閑話 とある聖女の憂鬱
◇フリアエの視点◇
――私の騎士が去ってから一ヶ月が経った。
いつも私の側に居てくれた『私の騎士』は居ない。
彼は千年前に旅立ってしまった。
ここは月の国廃墟。
いや、元廃墟だ。
「フリアエ様!! もうすぐ教会が完成しますぜ!」
「聖女様! 道路と水路がここまで広がりました!」
「フリアエ様! 見回り有り難いですが、ご無理をなさらず!」
「聖女様、今日もお美しい……」
次々に声をかけられ、私は慣れない笑顔で手を振る。
私の側には、護衛の騎士たちが十数名付き従っている。
慣れないわね、この生活に……。
一ヶ月前、ここには何もなかった。
千年前に壊された王都と、好き放題に生える雑草や木々、それだけだった。
しかし今では……。
「大したものですね、たった一ヶ月で道が作られ、多くの建物ができ、立派な街になっています」
後ろから声が聞こえ、私はぱっと振り向いた。
「ソフィア王女、さま。来ていたのですね。水の国には、感謝しています。技術の無い魔人族に人材を提供して頂き……」
私は慌てて頭を下げ、新しい月の国の代表として御礼を言った。
「聖女フリアエ、そんな堅苦しい挨拶は無しで良いと言ってるじゃないですか」
「ええ、でも……本当に感謝しているの」
微笑むソフィア王女に、私は苦笑で返した。
月の国を再興するため、多くの魔人族が集まってきた。
国を興すにはお金がかかる。
資金は、商業の国が支援をしてくれる。
次に人材だ。
文字すら読めない者が多い魔人族には、集団を指揮できる者が居ない。
そこで、指導ができる人材に水の国から助っ人に来てもらっている。
ソフィア王女自らが、人を集め月の国に来てくれる。
感謝が尽きない。
「でも、のん気に街を作っていていいのかしら……。大魔王が復活したばかりなのに……」
私は、魔大陸がある北の方角を見つめた。
「運命の女神様が、今は攻める時期ではないとおっしゃったので仕方ありません」
「本当に当てになるのかしら、あの女神の予知は……」
過去の出来事のせいで、私は運命の女神を信用していない。
「いけませんよ、フリアエ。月の国に莫大な支援金を回してくれているのはかの女神様なのですから」
慌ててソフィア王女が私の口をおさえる。
そう、月の国の再興資金のほとんどは商業の国――を支配する運命の女神様の意向で捻出されている。
もっとも、これは過去案件の迷惑料だ。
貰って当然だ。
「本当は太陽の国にも手伝ってもらえれば、早く街ができると思いますが」
「それは嫌」
私は即座に否定した。
ソフィア王女がため息をついた。
「そうですね、月の国の民は、太陽の国に悪感情を抱いている。きっとうまくいかないでしょう……。ノエル様は、支援を申し出てくれましたが……」
「太陽の国も、あの女の力も借りないわ」
私は、言い切った。
全くもって不要だ。
魔人族を弾圧してきた太陽の国や女神教会の力なんて絶対に借りない。
「フリアエ……あなたとノエル様は、今代の『聖女』なのですよ? もう少し仲良くしても……」
「まっぴらだわ!」
「はぁ……、そうですか。まあ、私がとやかく言う事ではないですね。ちなみに、それはやはり『光の勇者』様のことがあるからですか?」
「……」
ソフィア王女の言葉に、私は自分の眉がぴくりと動くのを感じた。
相手の目をみると、こちらを窺うような視線が向けられていた。
「ソフィア王女……、ひとつ言っておくわ。月の国が復活した時、隣に居て欲しいのは……『私の騎士』よ。他の誰でもなく」
言いながら、少し頬が熱くなるのを感じた。
勇気を出してその言葉を言った私を、ソフィア王女は氷のような微笑で見つめていた。
「あら、ルーシーさんやアヤさんに聞いた通り。随分、素直になりましたね、フリアエ」
「……そ、そうよ。悪い?」
「いえ、悪くありません。ですが」
