146話 魔の森の決戦 その7
――貴様……
魔王が、明確に俺に『敵意』を持った。
いや、これは殺意だろうか。
その瞬間『神鎧』を纏っていても感じる、威圧感が身体を襲った。
頬を汗が伝う。
気付けば、魔物の体内の暗闇が紅く不気味に脈打っている。
先ほどまで、巨大な魔物に魔力を吸われるだけの存在だった『魔王ビフロンス』が目覚めたことにより、場を支配するものが変わった。
この場における、最上位の存在――魔王が、目覚めた。
(自我、あるじゃん、セテカーさん……)
とはいえ、魔王の身体は、ボロボロで。
すでに四肢も機能していなさそうだが……それでも、威圧感は失っていない。
過去のどんな敵よりも、はるかに凌ぐ凄みがあった。
「……いや、違うか……貴様は、奴では、無い……」
「……?」
魔王は、敵意を静め不可解な顔をした。
先ほどの凄みは鳴りを潜め、端正な顔をやや不機嫌そうに歪めた。
「……お前は、誰だ? 人間」
「えっと、魔王を倒しに来た勇者ですけど……」
「……勇者?」
魔王が怪訝な顔をする。
いや、普通だろ?
「……勇者か……奴は勇者では無かった……、やはり別物か、人間の見分けはつかんな……」
「……?」
うーん、やっぱり正気を失っているんだろうか?
会話が、成り立っていない。
「……人間、私は誰だ?」
何そのトリッキーな質問。
「魔王……ビフロンス……ですよね?」
「ビフロンス……それが、私の名だ……だが、じきに消えようとしているな……転生術の失敗によって……」
魔王は、遠い眼をして自分の身体を眺めている。
たくさんの黒い腕に掴まれた身体の四肢は無く、徐々に身体全体が蝕まれているのがわかる。
「それにしても……下手な術式だ。あの御方……イヴリース様の転生術には数段及ばない、稚拙な魔法……」
「そうなんですか……?」
転生術なんて、高度過ぎて俺では、全く理解できないが。
(何やってるのー! さっさと倒しなさい!)
ノア様?
(そうよ、マコくん! そいつは、今弱ってる。さっさと、生贄術で倒しちゃってー)
エイル様も急かしてくる。
確かに『神鎧』のタイムリミットも迫っている。
ここは、一思いにやろう。
俺は短剣を、両手に構えた。
――エイル様、捧……
「おまえ、邪神の使徒だな。それは、カインと同じ武器だな。だが、その術は聖神族への貢物になるだけだぞ」
「……」
命乞い……、だろうか?
「私を滅ぼすなら、その術を使わんほうがいい。聖神族への生贄にすれば、やつらの戦力として生まれ変わってしまうぞ」
「え?」
(え?)
おや、ノア様も知らなかったんですか?
(え? うそ、そんなことが)
ノア様、知らなかったみたいだ。
「やつらに生贄として捧げられた魂は、聖神族の忠実な下僕として、転生される。魔王と恐れられた私が、連中の手先となるのは勘弁願いたい。それに、貴様にとっても不都合だろう?」
(あちゃー、バレちゃった☆)
あっさり認めた!?
そんなことを企んでたのか……。
てことは、俺が捧げた上級魔族シューリが、いずれ綺麗なシューリさんになって生まれてくると……。
(ふっふー、実はもう転生してありますー☆ 10年後には、立派な水の国の勇者になってくれてるでしょうー)
うっわ、えげつない。
『生贄術・供物』て、そういう使い道だったのかぁ……。
(あんたー! マコトを使ってそんなこと企んでたの! よくも騙してくれたわね!)
