16話 ルーシーの秘密
「魔族?」
暗い顔でルーシーが語り始めた。
「うん、そうなの……」
「ルーシーはエルフなんだろ?」
「私の母はエルフよ。でも、父は違うわ。母がどこかで魔族と結婚してできた子供が私」
エルフと魔族のハイブリッドか。
それは強いはずだよな。
「母の話だと、私の父は全身が炎に包まれた魔族だったんだって。その血を引く私は、魔力に炎の属性を強力に帯びているらしいの」
「全身を炎って、それどうやって子供作ったんだ?」
「問題はそこじゃないから!」
怒られた。
普通の疑問だと思うんだけどなぁ。
「私は炎の魔力のおかげで強力な魔法が使えるし、炎耐性も強いんだけど、弱い炎の魔法は使えないの。コントロールも苦手で、すぐ暴走してしまう。あと、体温が異常に高くて暑がりな体質なのも、そのせい」
「あー、それでいつも薄着なのか」
謎が解けた。
「だから、今回の魔法の同調でまことが全身火傷したのは、相手が私だったからだと思うわ。他の人ならこんなことは無いはず……」
ルーシーは、相当落ち込んでいるようだ。
「そういう事情があったなら仕方ないな。次は別の手でいこう」
ルーシーがきょとんとした目で顔を上げた。
「まこと、私とパーティを続けてくれるの?」
「なんで続けないと思うんだよ」
「だって! 今回も役に立たなかったし。魔物はおびき寄せるし。あげく、まことに怪我をさせるし!」
涙目で訴える。
「役には立っただろ」俺は全身火傷したけど。
「まことは、重症だったよ!」
「そんなに気にしなくていいよ。誰にでも失敗はあるって」
「でも! ここ最近の修行はちっとも上達しないし。私どうすれば……」
うーん、気持ちが沈んでるな。
どうやって慰めよう。
「ねえ、本当は私のこと面倒って思ってない? ルーカスさんやマリーさんに言われたから仕方なくパーティを続けてるんじゃないの……かな?」
凄いネガティブになってる。
別に面倒だと思ってない。
ルーシーの強い魔法をどうやって使おうかなって、謎解きみたいで楽しんでる。
ただ、ゲームの謎解きみたいで、楽しいよって言うと怒られそうな気がする。
うーむ、困ったな。
「ルーシー」
捕まれていた手を、こちらから握り返す。
「俺にはルーシーが必要なんだ。これからも二人で頑張ろう」
ルーシーの目に視線を合わせて真剣な表情でつぶやく。
それを、RPGプレイヤースキルで傍から見ている俺。
うわぁ、これ結構恥ずかしいこと言ってるな。
「え、ええっ! そ、そうなんだ。わかった、頑張る!」
ルーシーは顔を真っ赤にして、あわあわしている。
ちょっと、大げさに言い過ぎたかな。
大丈夫だよな?
(あーあ)
女神様の溜息が聞こえた気がした。
あれ、ダメでした?
◇
それからしばらくは、俺は火傷の治療に専念した。
といってもギルドの休憩室でごろごろしているだけである。
暇だ。
ルーシーは、火魔法の熟練度上げにいそしんでいる。
合間に、新しく得たスキル『精霊使い』についてルーシーに教えてもらった。
「精霊っていうのは目に見えないの」
「見えないならどうやって操るんだ?」
「普通の魔法と一緒よ。呪文ね。ただし、精霊語で発声する必要があるわ」
また別の言語か。
覚えるの大変だなぁ。
「簡単なものから覚えていくしかないか。後で古本屋に行くか」
「精霊魔法の教本なんて、マッカレンの街には売ってないわよ」
「え? 何で」
「だって、人間の精霊使いって誰もいないもの」
ああ、そうだった。
神殿で習った。
人族の使い手はいないんだっけ?
「えー、じゃあ、どうやって覚えればいいんだ」
「うーん、困ったわね」
「はあ、早くゴブリン狩りにでも行きたいな」
「ダメよー。もう1週間は安静にすること!」
通りかかったエミリーが、注意してきた。
「よお、ジャン」
「おう、まこと」
ジャンに片手をあげて挨拶する。
なんでも、一人で暴れバイソンを狩れるよう修行中らしい。
楽しそうだなぁ。
「ずっとギルドにいるのに冒険行けないって、拷問だよな」
ふわふわと、7つの水球を浮かばせてお手玉のようにする。
ここ最近は、ずっとこんな修行だ。
「そんなこと言いながら、高度なことしてるし。……ねえ、まこと?」
ルーシーが真剣な顔をしている。
「なに?」
「あのさ、まことってずっとギルドの休憩室で寝泊まりしてるのよね?」
「ああ、宿代がもったいない、というか金が無いからな」
ゴブリン狩りで得た資金など微々たるものだ。
しかも、今は稼ぎに行けないからどんどん目減りしている。
あと、1週間くらいは大丈夫のはずだけど……。
異世界生活は楽じゃないな。
「私の実家ってエルフの里長なの。だから、仕送りは結構貰ってて、宿屋に長期滞在の契約してるの」
「ああ、前に聞いたよ」
お嬢様は、羨ましいね。
「だ、だからさ……。あ、あの……えっと」
「ルーシーさん?」
「まことはちゃんとした部屋で療養したほうが、いいんじゃない? も、もしよかったら、まこと、私の部屋に一緒に……」
ルーシーが何か言いかけたところで、誰かが割り込んできた。
「まーことくん! 怪我治った?」
後ろから抱きついてきたのは、マリーさんだ。
珍しく酔ってない。
まだ、昼間だしな。
「マリーさん、怪我人に乱暴ですよ」
「ちょっと! マリー! 私大事な話してるんだけど!」
ルーシーが、キレ気味な声をあげる。
「ふふーん、そんな邪険にしていいのかしら?」
にやにやしながら、マリーさんが何か本を渡してくる。
「って、え! これ『はじめての精霊語』って、どうしたんですか?」
マッカレンの街には無いはずでは?
「まことくんが、新しいスキル覚えたって聞いたからね。スプリングローグのギルドから取り寄せたの」
大変だったのよー、とマリーさん。
「木の国の冒険者ギルド……。たしか、エルフやドワーフが多いから、ありそうだけど……」とルーシー。
「マリーさん、ありがとうございます!」
「んふふー、いいよいいよ。まことくん、頑張ってね」
頭をなでられた。
隣でルーシーが膨れ面をしている。
そういや、話の途中だったな。
「ルーシー、さっき何か言いかけてたよな」
「……」
ルーシーは、こちらを向いてくれない。
「ルーシーさん?」
「別に」
あれ? どうしたんだろう。
「えーと、マリーさん。この本の代金は?」
「代金は要らないわよ。ただし、ギルドの物だから返さないといけないからね。貸すだけよ」
「わかりました。ありがとうございます」
よかった。
手持ちが少なかったから助かる。
じゃーねー、とマリーさんは仕事に戻っていった。
「いやー、助かったよ。これで精霊魔法の修行ができるよ」
「……」
あとは、何故か隣のルーシーが不機嫌なのをどうしようかな。
「おーい、ルーシーさん?」
「……ねえ、まこと?」
「は、はい」
「ばかー!」
走っていってしまった。
その日の、夕食(というか飲み)のルーシーをなだめるのは大変だった。