211話 月の巫女フリアエは、打ちひしがれる
◇フリアエ・ナイア・ラフィロイグの視点◇
――私の騎士がいなくなってから、数日が経った。
私の騎士は、精霊を使って嵐を引き起こし、太陽の勇者と共にどこかへ去った。
もう少しで連れ去られる所だった私を助け、居なくなった。
しばらくは風雨が止まず、そしてある時、ぴたりと晴れた。
私たちは、私の騎士が戻るのを待った。
しかし、彼は戻ってこなかった。
ソフィア王女は、必死の捜索を続けた。
きっと生きているはずだと。
だが、日を追うごとに暗い表情になり、やつれていった。
私の騎士は、どこにも居なかった。
そして、ある日水の女神様からお告げがあったと言い、やって来た。
――高月マコトが死んだ。
そのように水の女神様が仰ったと。
ソフィア王女は、氷のような無表情で……何かを堪えていた。
肩は震えていた。
国葬の準備をします……と告げて、とぼとぼと去っていった。
私は……何も言えなかった。
勇者さんは、ずっと泣いている。
太陽の勇者に殺された彼女だったが、『残機』スキルという特殊な能力で復活をした。
発動後に安全な場所で復活する、という能力であるらしく戦闘の場から離れた場所で目を覚ましたのだそうだ。
そして慌てて駆けつけて来た時には、全てが終わっていた。
始めは荒れた。
高月マコトが、太陽の勇者とどこかに消えたと知って、私が助けに行かなきゃ! と暴れ。
それをみんなで必死に止め、次は「教皇を殺す!」と言い出したのを止めた。
そして、宿に戻ってきてからは泣き通しだ。
「ぐす……、何で……高月くん…………うぅ……」
ここ数日、水も食べ物もほとんど口にしていない。
身体を壊すのじゃないかと、周りの人たちが心配しているが、ラミア女王の身体が頑丈なのか体調は平気そうだ。
だけど、精神的にはボロボロだ。
「……もう、やだよぅ……高月くんが居ないと……私……」
あんなに強い勇者さんが、私の騎士が居なくなるとこんなに脆いだなんて……。
まだまだ彼女は立ち直れそうにない。
魔法使いさんは、修行を続けている。
「マコトは絶対生きてるわ!」
ソフィア王女が「高月マコトは死んだ」と水の女神様に告げられたと私たちに言っても、魔法使いさんは、それを信じなかった。
いや、言葉は届いているんだろう。
一瞬、泣き崩れそうになった。
しかし、すぐに立ち上がった。
今は誰かを睨むように、ひたすら魔法の修行を続けている。
「絶対に見つけ出すわ。空間転移をマスターして、すぐ探しに行くわよ! アヤ! フーリ!」
「……うん、るーちゃん。私も……行くよ……」
もしかするとずっと泣いてる勇者さんを励ますための演技なのかもしれない。
「…………ええ」
私は、返事をするのがやっとだった。
まるで私の騎士が取り憑いたかのように、ほとんど寝ずに修行をしている。
前まで十回に一回の成功率だった空間転移が、三回に一回は成功するようになっている。
しかも、無詠唱で。
近いうちに、大陸でも有数の空間転移の使い手になるだろう。
強い、と思った。
魔法使いさんは、こんなに強い人だったのね……。
そして私は、何もできずにいた。
私の騎士を探すこともせず。
泣くこともせず。
強くなろうと、何かに打ち込むこともできなかった。
ただ、現実が受け入れられなかった。
私は、無為に日々を過ごした。
その間、ソフィア王女と勇者さん 魔法使いさんは、一度も私を責めなかった。
何で?
私の……所為なのにっ!
私が月の巫女だからっ!
私が呪われた存在だからっ!
だから、私の騎士は死んだんだ!
……彼は、もう生きていない。
私の騎士の居ないこのパーティーは私にとって針のむしろだ。
今すぐでも、ここから逃げ出したい。
でも、それは頑張っている魔法使いさんや他のみんなへの冒涜だ。
だから、私は動けない。
ただ、ひたすらに息を殺すように、心を殺すように日々を過ごした。
◇
高月マコトがいなくなってから、六日目。
私たちは、聖母アンナ大聖堂に集められた。
そこでは『太陽の巫女』ノエルが待っていた。
その時、泥のように積もっていた私の感情が一気に爆発した。
「ノエル! あんたの国の勇者が何で私たちを襲ってくるのよ!」
私が太陽の巫女の胸倉を掴み上げ、怒鳴ったがノエルは何も言わなかった。
辛そうに目を伏せるだけだった。
被害者面をっ!
「止めるんだ……フリアエ」
私を止めたのは、光の勇者だった。
「でもっ!」
私は彼の顔を見て、絶句した。
ソフィア王女や勇者さんと同じか、それ以上に沈痛な表情。
私は、掴んだ手を離した。
彼もまた、酷く傷ついていた。
私の騎士を守れなかったこと。
そうだ……この中で、リョウスケは彼と最も付き合いが長かったんだ。
傷ついてないはずが無い……。
……何でこうなったの?
私が彼を守護騎士にしたのが悪かったの?
私に関わると、皆不幸になるの……?
わからない。
どうすれば正解だったのか、わからない……。
カツ、カツ、と足音が響いた。
入ってきたのは、運命の女神の巫女だった。
しかし、以前見た時と様子が違う。
瞳が金色に輝き、全身から迸るような魔力……いや、あれは神気?
以前とは違う、厳かな空気を纏っていた。
太陽の勇者と親しげだった運命の女神の巫女にも文句を言いたかった。
でも何故か、何も言えなかった。
口が開かない。
足が前に出ない。
それは、周りのみんなも同じで魔法使いさん、勇者さん、リョウスケも黙っていた。
空気が重い……。
「皆さんに、話があります」
発した言葉に、有無を言わさぬ重圧があった。
「その前に」
さっと、運命の女神の巫女が右手を払うような仕草をした。
次の瞬間、大聖堂の窓という窓が閉まり、扉の前に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
さらに、空間がぐにゃりと歪んだような奇妙な錯覚に陥った。
空間に干渉している。
これは……『結界』?
聖級を超えるような結界魔法。
運命の女神の巫女は、これほどの魔法の使い手だったの……?
圧倒的な重圧の前に、沈黙がその場を支配した。
太陽の巫女でさえ、無言で息を呑んでいる。
「先日の出来事……太陽の勇者の暴走について、申し伝えることがありますが……まずは、あなたたちの懸念事項を解消しましょう」
運命の女神の巫女がそう言うと、何やら呟いた。
……何が始まるの?
次々に、虹色に輝く魔法陣が浮かびあがる。
時計のように見えるその魔法陣は、運命魔法の術式だろうか……。
月魔法以外に疎い私には、術式の意味は読み取れなかったが相当大がかりな魔法であることはわかった。
――運命魔法・復活の奇跡
小さく、そんな言葉が聞こえた。
運命の女神の巫女の目の前に、ひときわ強く輝く魔法陣が描かれる。
そして、その魔法陣の中に白い人影が浮かび上がった。
最初、真っ白だった人影が徐々に鮮明になる。
あれは……。
輝く魔法陣の中で倒れているのは私の騎士――高月マコトだった。











