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【本編完結】信者ゼロの女神サマと始める異世界攻略  作者: 大崎 アイル
第六章 『木の国とルーシーの里帰り』編

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143話 魔の森の決戦 その4

 ◇ ジャネット・バランタインの視点◇



 ――あれは、数年前の記憶。



 ハイランド城にある大賢者様の教室。

 生徒は、『勇者』や『巫女』など、今後、国の中枢を担う人材ばかり。

 私はただの『超級騎士』に過ぎないが、『勇者』であるジェラルド兄さんに無理を言って参加させてもらった。

 教壇では、白髪に白いローブの大賢者様がふわふわ浮かび、生徒たちを見おろしている。


「いいか、ひよっ子ども。お前らのような生温い環境じゃ、千年前なら一瞬で挽肉だ」

「ああ? 問題ねーよババア。俺の『雷の勇者』スキルで、蹴散らしてや……ぐはっ!」

「先生と呼べ、クソガキ」


 兄が大賢者様に蹴られている。

 はぁ……、兄さんってば。


「ジェラルド、真面目にしなさい」

 ノエル(ねえ)が、呆れた口調で兄をたしなめている。

 聖女アンナの生まれ変わりと呼ばれ、兄の婚約者であるノエル王女。

 私の憧れの人だ。 


 でも、最近はほとんど会話をしていない。

 兄の婚約者ではなくなってしまったから……。

 昔は姉のように慕っていたけど。


「大賢者様、大魔王イヴリースはどんな能力を持っていたんですか?」

 私は、大賢者様に質問した。


「ふむ、妹は真面目でよい子だな。答えよう。大魔王の最も厄介な能力は『転生』と『覚醒』の魔法だ」

「転生と覚醒……ですか?」

「どんな魔法なんですか?」

 ノエル姉と一緒に質問をする私。


「大魔王の配下の魔族は、倒したと思っても復活してくるのだ。『転生』魔法でな」

「アンデッドのようなものでしょうか?」

 でも不死者は、太陽魔法が弱点だ。

 兄さまや、ノエル姉なら簡単に倒せる。

 

「アンデッドではない。『生まれ変わる』のだ。しかも『覚醒』魔法によって、より上位の存在になってな」

「「「上位の存在?」」」

 生徒たちも含め、聞きなれない単語に首を傾げる。


「貴様らは、この世界が唯一のものだと思っているんだろう? だが、実際のところは、我々の住む世界など無数にある『異界』の一つ。大魔王イヴリースは『異界』からやってきた者だ。さらに言うと、大魔王イヴリースの居た世界は、我々の世界よりも強者が多くいる世界らしい」


(……よくわからない)


 私には、大賢者様の言う意味が理解できなかった。

 でも、それは他のクラスメイト達も同様だったみたいだ。


「はっ! くだらねぇ。『異界』からの魔王だろうが、ぶった切ってやればいいだけだろ!」

 兄はシンプルだ。

 強さこそが全て、という考え方。

 しかし、大賢者様は面白そうに微笑んだ。


「威勢がいいな、ジェラルド。だが、上位の存在は恐ろしいぞ。下位世界の住人である我々には、その姿をまともに見ることすらかなわん。視線に入れるだけで、精神を病む」

「「「「……」」」」

 見ることすらできない?

 そんなの、反則じゃない!

 どうしようもないじゃないか。


「まあ、女神の加護のある勇者や巫女なら大丈夫だ。それに精神を安定させるスキルを鍛えることで、普通の人間でも上位の存在に対抗できる。あとやっかいなのは、大魔王イヴリースが造った『忌まわしき魔物共』だ」

 忌まわしき魔物。

 千年前に数多く居たという、大魔王の配下の魔物。

 私たちが普段戦っている魔物とは、全く異なる存在らしい。


「バ……先生。忌まわしき魔物ってのは、どこに居るんだ?」

 さすがの兄も、暴言は繰り返さなかった。


「外の世界から来た魔王イヴリースは寂しがり屋でな。配下の魔族や魔物たちを、『転生』と『覚醒』魔法で、自分と同じ上位の存在に作り変えようとした。それに()()したのが、『忌まわしき魔物』だ。この世界の生物ではありえない、おぞましい姿をした怪物だ」


