238話 高月マコトは、大迷宮の最奥に到達する
「マコトさん、これは氷魔法? 敵襲ですか?」
凍りついた迷宮内の温度が、ガクッと下がった。
当然、モモと勇者アベルが起きてきた。
勇者アベルは、寒いようで少し震えている。
大賢者様は、吸血鬼だから寒さは平気らしく震えてはいない。
が、どうも様子がおかしい。
「……師匠、その女は誰ですか?」
俺に抱きついている水の大精霊を、モモが指さした。
…………って、あれ?
「モモ、水の大精霊が視えるのか?」
「は? いつの間にか、こっそり女を連れて来てたんですかぁ? あ~、綺麗な人ですねぇ~」
いやいや、そんなわけないだろ。
ちょっと、モモが怖い。
「待て待て、水の大精霊。これはどうなってる?」
「我が王、わたしはあなた様に『名付け』されたことで、地上に受肉することができました。あなた様が死ぬまで、お側でお仕えします」
「は?」
じゅ、受肉って何だ?
えっと、今まで魔法の熟練度を鍛えないと視えなかった大精霊が、誰にでも見えるようになった?
な、名づけにそんな効果が……?
「マコトさん、彼女は一体何者ですか? 恐ろしいほどの魔力を秘めているようですが……」
俺は勇者アベルの質問に答える前に、隣に居る水の大精霊を睨んだ。
「聞いてないぞ、ディーア」
「てへ☆」
こいつ、知ってて隠してたな!
くっ、ノア様みたいな顔しやがって。
「師匠ぉ~」
「マコトさん?」
「えーと、モモ、アベルさん。彼女はですね……」
俺は内心焦りつつ、水の大精霊のことを説明した。
「彼女が水の大精霊……ですか?」
「師匠が、名前を付けたら視えるようになったと……?」
「ああ、我が王……愛おしい……」
勇者アベルとモモが、水の大精霊を見つめているが当人はマイペースだ。
というか、くっつき過ぎだ。
「ちょっと、師匠にベタベタしないでください! 新入りのくせに!」
「は? わたしはずっとそばに居たんですけど? あなたこそ最近弟子入りしたばかりでしょう?」
「師匠、こいつ生意気です!」
「我が王、このチビっ子は生意気ですね!」
おいおい、さっそく揉めてるんですけど。
「パーティー内の喧嘩は禁止」
「……むぅ」
「……ふん」
モモとディーアは、ぷいっとお互いに顔を背けた。
なんか、厄介事が増えた気がする。
そして、水の大精霊は人族の言葉も喋れるのか。
器用だな。
とはいえ、気になることがある。
「ディーアは、ずっと姿を晒したままなのか?」
「いえ、普段は精霊界に姿を隠しておきます。忌まわしい天界の神々に目を付けられる恐れがありますので」
「天界の神々?」
「目を付けられる?」
モモとアベルが、不思議そうな顔をした。
げっ! この話題はマズい。
俺は慌てて、水の大精霊の口をふさいだ。
「XXXXXXXX。XXXXXXXXXXXXXXXXXXX!(俺がティターン神族を信仰していることは喋るな。アベルは、聖神族の勇者だ!)」
「XXXXXXXXX!XXXX!(も、申し訳ありません! 我が王!)
精霊語で注意した。
あぶねぇ。
邪神の『元使徒』だとバレたら、勇者アベルに何と言われるかわからない。
なんせ『現使徒』はアベルの師の仇だからな……。
「私は姿を隠しますね~」
水の大精霊の姿が消えた。
身勝手なやつめ。
疲れた……。
「俺は少し休みますね。そしたら、探索を再開しましょう」
「……わかりました、では見張りをします」
「サンキュー、モモ」
「マイペースですね……マコトさん」
勇者アベルの呆れる声が聞こえたが、俺は無視して横になった。
身体が重い。
横になった瞬間、すぐに睡魔が襲ってきた。
夢は見なかった。
◇
目を覚ました俺たちは、大迷宮の深層を歩いている。
巨大な洞窟の床や壁には、色とりどりの魔石が光を放っている。
美しい迷宮だった。
一見無機質な迷宮だが、所々にオアシスのように泉と木々が生い茂っている場所がある。
そこに、鳥や小さな動物の姿が見えた。
だが……。
「静かですね、師匠」
「えぇ、ここは本当に大迷宮の深層なのでしょうか?」
モモと勇者アベルは、不思議そうな表情だ。
その理由は、さっきから全く魔物が姿を見せないからだ。
大迷宮の深層ともなれば、『災害指定』の魔物がうようよ居るはずだ。
ここは、通称『竜の巣』。
いつ竜に襲われてもおかしくないのだが……。
「ふふふ、私の魔力に恐れをなしているようですね♪」
水の大精霊が、ふわふわと空中を舞っている。
その身体からは、抑えきれない魔力があふれ出している。
爆発寸前の爆弾のような魔力だ。
目立つことこの上ない。
「ディーア、もっと魔力を弱められないのか?」
「あら、我が王。これでも最小限ですよ?」
「マジか……」
俺からすると王級魔法が発動する直前のような魔力量に思えるのだが、彼女にとっては平常運転らしい。
