191話 高月マコトは、決意する
「このままでは『光の勇者』が命を落とします」
「はぁっ!?」
思わず声が上がった。
何でそんなことに!
勝ち戦じゃなかったのか。
「どーいうこと! 桜井くんが何で!」
「うそでしょ……光の勇者様が……?」
悲鳴をあげるさーさんと、呆然とするルーシー。
フリアエさんは、青い顔をしたままだ。
「ご説明ください、エステル様」
オルト団長の声が硬い。
「…………………………それは」
巫女エステルは、少しの沈黙のあと口を開いた。
後ろにはノエル王女をはじめ、女神の巫女たちが揃っている。
「………………魔王が代替わりしました」
代替わり?
魔王が?
俺を含めて、仲間のみんなもきょとんとしている。
「精霊使いくん、どうやら『獣の王』ザガンは、自分の息子に魔王の座を『継承』したらしい。地位だけでなくその力も」
忌々しげに大賢者様が語った。
その顔色は青白く、機嫌が悪いというよりは体調が芳しくないように見える。
「大賢者様、王都シンフォニアに戻られたのですね」
「調子が悪そうですが、大丈夫ですか?」
「無理して戻ったらこのザマでな。だがまさか魔王の代替わりとは……。だからザガンは弱っていたのか」
「魔王の代替わりってよくあることなんですか?」
「いや、我の知る限り……少なくともここ千年は一度もなかった」
じゃあ、予想しようも無いか……。
(マコト。魔族、特に魔王クラスは寿命が長いから数千年以上生きるわ。地上の民にとっては、稀な出来事でしょうけど、神族からしたらよくあることよ)
え?
じゃあ、運命の女神様は予想してなきゃダメじゃん?
俺が胡乱な目を、エステルさんに向けると目をそらせた。
おいおい、全然可愛くないんですけど。
ちゃんと、してくれ運命の女神様。
「運命の女神の巫女よ。打ち手はあるか?」
俺の心境に反応するように、大賢者様が質問してくれた。
「……現在、六国連合の主力部隊と二代目の『獣の王』が率いる魔王軍が交戦中です。兵力は30万対30万で互角ですが、敵は聖神族の加護を弱める結界を張っている。そして、それが『光の勇者』の力を著しく削いでいます。詳しいことは私の『神眼』でも視えない……くそっ!」
最後は、巫女らしからぬ言葉と共にドンッ!と机に拳が打ちつけられた。
「援軍は出せないのですか? たしか主力部隊の近くには、ジェラルド様の北天騎士団やタリスカー将軍の紅の騎士団が布陣していたはずです」
「通信魔法の妨害で、その情報を伝える術が無いのです。すでに伝令を送っていますが到着には時間がかかるようです」
「なんということだ……」
オルト団長の疑問に答えたのは、ノエル王女だ。
ノエル王女の声は、不安のためか震えている。
「直ちに援軍部隊を組織し、ユーウェイン総長と桜井殿のもとへ向かいます。おい! 飛竜部隊と天馬部隊の全員を招集させろ! 歩兵部隊は待機、ここの指揮は以後一任する!」
オルト団長は、副官の騎士に指示を出している。
焦りのためか、口調が荒い。
「我も少し休み戦場へ戻ろう。日中の移動は厳しいのだがな……。運命の女神の巫女よ、猶予期間はどれくらいだ?」
「…………光の勇者は、今晩の戦は乗り越えられないでしょう」
「そ、そんなっ!」
巫女エステルの声に、ノエル王女が悲痛な声を上げる。
うしろを見ると、フリアエさんはさっきから俯いたまま何も喋らない。
「姫、運命魔法で何か視える?」
「………………沢山の魔物に喰われるリョウスケが視えるわ」
「ゴメン」
聞くんじゃなかった。
アカン、いい情報が全く無い。
「じゃ、邪神の使徒や月の巫女が居るからだ! そのような呪われた者たちを抱えるからこのような事態になるのだ。太陽の女神様の加護が尽きることなどありえぬ。やつらが背信者だ! こいつらが魔王軍に情報を流したに違いない! 今すぐ捕らえ火刑にするのだ、オルト団長!」
とんでもないことを言い出したのは、教皇様だ。
どうやら光の勇者が死ぬということで、相当なパニックになっているらしい。
「そんな場合では無いでしょう……、教皇猊下。水の国の勇者と月の女神の巫女は関係ありません。ただ私の『未来視』を誤魔化せるほどの運命魔法の使い手が魔王軍に居る……、それは間違いありません」
「どうだかな! エステル殿の『未来視』も、もはやあてにならぬ!」
「くっ!」
蜜月に見えた教皇様と運命の女神の巫女との関係も、微妙な感じになっている。
今はそんなことを考えている場合じゃないが。
「マコト殿! これから光の勇者殿の援護に向かいます! 飛竜部隊と共に向かいましょう!」
オルト団長は、話を聞きながらも援軍の編成を終わらせかけている。
さすがだ。
『オルト団長と共に光の勇者の援軍に加わりますか?』
はい
いいえ
『RPGプレイヤー』スキルが問うてきた。
(ここで選択肢か……)
「オルト団長、ここから桜井くんのところまで行くのにどれくらいかかりますか?」
「通常であれば、丸一日。しかし今回は非常時。飛竜や天馬に限界まで無理をさせますが半日で到着する見込みです」
遅い。
そう感じた。
桜井くんは、今夜には命を落とす可能性が高い。
なら半日は遅すぎる。
「俺は別の方法で向かいます」
「「「え?」」」
俺の言葉に、オルト団長と何名かが反応した。
「ルーシー、頼みがある」
「え、マコト? わ、わたし?」
「高月くん……?」
さっきから不安そうに俺たちの会話を聞いていたルーシーとさーさんの方へ向き直った。
「空間転移で俺を桜井くんのところまで飛ばしてくれ」
「そんなことが可能なのですか!」
俺の言葉にオルト団長が反応した。
が、当のルーシーが青い顔でブンブン首を横に振った。
「む、無理よ! 私はその場所に行ったことが無いし、そんな超長距離の空間転移なんてママじゃないと!」
「そういえばロザリーさんは、参加してないんだっけ?」
「紅蓮の魔女殿は、この戦に参加していません。カナンの里に応援要請は送ったのですが不在とのことで……」
月に修行へ行くって言ってたもんなー。
月に居るんだろうか?