「では、すでに存在しないのですか?」

 私は質問した。


「北の大陸には、多少忌まわしき魔物が残っているらしいが、それ以外は全て滅ぼした。誰かが新たに生み出さん限り、出会うことはない。『転生』魔法の使い手など、大魔王を除いて知らんがな」

「ふーん、失敗したら忌まわしい魔物か。じゃあ、『転生』に成功したらどうなるんだ?」

 兄が生意気な口調で、質問している。

 私は少しドキドキしたが、それは私も気になった。

 大賢者様は、つまらなそうに「強くなるだけだ」と答えた。


「魔眼のセテカーは、『転生』の成功者として有名な魔族だな。もともと弱かった不死者が、大魔王の魔法で『魔眼』を持った上級魔族へ生まれ変わった」

「たしか……救世主アベル様が倒したという有名な魔族ですよね?」

 ノエル姉が付け加える。

 

「ああ、その通りだ。『石化の魔眼』のセテカーと『邪神の使徒』カイン。そいつらによって、千年前の勇者はアベルを除いて全滅させられた」


 これも有名なおとぎ話。


『邪神の使徒』『狂った英雄』『人族の天敵』などと呼ばれる魔王カイン。

 千年前、多くの勇者が一人の魔王に皆殺しにされた。

 伝説によると、なぜか配下も持たず、たった一人で世界中を回って勇者を殺していたらしい。


 そいつと一緒に行動することが多かったという、『石化の魔眼』を持つ魔族セテカー。

 大賢者様の話では、セテカーは大魔王によって『転生』した魔族なんだとか。

 一説では、『魔王』になれるほどの実力者であったのだが、頑なに固辞していたという言い伝えもある。


「まあ、どちらもアベルによって滅ぼされた。気にしなくていい。問題は、忌まわしき魔物たちだな。そいつらは自我を無くし、生物としての機能も持っておらず、子をなすことすら出来ない。だが、成り損ないとは言え、上位世界の生物だ。迂闊に挑めば、喰われる。もし出会ってしまったなら、戦うメンバーは厳選しろ。弱い者では餌になるだけだ」

 皆、真剣な顔で聞いている。

 

「腕が鳴るな……」

 兄さんが、不敵な笑みを浮かべている。

 本当に好戦的な人だ……。


 数年後、大迷宮に『忌まわしき竜』が出たという報告が上がった時、ジェラルド兄さんは自分が行くと燃えていた。

 残念ながら、政治的な判断により異世界から来た『光の勇者』へ手柄を立てさせる場と化してしまったが……。

 あの頃の兄は、本当に荒れていた。

 最近は、ローゼスの勇者にリベンジすると言って、楽しそうに修行しているけど。

 

「一つ言えるのは、忌まわしき魔物に出会ったら初回は逃げろ。連中は、『冥府の瘴気』と共に、とにかくこちらの精神を乱してくる。まともな戦いにならん。勇者なら別だがな。普通のやつは、徐々に慣れるしかない」

「「「「はい!」」」」

 生徒たちは、威勢よく返事をした。

 私も。


 でも、実際のところ、大賢者様の言葉が想像できていなかった。

 そんな恐ろしい魔物が居たって、『稲妻の勇者』である兄や、太陽の騎士団ならきっと倒せるだろう。

 それに、大賢者様だっているんだ。

 だから、きっと大丈夫。

 数年前の私は、そう思っていた。 



 ◇



 ――そして、現在。


 魔の森の焼け跡。

 あたりにドロリと淀んだ空気が溜まっている。


 瘴気があたりを満たしているからだ。

 それだけじゃない。


 ――甲高い奇声。

 ――ケタケタと嗤う声。

 ――死の淵に上げるような絶叫。

 ――この世の全てを呪っているような怨嗟の声。

 

 それらの声が混じり合い、不協和音を奏でている。

 私は、眼球だけを動かし恐る恐る周りを見る。 


 私たちは、黒くドロドロとしたスライムのような皮膚が、ボコボコと泡立っているグロテスクな怪物たちに囲まれている。

 黒い魔物たちは、ぐにゃぐにゃと形を変え、何かに成ろうとしている。

 もしくは、生まれようとしている。

 じっと見ていると、脳が変になりそうだ。


 ――頭が、痛い。

 ――手が、痺れる。

 ――身体が震えて、動けない。

 ――鼻を突くような異臭がする。


(これが、大賢者様の言っていた『冥府の瘴気』なのだろうか……)

