217話 高月マコトは、悩まない
「太陽の勇者を……私の弟を、お前の部下に要るか?」
太陽の女神様にとんでもないことを言われた。
神王の息子、太陽の勇者。
光の勇者である桜井くんを一撃で倒したりと、その戦力には申し分無いが……
「いえ……結構です」
復活したとはいえ、さーさんの命を奪い、フリアエさんに酷いことをした男。
俺が一時的に死んだ要因でもあるし、パーティーに迎え入れる気は起きなかった。
「……そうか」
太陽の女神様は、少しだけ残念そうな顔をした。
その時、視界がぼやけた。
「マコト、時間ね」
「わかりました、ご心配おかけしました。ノア様。アルテナ様、エイル様、イラ様も色々とお話いただき、ありがとうございました」
俺は跪き、頭を下げた。
「高月マコト、何か困ったことがあれば、イラに全て押し付けろ」
「うぐぅ……」
「は、はい」
太陽の女神様の容赦ない言葉に、イラ様ががっくりとしている。
「じゃあね~、マコくん」
エイル様はいつもの笑顔だ。
「……」
ノア様は……いつもより、少しだけ物憂げな表情で、それが少し気になった。
じきに俺の意識は、まどろみに落ちていった。
◇ルーシーの視点◇
私は目を覚ました。
窓から、日差しが差し込んでいる。
……寝坊ね。
昨日まではほとんど寝ずに修行をしていたのだけど、マコトが生き返ったら安心して気が抜けちゃった……。
ま、いっか。
(マコトの顔を見に行こうっと!)
ベッドを出て、鏡の前で髪を整え、顔を洗う。
その後、そっとマコトの部屋に入った。
「って、居ないじゃない!?」
マコトのベッドは空だった。
もー、あいつってば、修行してるのね。
私はため息をついて、階段を下りた。
「~~~♪~~♪」
食堂から上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
焼きたてのパンの良い匂いがする。
コトコトとスープを沸く音と、フライパンでハムを焼く音が聞こえた。
キッチンに立っているのは、ピンクのエプロンを着た女の子だ。
「アヤ、おはよう」
「おはよう! るーちゃん」
満面の笑みで親友が振り返った。
この宿は、一棟貸切でご飯は自分たちで作ることになっている。
アヤは、そっちのほうが楽しいらしい。
「マコト、見なかった?」
「庭で修行するって言ってたよ」
「休んでおけばいいのに……。アヤは、機嫌良いわね」
昨日まで泣き通しだったとは思えない。
ま、私も似たような感じだったから人の事は言えないけどね。
「んふふ~、高月くんが『無理しないでいいよ。さーさんは、俺が守るから』だって、きゃー♪」
「へ、へぇ」
あら、あの男。
随分、カッコいい台詞を吐くじゃない。
私にも言ってくれないかしら。
「だからね! 私も言ったの。『永遠に一緒にいようね。死んでも離れないでって』!そしたら、『いいよ』って」
にぱーと、笑うアヤが可愛い。
可愛いんだけど……言葉が重い気がするのは、気のせいよね?
「そろそろご飯ができるから、高月くんとふーちゃん、呼んできてー」
「わかったわ」
アヤに手を振って、私は庭にいるマコトの所に向かうことにした。
扉から庭に出ようとして、人影に気付いた。
食堂のソファーに月の巫女が、ぼーっと座っていた。
あ、違った。
今は月の巫女じゃなくて、聖女になったんだっけ?
見た目はそんなに変わらないけど、何だか神々しいオーラを放っているような気がする。
地上最高の美を持つという彼女は……今は魂が抜けたようにぼーっとしている。
「おはよう、フーリ」
「………………っ!? 魔法使いさん!?」
はっと、した顔でこちらに視線を向けた。
「大丈夫?」
「ええ……昨日は色々あり過ぎて……。ちょっと、混乱してるの」
「そうよねぇ」
仕方ないと思う。
数日前、いきなり太陽の勇者がフーリを狙ってやってきた。
それをマコトが撃退したのだけど、一緒にマコトが居なくなって……死んでしまった。
私含めて、パーティーメンバー全員が絶望していたところ、マコトがあっさり生き返った。
そして、フーリは月の巫女から、聖女になったのだ。
激動の数日だった。
「アヤがもうすぐご飯ができるって」
「ありがとう……食欲は無いけど、食べるわ」
「そうよ、ちゃんと食べなきゃ! 冒険者は体力が資本だから! でも、フーリってこれから国を作るのよね? もう冒険できないのかしら?」
「さぁ、わからないわ……」
ふぅ、とため息をつく仕草が色っぽい。
むぅ、女の私でもドキドキするわね。
「フーリ。これからマコトを呼びに行くんだけど、一緒に行く?」
「っ!? わ、私の騎士をっ!?」
さっきまでと打って変って、真っ赤な顔で焦りだした。
別に変なことは言ってないんだけど。
「病み上が……黄泉帰りなのに、さっそく修行してるのよ。無理しないように、叱ってやりましょ」
と言って私がフーリの手を引こうとした。
「ま、待って!? ちょっと、待って魔法使いさん! まだ、心の準備が!?」
「……庭にマコトを呼びに行くだけよ?」
「わ、私は遠慮しておくわ!」
「そう?」
仕方なく、私は一人で向かうことにした。
裏口の扉を開け外にでる。
その時、振り返ってフーリの方を見た。
「か、顔は赤くないかしら……」
自分の頬を触りながら、顔を赤くしている聖女様の小声が私の耳に届いた。
(あーあ、落ちちゃった……)
ため息をつきながら、私は庭へ向かった。
◇
宿の裏手に小さな川が流れている。
その前に胡坐をかいたマコトが、背中を向けて座っていた。
私は、マコトのほうに向かって歩いた。
「マコトー! 朝ごは……」
手を振って呼びかけようとしたその時、目の前を『何か』が通り過ぎた。
(あら……?)
