208話 高月マコトは、残党の討伐に向かう
「ねぇ、マコト。女神教会の教皇の要請を聞く必要なんてあるのかしら?」
「そうだよ! ふーちゃんに酷い事しようとしたやつなのに! エロ同人みたいに!」
「……エロ同人って何?」
「あっ! 私知ってるわよ!『くっころ』って言うのよね?」
「るーちゃん……、どこでそんな知識を……? くっころが似合うのは、サキちゃんかなぁ」
「二人が何を言ってるのか、全然わからないわ……」
ルーシー、さーさん、フリアエさんが姦しく喋っている。
現在、俺たちは太陽の国の王都から少し離れた、廃村に来ていた。
数十年前に起きた魔物の集団暴走によって、滅んだ村らしい。
しばらく無人だったが、最近になって『蛇の教団』が隠れ家にしているという噂がある。
その真偽を確かめるために俺たちはやってきた。
目的は、教皇の要請による『蛇の教団』の残党の調査だ。
「仕方ないだろ。ソフィア王女が困ってたんだから」
俺はルーシーの質問に答えた。
水の国は、神殿騎士が少ない。
この世界における神殿騎士は警官の役割をしている。
治安維持には欠かせない存在だ。
神殿騎士は女神教会に所属しており、水の国の人材不足は太陽の国からの派遣騎士で補われている。
つまり女神教会の元締めである教皇様に「大魔王討伐に備え、水の国の神殿騎士は引き揚げます」なんて言われてしまうと、とても困るわけだ。
勿論、普通はそんなことしないはずだが、断った口実に月の巫女の身柄を要求してくる、なんてことも考えられる。
大人しく言う事を聞いておくことにした。
「で、蛇の教団はいるの?」
フリアエさんがキョロキョロしながら、さーさんの服の袖を掴んでいる。
本来は守護騎士である俺の役割だが、もっとも安全なさーさんの近くに居てもらうことにした。
――『索敵』スキル
俺は廃村の中を歩きながら、敵の気配を探る。
が、まったくヒットしない。
俺の『索敵』範囲は半径100メートルくらいだからなぁ……。
だが、俺よりも敵を探すのに適した仲間がいる。
「ルーシーどう?」
「んー、ダメね。何も聞こえないわ」
俺の『索敵』スキルより範囲が広く精度の高いルーシーの聴覚。
それでも何も聞こえないということは……
「ガセ情報か」
「どうするの? 高月くん。帰る?」
「うーむ……」
誰も居ないんじゃ、やることがないからなぁ。
もしかすると外出しているだけなのかもしれない。
多少は粘ってみるか。
「しばらく待って、それでもこないようだと帰ろうか」
「はーい」
「ふん、わざわざ出向いたのに」
「そうは言っても、安全に越したことないわ、フーリ」
やや緊張感が薄れ、俺たちは物陰で待機することにした。
俺の『索敵』スキルには反応は無い。
ルーシーにも警戒して貰っている。
奇襲されることは無いだろう。
◇
廃村に到着してから30分ほど経過した時だった。
頭の中に声が響いた。
(まず……マコ……! そこを……離……)
ノア様?
あれ、声が遠い。
ノア様ー? どうしました?
(…………)
反応が無い。
なんだ?
その時だった。
――シュタッ!
と、小さな音を立て、誰かが地面に降りた。
飛行魔法でやってきたのだろう。
接近に、全く気付かなかった。
恐ろしく静かに素早く接近された。
――ゾクリと、鳥肌がたった。
目の前に立っている男は、白い鎧に女神の紋章。
神殿騎士だ。
なのに……何で『索敵』スキルが反応している?
そこにいるのは、先日会ったばかりの『太陽の勇者』アレクサンドルだった。
「やぁ、偶然だな」
白々しく、その男は告げた。
その表情は、薄ら笑いを浮かべていた。
……偶然?