 ああ、こんなところにずっと居るくらいなら、いっそ楽になりたい……。

 


「風の精霊! 吹き飛ばしなさい!」

 ロザリー様が叫ぶと、瘴気が一瞬で吹き飛ばされた。

 

 少しだけ、気分が晴れた。

 さっきまでの死にたいような気分ではなくなった。


「あ……ああっ…………」

 声を発しようとして、言葉にならなかった。

 ……喋る方法を忘れてしまった? 

 どうやって、私は喋っていた?

 その時、肩を優しく叩かれた。


「ジャネットさん? 大丈夫?」


 耳元で声をかけられ、肩を抱き寄せられる。

 そこには、一緒に居たローゼスの勇者マコトの顔があった。

 怪物に囲まれた中で、その顔を見て私はほっとした。


「あ、あの……」

「顔色悪いから、休んでて」

 普段通りの穏やかな声を聞くと、私の心も落ち着いてきた。

 私は、勇者マコトに回復薬を飲ませてもらった。  

 徐々に心に余裕ができてくる。

 ふと、近くの仲間たちを見渡した。


(……え? なにこれ……)


 助けに来てくれたエルフの里の皆や、私の隊の騎士たちが膝をついている。

 中には気を失っているものも。


 なんとか、平静を保てているのは、ロザリー様、風樹の勇者、アヤとかいう戦士の女の子、……そして高月マコトだけだ。

 他は、病人のような顔色をしている。


「おーい、ルーシー。水飲む?」

「う、うん……」

 ローゼスの勇者マコトは、私の傍を離れ、仲間の介抱をしている。


(もう少し、一緒に居てくれてもいいのに……って、何を考えている!?)

 私は、ペガサス騎士団の隊長だ。

 慌てて、仲間の騎士のもとに駆け寄る。

 しかし、身体が重い。

 一応、みんな意識はあるようだ。


「あなたたち『冷静』スキルを使いなさい。あと、忌まわしき魔物の姿は凝視しないこと。特に魔王もどきは、絶対に見ちゃダメ。精神が汚染されるわよ。私とマッキー坊やで戦うわ。木の女神様(フレイア)の聖剣は持っているわよね?」

「は、はい。ロザリー様」


 どうやら紅蓮の魔女と風樹の勇者で、魔王に挑むらしい。

 風樹の勇者マキシミリアンが、腰の剣を握りしめる。


「聖剣の解放はできる?」

 ロザリー様が、尋ねる。

 女神の加護をもつ勇者は、『女神の聖剣』のチカラを100%引き出す『解放』が使える。


 世界に七振りのみ存在する女神の聖剣。

 その解放ができるのは、女神の勇者のみだ。

 兄のジェラルドも血が滲むような努力をして太陽の女神様(アルテナ)の聖剣『カリバーン』を使いこなせるよう修行していた。


「はい! ロザリー様!」

 風樹の勇者が、その巨体な龍人の体躯より、さらに大きい大剣を構える。

 刀身が緑に輝き、清涼な風が吹き荒れる。


 

 ――木の女神(フレイア)様のご加護を



 風樹の勇者マキシミリアンの言葉と共に、彼の周りに温かい魔力が溢れるのがわかった。

 私も含めて、周りのエルフや騎士たちの表情が柔らかくなる。


(ああ、凄い。これが勇者のチカラ……)


 女神の加護を受け、皆の先頭に立って戦う人類の希望。

 彼ならきっと魔王を倒してくれる……。

 おそらく、周りの者たちもそう考えたはずだ。


「うーん、五割ってとこかしら?」

 しかし、紅蓮の魔女ロザリー様の声は硬かった。


「は、はい。一年ほど前にやっと解放できたばかりで……」

 申し訳なさそうな表情をする風樹の勇者マキシミリアン。

 私には十分に見えたが、聖剣の解放は十分なものではなかったらしい。

 そういえば、兄も「まだ七割だな」とか大賢者様に言われてたっけ?


