200話 フリアエは、守護騎士に振り回される
◇フリアエの視点◇
はぁ……平和ね。
私は、静かにため息をついた。
膝の上の黒猫の背を撫でながら、病室の窓から外の景色を眺める。
高月マコト――私の守護騎士が入院して以来、平穏な日々が続いている。
ずっとこうなら良いのに。
大変なこともあった。
魔大陸から『獣の王』ザガン率いる魔王軍が侵略して来た。
だが、魔王ザガンは私の騎士とリョウスケが協力して討ち取った。
勿論、最大の脅威である『大魔王』イヴリースの復活が控えているわけで、危機は去っていない。
(けど……何とかしちゃうんじゃないかしら。最近の私の『未来視』は外れてばっかりだし)
私の騎士に出会ってから、私の運命魔法があてにならない。
ハイランド王都の反乱計画は、あっさり収束した。
木の国の魔王復活は、阻止された。
そして、魔王軍の勝利の未来は阻まれた。
どれも私の騎士が関与している。
この調子で、大魔王が復活して『光の勇者が殺される』未来も無くなるかも。
そんな楽観的な気分になってしまう。
昔は……魔人族が虐げられている世の中をもっと恨んでいた。
こんな理不尽な世界は『壊れればいい』と思っていた。
今は、……『悪くないわね、この世界も』って気分になっている。
いつからこんな風に変わったのかしら。
きっとあの変わり者の守護騎士がついてからね。
最初は、そのうち守護騎士の契約は解除されると思っていた。
呪いの巫女の守護騎士なんて長く続かないだろうと。
けど、今はそんな気持ちは無い。
パーティーの仲間は、みんな良い人たちだ。
呪いの巫女と呼ばれる私を、まったく忌避しない。
私の騎士に至っては、興味すらなさそうだ。
……少しは興味を持ちなさい。
「なう、なう」
膝の上の黒猫が私の腕を、ぽんぽんと叩いた。
どうやらお腹を空かせたらしい。
「食い意地の張った魔獣ね。ちょっと待ってなさい。ご飯を用意してあげるわ」
気が付けば黒猫の世話係になってしまった私だけど、そういえばこの猫って私の騎士の使い魔なのよね?
まったく私の騎士に懐いていないけど。
「姫に使い魔を寝取られた!」
とか騒いでたっけ?
ふふっ、と思い出し笑いをした。
私は荷物置き場の部屋に行き、商人の藤原さんが用意してくれた猫の餌を取り出し、銀の器によそった。
猫の分際で、なんて贅沢なやつなのかしら。
こんないい身分なのは、あなたの主人の活躍のおかげよ?
たまには懐いてあげなさい。
「なう! なう! なう!」
ご飯をはやくよこせ、と黒猫が私の足を叩く。
まったく、卑しい猫ね。
病室に戻ってからよ。
その時、私の騎士とローゼスの王女の声が聞こえた。
あら、二人が戻って来たみたいね。
私は部屋に入ろうとした時。
「勇者マコトが、大賢者様の守護騎士になりました」
(………………は?)
とんでもない言葉が聞こえた。
ちょ、ちょっと待って!
う、ウソでしょ!?
私、聞いてないんだけど!
きっと、聞き違いよ。
そうに決まってるわ!
だけど、手が震える。
わ、私、捨てられるの?
気が付くと、銀の器を床に落としていたが、混乱した頭はそれどころではなかった。
ふらふらと高月マコトの姿を探す。
「わ、私の騎士……?」
「ああ、姫。今日から俺は大賢者様の守護騎士になっ……」
こいつ!
ぬけぬけと!