こんな誰も居ない廃村でばったり出くわして、偶然は無いのだろう。
「「「……」」」
俺は黙って短剣を構えた。
ルーシーは杖を掲げ、さーさんがフリアエさんの前に立った。
フリアエさんは訝しげに、太陽の勇者を睨んでいる。
目の前の男は、ニヤニヤしながら告げた。
「そこの月の巫女を引き渡してもらおうか」
「断る」
間髪入れずに、回答した。
その回答は予想通りだったのだろう。
特に驚いている様子は無い。
「いやいや、おまえたちに拒否権は無いんだよ」
太陽の勇者は、肩をすくめた。
「教皇の命令か?」
「いや、これは俺様の独断だ。教皇は関係ない、ってことになってる」
余裕の笑みを浮かべ、余計なことまで口にする太陽の勇者。
どうやら教皇の罠だったらしい。
……来たのは失敗だったか。
「さーさん」
「うん! ふーちゃんは守るから!」
俺はさーさんに、フリアエさんを任せることにした。
俺は精霊に呼びかけ、ルーシーはいつでも魔法を使えるよう魔力を高める。
が、目の前の太陽の勇者はニヤニヤするのみで、何もしてこない。
「おいおい、抵抗なんて無意味だぞ? 怪我をしないうちに渡したほうが身のためだぞ?」
ヤツにとって、フリアエさんを連れ去ることは確定事項らしい。
そして、無理やりにでもことを進めるつもりのようだ。
「はぁ……弱い者虐めは趣味じゃないんだが…………ん?」
太陽の勇者が何かを言いかけ、途中で言葉を切り、上空を見上げた。
つられてそちらを見ると、何かがこっちに向かって猛スピードで迫っていた。
「フリアエ!」
「高月くん! アヤちゃん!」
現れたのは、天馬に跨った横山さんと桜井くんだった。
桜井くんは、天馬から飛び降り俺たちの前に立った。
よかった。
桜井くんが来てくれたなら、安心だ。
「ノエル王女から聞いたんだ。教皇猊下がフリアエを拉致する計画を立てていると」
「あーあ、光の勇者くんまで来ちゃったのかぁ……。あんたには、怪我させちゃいけないと言われてるんだけどなぁ」
桜井くんが来てなお、太陽の勇者は余裕の笑みを消さない。
ちらりと空を見ると、多少の雲はあるものの晴れている。
いつぞやの魔王戦とは違う。
万全の光の勇者だ。
なのに、何故そんな余裕なんだ……?
「どけよ、光の勇者くん」
太陽の勇者が、傲慢に告げた。
「断る」
桜井くんが、剣を抜いて構えた。
俺とルーシー、横山さんもサポートできるよう構える。
こちら側の緊張感に比べ、太陽の勇者は気負った様子もない。
「はぁ……面倒くせーなー」
太陽の勇者は、大きくため息をついた。
次の瞬間。
――ゴウッ!!
と突風が吹いた。
太陽の勇者から、膨大な闘気が荒れ狂う。
その暴力的な闘気から俺たちを守るように、暖かな光が辺りを包み込む。
魔法剣を構えた桜井くんの身体と刀身が淡く輝く。
静かだが、こちらもまた太陽の勇者に引けを取らない膨大な闘気だ。
「太陽の勇者アレク。僕たちが争っている場合じゃない。引くんだ」
「勿論だ。俺様に争うつもりはない」
「じゃあ……」
「そこの月の巫女の身柄さえ貰えればな」
「それはできない」
「交渉決裂だな」
交渉なんざしてないだろ!
一方的な要求を述べ、太陽の勇者がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「それ以上近づくな」
桜井くんの声が硬い。
「リョウスケ……」
フリアエさんの不安そうな呟きが聞こえた。
光の勇者は、最強のはず。
大丈夫……だよな?
太陽の勇者は歩みと笑みを止めない。
ニヤニヤとしたまま、こちらへ近づいてくる。
「加減はする。悪く思うな」
桜井くんが言うと、剣を振りかぶり『刃の背面』を太陽の勇者に叩きつけた。
峰討ちだ。
それをぱしっと、太陽の勇者は桜井くんの魔法剣を手で掴んだ。
「そんなっ!」
横山さんが驚愕の声を上げた。
「おいおい、そんな鈍い素振りでどうするんだ?」
剣を掴んだ反対の手が、拳を握った。
閃光のような突きが、桜井くんの顔面近くをかすめた。
「くっ!」
桜井くんが距離を取る。
「おお、躱すのか。俺様も手加減をし過ぎたな。なぁ、無駄な抵抗はやめて、さっさと月の巫女を渡せよ」
太陽の勇者は、不敵な笑みのままだ。
「わかった、次は本気でいく」
桜井くんの身体と魔法剣が、獣の王を倒した時のような輝きを放つ。
剣を構えた桜井くんの姿が、掻き消えた。
――光の剣・閃
そんな声が聞こえた。
小さな爆発と、閃光が走った。
次に暴風が吹き荒れ、土埃が舞った。
何かが、飛んでいくのが見えた。
それは人影のように見える。
「………………え?」
誰かの呆然とした呟きが聞こえた。
――吹き飛ばされたのは、気絶した桜井くんだった。











