243話 高月マコトは、月の国へ向かう
現在、俺たちは白竜さんの背に乗り大空を飛行している。
メンバーは、勇者アベル、大賢者様、白竜さん、そして俺。
大迷宮から引き続きの顔ぶれだ。
木の勇者さんは一緒に来たがっていたが、白竜さんが「あまり人数を増やすな」ということだったので、泣く泣く諦めてもらった。
ちょっと申し訳ない気がしたが、白竜さんが乗せてくれるわけなので文句は言えない。
「わー、高いですねー師匠!」
「凄い景色! 僕の翼では、こんなに高く飛ぶことはできません!」
「ふふん。そうであろう、そうであろう」
はしゃぐ大賢者様と勇者アベル。
その反応に得意げな、白竜さん。
そして、俺はというと……。
「…………」
無言である。
だってすげー、怖い。
『明鏡止水』スキルを使ってもなお怖い。
なんか揺れは大きいし、風で目を開いていられないし。
えぇ……、これがずっと続くの?
飛空船の快適な空の旅とは全然違う……。
が、モモとアベルは楽しそうなので俺が空気を壊すわけにはいかない。
我慢だ、我慢。
「精霊使いくん、少しゆっくり飛ぼうか?」
「……そうしてもらえると助かります」
白竜さんがすぐに察してくれた。
やはり最年長、気配りが上手だ。
白竜さんがスピードを緩めてくれたおかげで、ようやく会話をすることができた。
俺はあまり下を見ないように、二人と話した。
「マコトさんは、月の国に行ったことはないですよね?」
勇者アベルと雑談をしていて質問された。
「あるよ」と答えそうになり、慌てて口を抑える。
「勿論、行ったことないですよ」
俺が行ったことがあるのは、千年後の月の国の王都。
何もない廃墟だった。
「実は僕、ずっと行ってみたかったんです。噂で聞いただけですが、この数百年、魔王軍の脅威から唯一逃れている聖都。一体どんな場所なんでしょう」
「そう……ですね」
期待に目を輝かせるアベルと対照的に、俺の返事は重い。
月の国が栄えているのは、魔王軍と通じているからだ。
絵本によると、その事実を暴くのは勇者アベルであるらしい。
アベルと離れるわけにはいかないので連れてきたが、何が起きるやら……。
「師匠ー、ここで火魔法の修行は無理ですよー!」
隣にいるモモが俺に訴えてきた。
白竜さんの背中に乗っていると、風の勢いが強く、火が消えてしまうようだ。
ちなみに、俺も水魔法と運命魔法の修行を続けている。
「じゃあ、別の魔法にしようか。土魔法か木魔法あたりなら使えるよな」
俺は、モモに別の魔法を提案した。
「うぅ……、移動中は修行しなくていいよ、とは言ってくれないんですね……」
「移動中なんて、むしろ修行しかやることないだろ?」
よくわからんことを言う弟子だ。
のちの大賢者様だけど。
その時、俺は重要なことを思い出した。
「白竜さん、モモに空間転移を教えてもらえませんか?」
俺は風で喋り辛い中、白竜さんに向かって叫んだ。
「ん? 私が教えるのか。別に構わないが」
「師匠、急にどうしてですか?」
「俺は教えることができないからな。でも、モモは『賢者』スキルがあるから使えるだろ」
千年後の大賢者様は、大陸有数の空間転移の使い手だった。
だから、モモには才能があるはずだ。
「では、空いた時間で運命魔法を教えてやろう」
「は、はい……師匠が二人になりました」
「人間、いや半吸血鬼に魔法を教えるのは初めてだ。ふふ、私は厳しいぞ?」
「うぅ、お手柔らかに」
白竜さん、面倒見がいいなぁ。
大迷宮の古竜たちにも慕われてたし。
姉貴って感じだ。
流石は一万歳の古竜。
ただ、歳のことを言うと睨まれたので、言ってはいけないっぽい。
「マコトさん、僕は何をすればいいですか?」
勇者アベルがおかしなことを聞いてきた。
伝説の救世主アベルに、俺が偉そうに言えることなど何も無いのだけど……。
「えーと、俺は剣士じゃないのでアベルさんに教えられることは無いですが」
「そう……ですか」
少ししょんぼりしているようにみえる。
――その時、俺の脳裏に昔ふじやんから教えてもらった言葉が蘇った。