頭がカーっと熱くなる。
「裏切り者ー!」
私は、飛びかかり、高月マコトに馬乗りになり首を絞めた(らしい)。
その後、魔法使いさんと戦士さんに羽交い絞めにされて、取り押さえられた。
よく覚えていないけど。
◇
「え? じゃあ、私の守護騎士は継続しているの?」
なんだ、驚いて損したじゃない。
「だから、別にいいだろ?」
全く悪びれずに涼しい顔をしている私の騎士。
なんて憎たらしいのかしら。
「……聞いてないわよ」
唇を尖らせて私の騎士を非難した。
「勝手に守護騎士になるのはどうかと思うわよ? マコト」
「高月くん、ふーちゃんに事前に相談しなきゃ駄目だよ?」
「勇者マコト、パーティー内で喧嘩はいけませんよ」
女性三人から味方してもらった。
私の騎士は、分が悪いと見たのか視線を逸らしている。
ざまぁ、みなさい。
「私は勇者マコトのことをノエル様と話してきます」
ローゼスの王女が出ていった。
「私は九区街の教会に行ってこようかなぁー」
「あ、それってエミリーが居たっていう教会よね。私も顔を出すわ」
戦士さんと魔法使いさんは、二人で出かけるらしい。
私の騎士と一緒に居ないのは珍しいわね。
「えー、二人とも冒険は?」
「ダメだよ、高月くん」
「休んでなさい、マコト」
仲間二人に断られて、私の騎士はしゅんとしている。
もしかすると、こっそり大賢者様の守護騎士になったことを二人も怒っているのかもしれない。
私が一番に、キレちゃったけど。
そうこうするうちに、二人は出かけて行った。
病室には、高月マコトと私だけになる。
「王都散策でもするか……」
ぽつりと私の騎士が呟いた。
む、こいつさっそく出かける気ね。
「姫も一緒に来る?」
「なによ、そのついでみたいな誘い方は」
「嫌ならいいけど」
「嫌とは言ってないでしょ」
ふん!
私を驚かせた責任を取ってもらうからね!
私と高月マコトは、王都シンフォニアの街に繰り出した。
◇
「ここ……なに?」
目の前にあるのは、全体が黄金色に輝く巨大な建物だった。
なんて派手なんだろう。
「グランド・ハイランド・カジノ。入ろうか」
「カジノ……? あなたギャンブルなんてするの?」
幼い頃、私の世話をしてくれたおばあちゃんが「ギャンブル好きの男はクズばかりだから」が口癖だったのを思い出す。
昔、ダメな男に騙されたらしい。
私の騎士は質問に答えず、カジノの門番に近づいていった。
「ちわー」
「おう、にーちゃん。金は持って……た、高月マコト様!?」
入口を見張っている門番に挨拶する私の騎士。
最初、威圧的だった門番が、一瞬で態度を変えた。
「入っていいですか? えーと、確かここにピーターのバッジが」
「だ、大丈夫です! 高月様とそのお仲間は自由にお通りください!」
「ピーターさん、居ます?」
「若を呼んできますね!」
カジノのスタッフらしき人たちがバタバタしている。
どうやら、ここに顔なじみがいるらしい。
むむ……私の騎士は、ギャンブル好きだった?
隠れた一面ね。
おばあちゃんの言葉を思い出して……心配になった。
私の騎士はダメ男じゃないわよね?
「姫、行こうー」
「待って、行くから」
私は追いていかれないように、慌ててついて行く。
頑丈そうな扉をくぐり、私たちは黄金の建物に入った。
「うわぁ……凄い場所」
「カジノに来るのは初めて?」
「……初めてよ」
キョロキョロと見渡す。
真っ赤な絨毯の上を沢山の人が行き交っている。
スロットからジャラジャラ溢れるコイン。
ポーカーやルーレットに集まる人だかり。
そして、勝者とギャラリーからの歓声。
負けた人たちの怒号。
騒がしい場所ね。
「私の騎士は……よく来るの?」
「いや、2回目かな。カジノで遊ぶのは初めてだよ」
「あなたも初心者じゃない」
てっきり行きつけの遊び場に連れてこられたのかと思ったが、そうではないらしい。
ダメ男じゃないわね、よかった。
「で、どうやって遊ぶの?」
わくわくと私は聞いた。
カジノの独特な空気に当てられたのかも。
「んー、詳しくないから色々回ってみようか」
「わかったわ! ……ところであなた、お金持ってるの?」
不安になって聞いた。
賭博場って元手が無いと、遊べないわよね?
「大丈夫。大賢者様にお小遣いもらったから!」
「……そ、そう」
爽やかに返されたけど……自分のお金じゃないのね。
あなた、国家認定勇者だからローゼスの王女にもお金貰ってるのよね?