最初は、大迷宮の深層を警戒していた勇者アベルと大賢者様だったが、今は気の抜けた顔をしている。
恐らく水の大精霊の言う通りなのだろう。
彼女の魔力を警戒して、竜すら姿を現さない。
随分と、想定と違う状況になった。
が、悪くない。
平和なのはいいことだ。
あとは、戦力の確認だ。
「なぁ、ディーア。今が最小限なら最大に魔力を集めるとどれくらいになる? 『聖級』魔法は問題なく扱えると思うけど、もしかして『神級』魔法が扱えるまでの魔力を集めることができるか?」
「申し訳ありません、我が王。私にはその『聖級』や『神級』というものがよくわかりません。それは人族が決めた尺度だと思いますので……」
「そっか」
なるほど。
確かに、水の大精霊にとって人族の決めた魔法の等級なんて関係ないよな。
「ですが、どこまで魔力を集められるか? という質問にはお答えできます。この世の全ての水の魔力、と申し上げたいですが、それをすると今の我が王では扱えないでしょう。今の王でしたら……私は世界中にいる他の水の大精霊、わたしの姉妹たちを呼び出すことができます。彼女たちも我が王の言うことを聞きますよ」
「姉妹……? 水の大精霊は一人じゃないのか?」
「他にもいるのです。かつては一つだった精霊が、あの忌々しいティタ……とある戦争で引き裂かれましたから……」
とある戦争って、『神界戦争』のことか……。
神話の話じゃないか。
にしても、大精霊が複数人いることは知らなかったな。
「わかった。困ったらディーアの姉妹も力を貸してくれるってことだな?」
「その通りです、我が王」
水の大精霊が複数人、力を貸してくれる。
これは心強いな。
ふふーん、と水の大精霊が得意げに胸を張った。
その仕草も、ノア様に似ていると感じた。
ノア様は、元気だろうか?
その時、俺の袖がくいくいと引かれた。
モモだ。
「師匠、こちらを観察している視線があります」
「モモ、どこだ?」
慌ててそちらを振り向く。
確かに『千里眼』スキルで、一瞬だけ何かが見えた気がした。
「あ、私と目があって隠れましたね。おそらく竜です」
「僕は全然気づきませんでした……」
「俺もですよ、アベルさん」
吸血鬼化した大賢者様の身体能力が凄まじい。
これで魔法を鍛えれば、あっという間に俺の戦闘力を抜かれそうだ。
「ありがとう、モモ」
「えへへ……」
俺が頭を撫でると、大賢者様が嬉しそうにくっついてきた。
こいつ、可愛いな……。
千年後の大賢者様と、同一人物とは思えない。
見た目は全く同じなので、間違いなく同一人物なのだが。
「心配いりませんよ、我が王。どんな魔物が相手でも、わたしが居れば平気ですから」
ディーアが会話に割り込んできた。
「そーいう油断が命取りなんですよ、ね、師匠」
モモが俺の手をギューッと掴む。
「確かに油断はいけませんね、我が王。わたしと『同調』しましょう」
ディーアも俺の手を掴んできた。
あの、両手が塞がるのはちょっと……。
「はい、二人とも周りに警戒すること」
俺は二人と手を離して『索敵』スキルを使った。
当然のように近場に魔物は居ない。
一応、警戒は解かずに探索を進める。
が、結局俺たちの前に立ちふさがる魔物は現れなかった。
探索から半日。
俺たちは、深層の最奥に到達した。
「ここが……」
「大迷宮の最深層……」
目の前には、巨大な門のような入口がある。
門は半開きになっており、深層の更に下へと続く巨大な階段のような道があった。
結界が張られているかと思ったが、特にそんな様子は無い。
来るなら来い、ということだろうか……。
ここに伝説の『聖竜』が居る。
ごくり、と唾を飲み込み、俺はゆっくりと一段一段下りていった。
長い長い階段のような下り坂だった。
急勾配が、徐々になだらかになっていった。
そして、無機質な岩肌の地面から植物が生えている。
そこは迷宮内であるにもかかわらず、明るい陽射しが満ちていた。
ただし、その光は太陽ではなく魔法で生成されたものだとわかる。
地面には、鬱蒼とした緑が広がっているが、どれも地上では見たことが無い植物だった。
最深層は、ドームのような巨大な空間だった。
そして、ぽつぽつと見える巨体は全て竜種――おそらく古竜だろう。
こちらに近づいてもこないが、見られている……と感じた。
ちょっと、怖い。
いきなり襲ってくるような様子は無いが、友好的な気配もしない。
俺たちは、ゆっくりと歩を進めた。
最深層の中央に、泉があった。
『星脈』から流れてきたであろう、多量の魔力を含んだ湧き水がキラキラと光っている。
その泉を取り囲むように、真っ白い花が咲き誇っていた。
そこだけが他より明るい光に満ちていた。
その場所が、最深層の中心なのだと気づいた。
――泉の側に、一匹の巨大な白い竜が横たわっていた。