(気づかないほうが間抜けなのよー。ちゃんと、寿命は伸ばしてあげてるでしょー)
(待ちなさい! 一発しばいてやるから)
(キャー)
楽しそうだ。
俺は、魔王に向き直った。
短剣を静かに構える。
「……抵抗……しないのか?」
俺の言葉に、魔王の表情はつまらなそうなままだった。
「邪神の使徒。貴様の目的はなんだ?」
質問で返された。
「ノア様を海底神殿から救い出す」
他にも色々あるけど。
魔王は、「そうか」と短く答えた。
「じきに、私の意識は消え……忌まわしい化け物になる。そうなる前に、滅ぶのも一興だろう。私が滅べば、不死王の力の源である魔石が手に入る。邪神の使徒である貴様が、好きに使え。聖神族の戦士に無理やり生まれ変わらされるのは御免だ」
「……わかった」
当初の第一目標だった、魔王を倒すミッションが何とかこなせそうだ。
話のわかる……こんな、紳士な魔王も居るんだな。
「……貴様が、女神の勇者であれば、道連れにしてやるのだがな」
ニィと、壮絶な笑みを浮かべる魔王さん。
やっぱ、怖かった。
(……そうだ、あれを伝えないと)
「セテカーが、あんたによろしくと言ってたよ」
「……セテカー? その名は、覚えている…………やつか、あの成り上がりが」
なんか、言い方が酷いですけど。
「あれ程こき使ってやったにもかかわらず、未だに義理立てるとは……愚かなやつだ」
「おい、そんな言い方は……」
もう、さっさと殺っちまうか。
「おい、邪神の使徒、伝言だ」
「……なんて?」
「忠義だった、今後は偉大なるあの御方のチカラになれ。そう伝えろ」
「会った時に伝えるよ」
一応、感謝の言葉の部類に入るんだろうか?
「さっさとやれ、そろそろ意識が持たん」
「ああ!」
俺は覚悟を決め、短剣を強く握る。
そして、数歩前へ踏み出し、
――ノア様の短剣を魔王の胸に突き立てた。
瞬間、膨大な魔力が解き放たれ、衝撃で吹き飛ばされる。
――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
――ォオオオオオオオオオオオ!
――ォオオオオオオオ!
地獄からの亡者が合唱しているような、声が響きわたった。
魔王の身体は、消えていた。
目の前に、こぶし程の大きさの魔石が転がっている。
それを拾い上げる。
(熱い……)
比喩でなく、その石が力強く脈打っていた。
これが、魔王の魔石か……。
(人族の間では、『賢者の石』とも呼ばれているアイテムよ、マコト)
(あーあ、それがあれば強い勇者が創れるのになぁー)
これが……賢者の石!?
売ると、七代遊んで暮らせるという!
(あなた、お金に困ってないじゃない)
(まあ、そーなんですけどね)
水の神殿の授業で教わった記憶が蘇った。
でも、至急の使い道はないなぁー。
どうしようかなー、ふじやんあたりに相談してみるかな。
その時、太陽の光が顔を照らした。
暗闇が晴れ、次々に光が差し込んできた。
(眩しっ!)
魔物の身体が崩れていく。
魔王から何かに転生しようとしてた異形の魔物は、朽ち果ててしまった。
残ったのは、俺と手に握った『賢者の石』だった。
(ノア様、エイル様、終わりましたよ)
二柱の女神様に報告する。
視てたと思うけど。
(お疲れ様、マコト。『賢者の石』の取り扱いには気をつけなさい)
(あーあ、残念。魔王の魂、ゲットし損ねちゃった☆)
今回も女神様たちに助けられたなぁ。
そん時、俺に向けられる視線を感じた。
「……使徒殿が、生きている? ビフロンス様を倒したのですか……?」
まだ居たのか、セテカーさん。
律儀な魔族だな。
「……ビフロンス様、どうかごゆっくりお休みください」
セテカーが、誰も居ない所に向かって跪いている。
「そういえば、伝言を託ってるよ」
「!? 話をしたのですか!?」
ビクリと、肩を震わせてこちらに振り向いた。
「『忠義だった、今後はあの御方のチカラになれ』ってさ」
「お、おおっ! ……勿体ない、なんと勿体ない御言葉。……私のような下賤の者に……」
セテカーさんが、感動に打ち震えている。
いいことをしたみたいで、気持ちいいけど。
一応、彼は敵なんだよなぁ。
「で、あんたはどーする? 戦うのか?」
「まさか! 私としては、是非ともあなたを味方に引き入れたい!」
「いや、魔族側につくのは、ノア様が許してくれないかと……」
(そうよー! 魔族は絶許!)