ソフィア王女は、ピシャリと言った。
「勇者マコトは、水の国の王女の婚約者です。彼の隣は譲りませんからね?」
優雅に微笑まれ、私は「うぐっ」と言葉に詰まった。
「ところで、今日は水の国の教員を連れてきました。確か魔人族の子供たちが満足に教育を受けられていないとか」
「え、ええ。子供たちが居る場所に案内するわ……」
私はソフィア王女と護衛の騎士たちを、案内した。
途中、ちらっとソフィア王女の横顔を眺めた。
自信に満ちた顔。
(これが、正妻の余裕なのかしら……)
とても太刀打ちできそうにない。
私は心の中で、ため息をついた。
◇
ソフィア王女と今後の計画をいくつか話し、必要な人材について相談をした。
すぐに手配してくれるらしい。
本当に頭が上がらない。
「一日くらい、休んではどうかしら……?」
と私は言ったが、
「いえ、他の仕事がありますので。寝るのは飛行船の中でかまいません」
と言って、王家の持つ飛行船で水の国へ帰ってしまった。
激務を飄々とこなす姿が、寝ずに修行をしていた私の騎士と被った。
くっ、何かお似合いで腹が立つわ。
時刻は夕刻。
太陽がもうじき沈むため、薄暗い。
夜は魔物が活発化するため、危険な時間帯だ。
そのため、交代で見張りがいる。
彼らに労いの言葉をかけておこうかしら。
そう思っていた時、街の人々がざわめき出した。
「おーい! 勇者様と魔女様が帰って来たぞー!!」
「本当か、今度は何を仕留めたんだ!?」
「すげぇよ、あんなの見たことねーよ!」
「何だ? 何だ?」
「行こうぜ!!」
人々が街の外に向かって走り出した。
私も、同じ方向に向かう。
街の外に人だかりができていた。
「なにこれ……?」
街の外に横たわっていたのは、巨大な竜の亡骸だった。
月の国は、魔物が多いため竜は珍しくないが、その大きさが尋常ではない。
私たちの街より、大きな竜じゃないだろうか?
こ、こんなのが街の近くにいたの?
「古竜だーーー!!!」
「こいつの素材を売るだけで、七代は遊んで暮らせるぞ……?」
「いや、こんなものをどうやったら倒せるんだ?」
「あのお二人じゃなきゃ、絶対無理だ……」
その古竜の亡骸の前に、見知った赤い髪のエルフと、町娘っぽい恰好の女の子が立っている。
「おーい、フーリ! 帰って来たわよ!」
「疲れたよー、お風呂入りたいよー、ふーちゃん」
ルーシーさんとアヤさんが、私に手を振っている。
私は、慌ててそちらに走り寄った。
「ちょっと! これは何? 街の近場にいる魔物の群れを追い払うだけじゃなかったの!?」
ルーシーさんとアヤさんは、街の近くの魔物退治の役目を買って出てくれた。
数日前、この辺の魔物を倒しておくわ! と言っていたはずだ。
「んー、何か魔物の群れを倒してたら、そいつらに指示している奴がいたの」
「で、さらにそいつに指示してるやつ、って順番に倒していったら、最後にこのでっかい竜が出てきたよ、ふーちゃん」
「あ、一番の大物がこいつだから持って帰ったけど、こいつの縄張りに居た他の魔物も全部倒しておいたから、あとで素材をとっておいてもらえる?」
二人の言葉に、月の国の民がこくこく頷く。
「えっと、その他の魔物って何匹くらい居たのでしょうか……?」
街の民の一人が、おそるおそる尋ねた。
「千匹くらいだったかしら、アヤ?」
「もうちょっと、いたんじゃないかな? るーちゃん」
「「「「「……」」」」」
月の国の民が絶句している。
私も含めて。
「よっし、今日は飲むわよー!」
「その前にお風呂ー! ふーちゃんも、一緒に行こうー」
「え、ええ……」
私はアヤに引っ張られながら、二人について行った。
普段、聖女である私に気軽に接する民は居ない。
だけど、この二人が私に馴れ馴れしくしても誰も何も言わない。
というか、言えない。