さらにハイランドの大賢者様からもお金貰うって……。
なんか、私の騎士が『ひも』みたいになってる。
しかも、貰ったお金でギャンブル……やっぱりクズなのかしら。
「ほら、姫行こう」
「ちょっと」
手を掴まれ引っ張られた。
「なんで手を掴むのよ」
私の騎士の体温を感じて、それに連動するように少し身体が熱くなる。
「人多いし、はぐれると困るだろ?」
きょとんとした顔でこちらを見てくる私の騎士。
(く……、いつも通り涼しい顔して)
悔しかった私は気にしないように手を繋ぎ返し、ついて行った。
◇
ルーレット、ポーカー、ブラックジャック、スロット、バカラ……。
色々と回ってみた。
勝敗は、まぁ……うん、って感じ。
でも、初めてのカジノはそれなりに楽しめた。
ルールがわからないものは、他の人がプレイしているのを見るのも楽しい。
合間合間で、カジノの中央にあるステージでショーが開かれているのでそれを見物する。
派手な衣装の女の人が煽情的なダンスをしたり、道化師が大道芸を見せている。
客は、好き好きに野次を飛ばし、楽しんだ客はチップをステージに投げ入れる。
私はステージから少し離れたテーブル席で休憩した。
私の騎士はというと、近くでドリンクを配っているバニーガールに話しかけている。
「そのカクテルなんですか?」
「こちらはギムレットでございます」
「飲みやすいですか?」
「はい、すっきりとした味わいで、飲みやすいですよ」
「じゃあ、二つ」
グラスを持って席に戻って来た。
「どーぞ姫」
「……ありがと」
なによ、気がきくじゃない。
乾杯をして、私はカクテルグラスに口を付けた。
確かに、すっきりとして美味しい。
やるわね、私の騎士。
「うわ、なにこれ。度数高っ!」
私の騎士は顔をしかめていた。
あんたねぇ。
そーいうのは顔に出さないのがカッコいいのよ?
「まあ、いっか」
私の騎士はぐいっとカクテルを飲み干した。
「大丈夫、お酒強くないでしょ?」
「いーんだよ、全然勝てないから、ヤケ酒だから」
「まあ、ねぇ……」
ちなみに、色々回ったカジノのゲームで、私たちはほぼ負け越している。
多分、賭けかたが悪いのだ。
最初は少額で勝負して、「なんかわかってきたかも」と思って大きな額で勝負するとほぼ負ける。
で、いままでの勝ち分を全て失ってしまう。
高月マコトは、賭け事でお金を使ったことがないみたいで「俺向いてないわ」と早くも諦めている。
私も月の国では、質素な生活をしていたので、こんな高額がポンポン飛び交う場所では戸惑っている。
「姫は信者から貢いでもらったお金で遊んでたんじゃないの?」
「なわけないでしょ!」
なんてこと言うのよ!
私をそんな目で見てたの!?
だからカジノに連れてきたのね。
「これからどうするの? どこか移動する?」
どうやら私たちにギャンブラーとしての才能は無さそうなので、場所を移すことを提案した。
「んー、そろそろ……」
「兄弟! 来てくれたんだな!」
「わっ」
びっくりした。
私の騎士に後ろから、若い獣人の男が肩に腕を回してきた。
若い男だが、身なりはかなり良く、高級そうな服を着ている。
「おや、そちらにいるのは……そうか! 噂に聞く兄弟が守護騎士をやってるって姫様か」
「え、ええ……あなたは?」
この男、馴れ馴れしいわね。
でも、あまり嫌な感じは受けない。
「ああ、悪い。俺はピーター・カストール。このカジノはうちの一家が仕切ってるんだ。楽しんでいってくれ!」
「そ、そう……よろしく」
私は『月の女神の巫女』であることを口にするのを避け、曖昧に返した。
「前の『騒動』の時は、ありがとう! 俺の一家は獣人族が多いから、本当に助かった。親父や兄貴に代わって御礼を言わせてくれ」
深々と頭を下げられた。
どうやら私を『月の巫女』と知って、気にせず話しかけてきたようだ。
「そ、そんな大したことはしてないわ。半分は私の騎士の力だし」
以前、ハイランドの王都シンフォニアで『獣人族』や『亜人』の反乱が計画されていた。
それは『蛇の教団』が『麻薬』を媒介に、『呪い魔法』で引き起こそうとした偽りの『反乱』だった。
そして、その反乱は私の『呪い解除』を私の騎士の水魔法『雨』を媒介にすることで防いだ。
「大した事なんだ、うちの一家にとっては。今日は何でも言ってくれ。兄弟もな」