「よいですか、タッキー殿。友人が三人以上集まった時、会話の内容は『共通知識』であることが望ましいですぞ。拙者とタッキー殿はゲームの話で盛りあがっていますが、ここにゲームに詳しくない人が混じれば、疎外感を感じてしまいます。他の知識も持っておくことが重要なのです」
「なるほど」
流石はコミュ強のふじやん。
ためになる。
「よって、タッキー殿も『ケモ耳』の素晴らしさを理解するのですぞ!」
どうやら趣味の話をしたいだけだったらしい。
ためにならなかった。
「『ケモ耳』趣味の人間は、ゲームにも詳しいんじゃないかなぁ……偏見だけど」
「むぅ、そう言われるとそんな気もしますな」
そんなどーでもいい話だ。
その時の俺は、結局『ケモ耳』の素晴らしさは理解できなかった。
それはそうとして。
俺と大賢者様と白竜さんは魔法の話題で盛り上がっている。
勇者アベルだけ、会話に参加していない。
これはいけない。
「俺に太陽魔法を教えてもらえませんか? 最近、スキルを獲得したばかりで不慣れなんです」
「僕が教える……ですか? わかりました! 任せてください」
アベルの顔がぱっと明るくなった。
正解ルートだ。
「じゃあ、さっそく俺の魔法を見てもらいたいんですが」
「い、今からですか!?」
「なぁ、お前さんたち。私の背中で魔法を失敗させてくれるなよ……」
白竜さんから注意されつつ、俺たちは空の旅を続けた。
◇勇者アベルの視点◇
夜になり、白竜様が疲れたということで僕たちは野営することになった。
マコトさんが、川から魚を獲ってきて、モモちゃんが料理をしてくれた。
僕も何か手伝おうと思ったけど、マコトさんが「いいですよ、休んでて」と言われ僕はやることが無くなった。
みんなで夕食を取ったあと、順番に休憩を取ることになった。
「じゃあ、先にアベルさんどうぞ」
「師匠、ふらふらしてますよ? 休んでください」
「精霊使いくん。君が一番疲れている。休め」
「わかりました……」
マコトさんは白竜様の背中に乗るのに、かなり体力を使っていたらしい。
横になってすぐに、寝息が聞こえてきた。
「私も一緒に!」
モモちゃんは、マコトさんの毛布に潜り込み、こちらも幸せそうな顔で寝ている。
兄に甘える妹のようだ。
残ったのは、白竜様と僕。
ちなみに、白竜様の今の姿は竜ではなく人族の女性の姿になっている。
「…………」
「…………」
会話が無い。
気まずい。
沈黙を破るように、白竜様が話しかけてくれた。
「ところで、今は女の……『天翼族』の姿をしているのはなぜだ? 隠しておくべきなのだろう?」
「ここには、僕の秘密を知っている人だけですから……。あと夜はこの姿のほうが楽なんです。昼間は男の姿になるんですが……」
「ふぅむ、混血の体質ということか? 難儀だな」
「ええ……、周りにばれないように常に気を張っていました。こうして自然な姿で居られるのは久しぶりです」
僕は言いながら、マコトさんの寝顔を見つめた。
まだ出会ってから、そんなに時間は経っていない。
でも、マコトさんには驚かされっぱなしだった。
この人について行こう。
マコトさんを信じれば、きっと全部上手くいく。
自然と、そんな考えが浮かんだ。
「危ういな……この男は」
白竜様が、ぽつりと言った。
僕は一瞬、聞き逃しそうになった。
危うい?
それは、マコトさんが?
こんなに強いのに?
僕は驚いて、白竜様の顔を見つめた。
「なんだ、人間の勇者くん。君はそうは思わないのか? まさか、精霊使いくんについて行けば全て上手くいく、なんて考えてないだろうな?」
「っ!?」
ニヤリとされた。
白竜様に心の内を見透かされたような気がして、僕は押し黙った。
何でそんなことを言うんだ。
「白竜様……。教えてください、どういうことですか?」
「大声を出すな、二人が起きる。……これはあくまで私の意見だから、正しいとは限らんぞ。それでも聞きたいか?」
「聞かせて……ください」
「よかろう」
そう言って、一万年を生きたと言われる伝説の白竜様から語られた言葉は、僕を驚かせるのに十分な内容だった。