それは青い魚だった。
サイズは小指の爪くらい。
とてもとても小さい。
それがキラキラ光りながら、群れを成して空中を泳いでいた。
水魔法で造った魚。
魔法の使い手は、間違いなくマコトだろう。
ただ、一つ気になることがあった。
「凄い……こんなに小さいのに、鱗やひれまで生成されてる。それに動きがまるで生きているみたい……」
数百匹の魔法の魚が、複雑な動きをしながら私の目の前を優雅に通り過ぎて行った。
「え……?」
再び目の前を何かが横切った。
数百の水魔法による蝶だった。
その羽が透き通った蝶もまた、生きているかのような複雑な動きをしていた。
その時、私は頭上にかすかな魔力を感じた。
攻撃魔法ではない。
誰も傷つかないような、小さな魔力。
ただ、それが沢山……とても沢山……この魔力は、何?
私は、空を見上げた。
(な、なにこれっ!?)
空を埋め尽くすほどの、水魔法で造った小さな生き物たちが空中を自由に飛び回っている。
その一匹一匹が、本物の生き物のように精巧に精密に作られていた。
試しに私が、生き物の一つに触れて見るとフッ、と消えた。
火魔法の魔力が多い私が触れると、マコトの水魔法を壊してしまう。
だから、これはマコトの魔法だ。
――この数万の水魔法を、全てマコトが操っているのだ。
水魔法で造られた魔法の生き物は、太陽の光を浴びキラキラ輝いていた。
その姿は幻想のように美しい。
しかし、魔法使いである私はこの常軌を逸した数の魔法に、ただただ戦慄した。
私は恐ろしいものを見るように、恋人のマコトに視線を戻した。
彼は、楽しそうに黒猫と遊んでいる。
この数の魔法を操っているのに、その余裕の表情はなに……?
ありえない……。
どーいうこと?
私は水魔法で造られた生き物の群れの中を、突っ切るように歩きマコトの側にやってきた。
「おはよう、マコト!」
「おはよう、ルーシー」
私には気づいてたようだ。
後ろから声をかけたのに驚いた風は無い。
「ねぇ……この魔法ってマコトよね?」
空中を飛び回る小さな水魔法の生き物たちを指差して聞いた。
「ああ、綺麗だろ?」
「そうじゃないわよ! この数よ、数! 一体どーなってるの!?」
「なんか、調子がいいんだよね」
「変よ! 何か特別なスキルを与えられたんじゃないかしら!?」
「スキル……? いや、アルテナ様もイラ様も何も言ってなかったけど……」
「アルテナ様? イラ様?」
昨日会ったばかりの恐ろしいほどの威圧感を放っていた女神様たち。
思い出しても、まだ身体が震える……。
「まー、でもイラ様は抜けてるから説明漏れかもなぁ。イラ様、ドジっ子だったし、アルテナ様も案外お人好しだったし」
「め、女神様をそんな風に言っちゃダメよ!?」
なんて恐ろしいことを言ってるの!
信者に聞かれたら大変よ!?
「大丈夫だって。アルテナ様もイラ様も優しいから。一応、魂書を確認しておくか……」
「なぜ、そんな女神様に気安いのかしら……」
そんな会話をしながら、マコトが魂書を開き、私はそれを後ろから抱きついて覗き込んだ。
見たところ、特に新しいスキルは無い。
「変わってないだろ?」
「うーん、そうね……」
私は魂書をざっと眺め、気付いた。
「…………………………え?」
私の目が見開かれる。
「ルーシー、どうかした?」
マコトの声が耳に届いたが、私は言葉が発せられない。
そこには、こう記載されていた。
――水魔法熟練度:999
な、何よこれっ!?