「うーん、どうやら俺たちはギャンブルが向いてないということがわかったよ」
さっきまでのゲームで負け越していることを伝えた。
「よし、じゃあカストール一家のおススメの店を案内するよ! 勿論、お代は頂かないぜ!」
「いやいや、そーいうわけには……」
「王都シンフォニアを救ってくれたお礼なんだ、これくらいはさせてくれよ、兄弟!」
「まあ、そーいうわけなら……。姫、いいかな?」
「別にいいわよ」
カジノも楽しかったけど、そろそろ騒がしさに疲れてきたところでもあった。
私たちは、カストール家のピーターさんに王都の店を案内してもらった。
マフィアの紹介だけあって、なかなかのディープさだったわ。
◇高月マコトの視点◇
「まったく、飲み過ぎよ」
「……ありがとう、姫」
ピーターに色々な高級店をハシゴさせられ、俺は千鳥足でフリアエさんの肩を借りながら帰ってきた。
全ての店はピーターの奢りだったので、切り上げるタイミングが難しかったのだ。
ちなみにピーターの行きつけの店は、綺麗な女性が『接待』してくれる店が多く、行くとすぐに女性が近くにやってきてお酒を注いだりしてくれる。
だが。
「あら、あなた。私を差し置いて私の騎士に近づく気?」
と姫が威嚇して女性店員さんを追っ払ってしまった。
さすがは、人類最上の美人。
綺麗な店員さんも、フリアエさんの前では小さくなってしまう。
ピーターが苦笑していた。
まあ、知らない女の子と話すのは気疲れするだけなので、結果助かったけど。
そんな感じで、高い店でたくさん飲んだあと、出来上がったのは酔っ払いである。
「ほら、着いたわよ」
「ありがとう……ひめ」
俺は自分の部屋まで連れて来てもらった。
宿に着いたら一人でいいよ、と言ったが「いいから!」と部屋までフリアエさんは来てくれた。
優しい。
「あー、気持ち悪い。今日の修行は、どうしようかなぁ……」
「あんた……このあとも修行する気なの?」
フリアエさんから変人を見る目で見られつつ、俺はベッドに倒れ込んだ。
あー、ふかふかだ……。
寝たい。
でもなぁ、今日はあんまり修行できてないし。
2時間だけ修行しようかな……。
「ねぇ、酔い覚ましの魔法をかけてあげましょうか?」
「え? そんなことできるの?」
フリアエさんが回復魔法を使えるとは知らなかった。
折角だ。
ここは頼んでみよう。
「ひめ……、お願いします」
「こっち向きなさい」
「んー」
俺はごろんと天井を見上げた。
そこにフリアエさんの綺麗な顔が、俺を見下ろす。
しばし、見つめ合ったあと、フリアエさんの顔が近づいて来た。
って、え?
フリアエさんの長い髪が俺の顔にかかり、その端正な顔がすぐそばまで迫る。
ちょ、待って
反応するより早く、フリアエさんの唇が俺の額辺りに軽く触れた。
「っ!?」
「睡魔の呪いよ。今日はもう寝なさい」
微笑むフリアエさんの顔がうっすらと見えたが、すぐに瞼が重くなる。
酔い覚ましの魔法ってのは嘘だったらしい。
「おい……ひ……め」
「おやすみ、私の騎士」
その言葉を最後に、俺は深い眠りに落ちた。
◇
気が付くと何もない空間に立っていた。
女神様の空間である。
が、今の俺の心は少々ざわついていた。
「桜井くんの彼女に、キスをされた……?」
これはアカンのでは?
いや、でも額だし?
あれくらいアメリカ人なら普通だろ?(ネットの情報)
いや、俺アメリカ人ちゃうし。
うーむ……。
「なに、アホなこと考えてるのマコト」
「あ、ノア様」
慌てて膝をつき、挨拶する。
いかんいかん。
気持ちを切り替える。
明鏡止水明鏡止水。
「あーあ、マコくんがまた新しい女に手を出したー」
「エイル様、それは違…………」
水の女神様の言葉に反論しようと、そちらへ視線を向けて――俺は気付いた。
ノア様とエイル様の後ろに――
不機嫌そうな表情の、小柄の可愛らしい女の子が居ることに。
「誰が可愛らしいって? 不敬よ人間」
心を読まれた。
そして『可愛らしい』は確かに適切な表現ではなかった。
その女の子の整った造形は、人間離れしている。
人ならざる完璧な容姿。
「あんたねぇ、マコトに御礼言いに来たんでしょ?」
「ダメよ、イラちゃん。そんなこと言っちゃ」
その言葉で悟った。
(……あなたでしたか)
そこに、運命の女神様がいらっしゃった。











