、慌ててそれを否定する。
俺はため息をついた。
アンナさんが美人なのは、同意だけどね。
それは違う。
「アンナさんが似ている人っていうのは、俺の幼馴染の婚約者ですよ」
「なんだ……そうですか」
聖女アンナは、少しつまらなそうにつぶやいた。
「な、なんだー。そうですよね、師匠に恋人なんて居ないですよね?」
「なに?」
大賢者様が、たはーと胸を撫でおろしている。
失礼な。
「恋人は居るぞ」
戻るって約束したルーシーは、恋人だ。
さーさんやソフィアや、姫だって……多いな。
名前と人数を言うのは止めておこう。
何となく。
「「「!?」」」
俺の言葉に、何故か三人とも衝撃を受けたような顔をした。
なんだよ。
「マコトさん……疑うわけじゃないのですが……、恋人が居るって本当ですか?」
「なんで疑うんですか」
「だって……」
聖女アンナが、言い辛そうにもじもじしている。
よくわからないな、恋人がいるのは嘘じゃない。
一応、千年後の世界では国家認定勇者だし。
そこそこモテてた、……はず。
「精霊使いくんは『童貞』なのに、恋人が居るなんて見栄を張ってるんじゃないか、と言いたいのだよ。そこの天翼族は」
白竜さんが、ぼそっと言った。
「なっ!?」
何故それを知っている!
「そうですよ! 私も吸血鬼について白竜師匠に教えてもらったんです! 師匠の血は特別な味がします! 芳醇な香りにビロードのような舌触り、あれは『童貞』の味です!」
「おい」
無駄に凝った言い回しをするな。
ビロードってなんやねん!
モモに余計な知識を与えた犯人は……?
俺が白竜さんを睨むと、彼女は目を逸らした。
「そうですよー、我が王は清い身体です。ふしだらな行為はしておりませんよー」
水の大精霊まで出てきやがった。
こ、こいつらっ……!
『明鏡止水』スキルを使ってなお震えた。
「なんでみんな知ってるんだよ!」
千年前にやってきて、一番の大声で怒鳴った。
◇
・『鑑定』スキル持ち……白竜さん、聖女アンナ
・血を飲んだらわかる……大賢者様
・なんとなくわかる……水の大精霊
事情聴取をしたところ、俺の童貞歴は筒抜けだったらしい。
こいつらの前には、プライベートなんてなかったんや……。
というか、何となくわかるって何だよ……水の大精霊。
「お、怒らないでください……マコトさん」
「別に怒ってないですよ」
俺ががっくりと落ち込んでいると、聖女アンナがおろおろと話しかけてきた。
ショックから立ち直り、俺は修行の続きをすることにした。
しばらく無言で修行が続いた。
会話が無いので、俺が口を開いた。
「俺の秘密だけバレるのは不公平なので、アンナさんの秘密も教えてください」
「僕の秘密ですか?」
俺が半眼で告げると、彼女は焦ったようにキョロキョロと首を動かした。
「え、えーっとですね。で、では僕は『太陽の巫女』スキルを持っています!」
「あぁ、そうですね」
知ってる。
というか、聖女アンナが『太陽の巫女』であることは千年後なら幼児だって知ってる。
「全然驚きませんね!」
「他には?」
「うぅ……、他ですか」
「そういえば」
ふと、気付いた。
聖女アンナ=勇者アベルが持っているはずのあのスキル。
彼女の口から、きちんと聞いていない。
「アンナさんの持っているスキルを教えてもらえませんか? 全て」
「え、ええ……いいですけど」
アンナの口から、次々に強力なスキル名があげられた。
「以上です」
「他には?」
「え? いえ、これだけですよ?」
「もう一度、確認してもらっていいですか? きちんと魂書を見てください」
「は、はい。わかりました…………えっ!?」
アンナの目が丸くなった。
「ひ、光の勇者スキル……これは一体」
「あるじゃないですか」
魔王カインの神器を斬り飛ばした魔法剣。
――七色に輝く刃。
『七色の光』は、神級もしくは準神級の証。
太陽の女神様に教えてもらった通り。
その魔法剣を扱えるのは光の勇者のみ。
「マコトさん! どうして、僕に新しいスキルがあることを知ってるのですか!」
「ん? えっと」
聖女アンナが凄い剣幕で詰め寄ってきた。
「太陽の女神様の神託ですよ」
「……マコトさんは、そういえば何でも僕が信じると思ってませんか?」
「ソンナコトナイデスヨー」
少しギクッてなった。
アベルさん、素直だからなぁー。
神託って言えば大丈夫やろ、って思ってます。
「マコトさん。神託って本当ですか? 僕に隠していることはありませんか?」
何故か俺が責められる流れになった。
これは良くない。
「あ、アルテナ様に聞いてみればいいじゃないですか。太陽の巫女なんですよね? アンナさんは」
巫女は神様の声が聞こえる。
千年後の話とは言え、俺がアルテナ様の神託を受けたのは紛れもない事実。
当人に確認してもらうのが、一番手っ取り早い。
「それは……できないんです」
「なぜ、ですか?」
何となく察しがついたが、質問した。
「暗闇の雲……あれが空を覆い、太陽の光が届かないため僕は太陽の女神様の声が聞けません……役立たずの巫女なんです」
しょんぼりと俯いてしまった。
落ち込んでいる様子だ。
「それじゃあ、仕方ないですね。機会があったら聞いてみましょう。俺がアルテナ様に神託を受けたのは間違いないから、そこは信じてください」
なるべく明るく声をかけた。
「はい……」
「話が逸れたので、修行の続きをしましょうか」
そう言って締めくくった。
勇者アベルが『光の勇者』スキルを自覚してくれたことは良いことだ。
が、『光の勇者』スキルは太陽の光が無ければ、ガソリンの無い車みたいなもの。
ここの課題を解決しないといけないな。
そんなことを考えていた時だった。
「あの……僕の秘密ですけど……」
アンナが俺の近くに寄ってきた。
顔が少し赤い。
「別にいいですよ。スキルを教えてもらったので、チャラで」
「いえ……マコトさんの個人的な秘密を、勝手に知ってしまったのは申し訳ないので……」
「別に気にしてませんから」
俺が童貞であることは、大賢者様、白竜さん、水の大精霊にもばれているのだ。
今更、気にすまい……ははっ。
「えっと……僕も経験はありません」
「……?」
一瞬、聖女アンナが何を言っているか理解できなかった。
「僕も……処女ですから」
顔を真っ赤にして、耳元で囁かれた。
「……っ!?」
何を言ってるんだ。
この聖女は?!
「おそろいですね」
「は、はい」
俺はかくかくと頷いた。
「しゅ、修行しましょうか!?」
「そ、そうですね!」
その日の魔法の修行は、少しぎこちなかった。
◇
翌日は雨が上がり、白竜さんに乗って目的地を目指した。
「この辺りで降りよう」
白竜さんの言葉で、俺たちは地面に降り立った。
千里眼を使うと、遠目に大きな城壁が見えた。
城壁は初見だが、地形には見覚えがある。
その時は街は無く、だだっ広い草原と崩れかけた廃墟があるだけだった。
しかし、俺たちの前には大きな城塞都市と美しい城がそびえ立っている。
俺たちは――月の国の王都コルネットに到着した。