来てくれないかなー。
でも、居ない人は頼れない。
「ルーシー、頼む。ダメ元でいいから助けてくれ」
「…………でも、上手くいくかどうか……。いや、わかったわ! やってみる!」
最初は自信なさげだったルーシーだが、やる気になってくれた。
気持ちの切り替えが早い。
「ルーシー殿。もしそれができるなら我々も」
「やめておけ、オルト団長。我がそこの赤毛のエルフの面倒を見てきたが、こやつの空間転移は失敗する可能性のほうが高い。唯一成功するとすれば、仲間である精霊使いくんか、そっちの火の国の勇者くらいであろう。自分でなく、他人を空間転移させるには相手のことをよく知っておく必要がある。誰でも気軽にはできん」
「……そうですか。わかりました。では、我々は予定通り飛竜で向かいます。マコト殿、向こうで合流しましょう」
「わかりました、オルト団長」
方針は決まった。
「ルーシー、やってくれ」
「うん。すいません、誰か地図を見せてもらっていいですか?」
「どうぞ、ルーシー殿」
ルーシーが言うと、すばやくオルト団長の部下が、地図をくれた。
「戦場の位置は?」
「ここです。商業の国の、ダンネット沿岸地域。目印はナイードの丘が……」
「私は、行ったことが無いから目的地のイメージができないわ。方向と距離だけ教えて」
「その方法は魔力の消費が激しいですが……。相当な距離ですよ?」
「大丈夫、魔力は足りるから」
ルーシーの言葉が頼もしい。
本当に仲間でよかった。
「マコト。私は光の勇者様がいる戦場に行ったことがないわ。だから正確な位置には送れないと思うの。いえ、間違いなくある程度の誤差は出るわ」
「わかった。それは何とかするよ」
ルーシーの言葉に、俺は頷いた。
「じゃあ、行くわよ」
ルーシーが杖を両手でぎゅっと掴む。
同時に、膨大な魔力が高まっていくのを感じる。
ルーシーの口から呪文が紡がれる。
――天におわす運命の女神様。私はあなたへ祈ります。私はあなたへ奇跡を願います……
空間転移は金属性の時空魔法。
それを統べるのは運命の女神様である。
俺はちらっとエステルさんの方を見た。
その視線に気づいたのか、気まずそうな目を向けられた。
成功率上げてくれませんかねぇ、運命の女神様。
(無理よ、マコト。今の運命の女神は人間レベルに魔力を落とし神気を持っていない。奇跡は起こせないわ)
そうですかー。
折角近くに居るのになー。
そうしている間に、空中に次々と大量の魔法陣が浮かぶ。
ビリビリと大気中の魔力が震える。
地面も揺れている気がする。
「おお……なんという魔力だ」
「信じられん……。一人の魔法使いが扱える魔力ではないぞ」
そんな声が聞こえてきた。
ルーシーの話だと最近、ますます魔力が増えてきてるらしい。
まだ、成長期なん?
俺の魔力は『4』で止まってるんですけど。
格差酷くない?
「私の騎士……気を付けて」
「勇者マコト、ご武運を」
「ありがとう」
フリアエさんと、通信魔法の画面の向こうからソフィア王女がエールを送ってくれた。
「マコト様……リョウスケさんをお願いします」
「わかりました」
ノエル王女が祈るように両手を組んでいる。
「るーちゃん、頑張って。高月くん、私もこの後追いかけるね」
「いや、さーさんは姫とルーシーと一緒に居てくれ。こっちが手薄になり過ぎるから」
「んー、そっか。わかった。こっちは任せておいて! 気を付けてね」
さーさんの返事に、俺は小さく頷いた。
「マコト、行くわよ」
「ああ」
ルーシーの薄く赤色に輝いた髪が揺れている。
風ではなく、吹き荒れる魔力に髪が流されている。
その姿は、紅蓮の魔女のようだ。
――空間転移!!!
ルーシーの声が耳に届くと同時に魔法が発動し、俺は光に包まれた。
体感時間は、ほんの数秒だろうか。
真っ白な光の中、俺は奇妙な浮遊感に包まれた。
上下左右の感覚が無くなり、無限に広がる空間に放り出された気がした。
次の瞬間、ストンと地面と足がくっついた。
そして、視界が開ける。
「冷たっ!」
俺の顔にシャワーのように大量の水が叩きつけられた。
雨が降っている。
それも嵐のような大雨だ。
――水魔法・水流
俺は水魔法で雨の動きを操った。
それで何とか、前を見ることができた。
「え?」
目を開いた時、最初に感じたのは違和感だった。
暗い。
今は昼前だ。
こんな夜明け前のような暗さのはずが無い。
まさか、空間転移に失敗して時間が経過した?
いや、それは時間転移。
全く別の魔法だ。
俺は周りを見渡した。
土砂降りの雨で、すぐに気付けなかった。
違和感の正体は上にあった。
俺は空を見上げた。
(……これが原因か)
――空を覆っているのは、どこまでも広がる漆黒の雲だった。