ノア様、中指を立てるのは下品です。
千年前に騙されたらしいし。
でも、さっきエイル様にも騙されてたけどなぁ。
うちの女神様、チョロ過ぎない?
「くっ、邪神様の使徒は皆さん、狂信的な信者ですからねぇ……。信仰する神の御言葉は、絶対! と。カイン殿と同じですか……」
どうかな。
俺は、ノア様の魅了にかかってないから、少し違うと思うけど。
「では、邪神様の御心変わりを待つように……」
そこで、セテカーの言葉が詰まった。
「どうかした?」
「……あ、あの……使徒殿? そ、その……」
急にセテカーが、真っ赤な眼を大きく見開いて、こちらを指さしてきた。
何だ?
「ノア様の使徒殿! 石化してますよ!?」
「え?」
げっ!
確かに左腕が石化しとる!
というか、どんどん身体が動かなくなっていってる!?
「あなた、『石化の呪い』が効かないはずでは!?」
「あー、時間切れだね」
ノア様にかけてもらった『神鎧』の効果が無くなったらしい。
「しかも石化のペースが速いですよ! あなた、勇者なら多少は抵抗できないのですか? 木の国の勇者のように、不意討ちで石化したわけじゃないんですから」
あー、マキシミリアンさんは不意を討たれちゃったのかー。
でも、俺、魔法抵抗力ゼロだからなぁー。
「これ、解けない?」
石化の魔眼を持っている本人にお願いしてみた。
あー、足が動かなくなった。
石化するって、こんな感じなんだな。
「ま、待ってください……。私は石化の呪いはかけられますが、解くのが苦手で……」
と、言いつつも慌てて自分の目を布でぐるぐる巻きにしてくれている。
「魔眼、制御できてないの?」
「ビフロンス様にも昔から御叱りをいただいてましたとも! 見渡す限り全部、石化しちゃうんですよ! 仲間でも関係なく! この魔眼! だから、いつも一人で行動しておりましたから!」
そういうわけか。
で、同じくぼっちの千年前のノア様の使徒と、一緒に行動してたと。
セテカーさん、強いけど魔王タイプじゃないな。
その時、誰かが近づいてくる足音がした。
「マコト!」
「高月くん!」
「おーい、彼氏くんー」
お、噂のルーシーさんだ。
ちょうどいい所にみんなもやってきたな。
忌まわしき魔物の群れは、倒したんだろうか?
「紅蓮の魔女ロザリーさんがやってきてるよ?」
今の俺は『神鎧』が無くなって、紙装甲なのでセカテーさんにはどこかに去ってもらいたい。
ロザリーさん、ハヤクキテ!
「くっ、あの魔女には勝てません! 出来れば、もう少しお話ししたかったですが……」
セテカーは、目に布を巻きつけたままキョロキョロしている。
それじゃ、見えないだろう……。
「最後に! あなたの名前を教えてください! ノア様の使徒殿!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
そういえば、名乗ってなかったな。
これは、マナー違反だった。
「俺の名前はたか」
ここで、石化の呪いで口が動かなくなった。
呪いの効果、速過ぎじゃない?
(マコトが、魔法抵抗力が無さすぎるのよ)
はあ……、ここでも最弱ステータスが……。
「つ、次は、名乗ってもらいますからね!」
「……」
俺は口が石化しているので、返事ができない。
セテカーは、よくわからん捨て台詞を吐いて、凄いスピードで逃げて行った。
ルーシーやさーさんが、慌てて近づいてくるのが見える。
皆、大きな怪我もしてなさそうだ。
無事みたいでよかった。
(……はぁ、今回も……疲れた)
身体中から、ピシピシという硬質的な音が聞こえる。
石化の音だろうか。
少し、ぞっとしないな。
――俺は、意識を失った。