ここにいる全ての魔人族が束になっても、ルーシーさんとアヤさんには敵わない。
荒れ果てた月の国王都の廃墟でのさばっていた多くの魔物たちを『二人』で全滅させた猛者。
赤毛の魔女と、小柄な勇者の女の子。
ルーシーさんとアヤさんの名前を知らぬ者は、この街に居ない。
◇
「ぷはー、生き返るわ!」
ルーシーさんが椅子の上で胡坐をかいて、エールを一気に飲み干した。
最近、豪快になったわね、彼女。
逞しくなったというか。
それは、アヤさんも同じ意見みたいだ。
「最近のるーちゃんはカッコいいよね。この前なんて、女の子に告白されてたしー」
「え? そうなの?!」
私はびっくりした。
「あー、グリフォンの群れに襲われてた子を助けた時でしょ? あれくらいで惚れられてもねー」
「へぇ……」
なんだか私の騎士みたい。
「駄目だよー、るーちゃん。私以外の女の子に色目つかっちゃ?」
「馬鹿ねー、私がアヤ以外の女の子になびくわけないでしょ?」
「きゃー、るーちゃん、カッコいい! 抱いて!」
「今夜は寝かさないわよー」
アヤさんがルーシーさんに抱きついて、イチャイチャしている。
この二人は、いつも仲良しで羨ましい……なぁ。
私の表情を見て、「「ん?」」と二人がこちらを向いた。
「フーリ、元気ない?」
「ふーちゃんも、一緒に冒険できればいいんだけどね」
私を気遣う顔はいつもの二人だった。
私の騎士が居た頃の。
懐かしくて、切なくなった。
「私は元気よ。少し忙しいだけ」
私は薄く微笑んだ。
嘘じゃない。
この二人と気軽に話せる時間は、何も気遣うことがないほっとする時間だ。
二人と話すと、私は元気になる。
私たちは、夕食と雑談を楽しんだ。
「そうそう、私たちちょっと遠征しようと思うの」
「え、遠征?」
突然ルーシーさんがそんなことを言ってきた。
「なんか今日倒した古竜がこの辺の魔物の元締めだったんだって。だから、強い魔物が居なくなっちゃったの。修行にならないから、強い魔物を探しに行くってるーちゃんが」
「そ、そう……」
アヤさんの言葉に、私は気が滅入るのを感じた。
遠征となると、二人は月の国の外に出るという事だろう。
きっと一ヶ月以上は、ここを離れるはずだ。
……寂しくなる。
いや、泣き言は言えない。
私は、月の国の代表だ。
一人でも頑張るんだ。
「でね、昔マコトと一緒に行った『大迷宮』を攻略しようと思うの。アヤが詳しいから、案内してもらえるし」
「詳しいって言うか、私は大迷宮の生まれだから、るーちゃん」
「そう……大迷宮に行くのね」
二人の言葉に、私はますます気が重くなった。
大迷宮は水の国にあるダンジョンだ。
月の国とは太陽の国を挟んで、反対側。
簡単に行って戻れる距離ではない。
「てなわけで、明日から『三日間』月の国を離れるから、よろしくね」
事もなげにルーシーさんが言った。
「は? 三日?」
いま、三日間って言った?
三ヶ月じゃなく?
「うん、空間転移で移動して、大迷宮で二泊して戻ってくるわ。その繰り返し」
「るーちゃんの空間転移便利だよねー。どこに行くのも一瞬だし」
「………………」
そうだった。
ルーシーさんは、今や大陸有数の空間転移の使い手。
しかも、私の騎士曰く『底なしの魔力』の持ち主だ。
「じゃ、じゃあ離れるのは三日間だけなの……?」
「うん、だって強い魔物や魔大陸の連中がこの街に攻めてきたら大変でしょ?」
「困ったら、すぐ呼んでね! 飛んで来るから!」
当たり前でしょ、って顔のルーシーさんと、ニコッと笑うアヤさん。
なんて心強いのだろう。
不安と寂しさは全て消し飛んだ。
……私の騎士。
あなたの仲間が居てくれるから、私は大丈夫。
きっと月の国も再興できるわ。
新しくなった月の国で、あなたを待ってる。
(だから……必ず帰ってきて)
その言葉は、口に出さず胸に刻んだ。