「私が全力で戦えるなら、いいんだけど……。石化の呪いが全身に回らないように、魔力を使っているから本気だせないのよねー」

「なんと……」

 ロザリー様が、困った顔をしている。

 それを聞いて、風樹の勇者の表情が険しくなる。


「一度、空間転移でカナンの里に行って、巫女に呪いを解いてもらうのはどうですか?」

 ローゼスの勇者マコトが、提案してきた。

 そうか! その方法があった!


「無理かなぁ、いくら巫女でも『石化の魔眼』の呪いを解くのは時間がかかるわ。その間に、こっちが全滅しちゃうわ」

「そうですか……」

 ロザリーさんの返事に、勇者マコトが肩を落とした。


「あとは、氷雪の勇者のレオくん、聖剣は持ってない?」

「申し訳ありません、……僕はまだ、水の女神の聖剣アスカロンを国外へ持ち出す権限がありません。僕は成人していないので……」

「ま、そうよねー」

 そんな会話をしている時。

 

 

 ――シャアア!



「ひっ!」

 誰かの悲鳴が上がる。

 突然、真っ黒な鳥のような魔物が襲ってきた。

 しかし、その鳥には翼と胴体があるのに、頭が存在しない。

 胴体に、なん十個もの大きな口があった。

 忌まわしき魔物!?

 

「火魔法・炎の矢」

 ロザリーさんの魔法が、閃光となりその魔物を打ち抜いた。

 鳥のような魔物は、胴体に大きな穴を空けているが、バタバタと苦しそうに悶えている。

 が、一向に動きを停めない。

 ずっと、バタバタと動き続けている。

 異様な光景だった。


 ……なんで、あれで、死なないの?


「まずいわねー、私たちを取り囲んでいる魔物は『不死王』ビフロンスの影響でアンデッド化した忌まわしき魔物みたい。普通の魔物よりタフになってるなぁー」

 困ったわねー、と言いながら考え込んでいる。


「ロザリー様。私が『不死王』ビフロンスを倒します。この木の女神(フレイア)様の聖剣クレラントで」

 風樹の勇者マキシミリアンが、覚悟を決めた言葉を発する。


「うーん、でも五割の解放の聖剣で、倒せるかしら……」

「しかし、他に方法が!」 

 意見が平行線になっている。



「あの~、ロザリーさん。俺の神器は使えませんか?」



 紅蓮の魔女と風樹の勇者が険しい顔をしているところに、ローゼスの勇者が割って入った。

 なんで、この男はこんなに落ち着いているんだろう?


「マコト殿……、お気持ちはありがたいですが……魔王は聖剣でなければ倒せないのです」

 風樹の勇者が申し出を断った。

 が、紅蓮の魔女の目つきが変わった。


「ん? ちょっと、待って。神器ってその短剣?」

「はい、女神様から賜ったもので」

 ロザリー様は、じっと短剣の刀身を睨んでいる。


「解放して見せて」

「解放って何ですか?」

「何でもいいから、短剣のチカラを見せて」

「はぁ……」


 頭をかきながら、短剣を上にかかげて。


(エイル様……お願いします。ええ、前借りってことで……)


 ぼそぼそと、何かつぶやくのが聞こえた。

 何を言ってるんだろう?

 私はそれを聞き取ろうと、近くに行こうとして




 ――はぁ、しょうが無いなぁ。マコくんは




 気のせいかと思うくらいのかすかな声が頭の中に響いた、気がした。


 一瞬だけ、勇者マコトの短剣を掴む『何者かの手』が視えた。

 あまりの神々しさに目が眩み。

 先ほどの忌まわしき魔物や、魔王とは比べ物にならない『威圧感』が私を襲った。



 ――心臓が押しつぶされそうな恐怖感と

 ――息が止まるほどの圧迫感と

 ――極寒に裸で放り出されたような寒気がした

 

(……な、何!?) 


 その時。

 一斉に、忌まわしき魔物たちが()()()()()()()()()

 小山のような巨体の魔物――魔王ですら。

 

 全ての魔物が、高月マコトを凝視していた。

 

 自分たちを滅ぼしかねない者を。

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[気になる点] ロザリー様、紅蓮の魔女、ロザリーさんなど、ジャネットさんの視点でロザリーさんの呼び方がバラバラになってます。
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