9話 高月マコトは、初めて仲間ができる
「おはよう、待った? マコト」
「いま来たところだよ」
「じゃあ、行こ」
カップルみたいなやりとりをして、ルーシーと合流した。
待ち合わせ場所はギルドの入り口。
それにしても。
改めて見ると、ルーシーは美人だ。
こんな美女とパーティを組めるとは、異世界も捨てたもんじゃない。
ただ、気になることが一点。
「寒くないの?」
もう春とはいえ、朝は冷え込む。
俺は長袖のシャツに上着を羽織っているのに対して、ルーシーは薄着だ。
キャミソールのようなシャツに、短いスカート。
一応マントを羽織っているが、防寒用とは言い難い。
「私、暑がりなの。気にしないで」
「ふーん」
ルーシーは何でもないように言うが、健全な高校生男子にその露出は目のやり場に困る。
肩と太ももがむき出しのファッションは、目にまぶしい。
俺は、そっと『明鏡止水』のスキルを80パーセントに設定した。
これで、大体の煩悩をカットできる。
気にしてないふりをして、話題を変える。
ギルドの掲示版の前に立った。
「いいクエストあるかな?」
「うーん、ぱっとしないわね」
ざっと見たところ、『グリフォン討伐』『迷宮のミノタウロスの探索と討伐』『火竜の鱗の納品』みたいな、上級クエストが並んでいる。
俺たちには無理だな。
あとは『薬草の採取』『角うさぎの肉を納品』みたいな、お使いレベルのクエストしかない。
「あら、マコトとルーシーじゃない。新パーティーの初クエストを探し中?」
ちょうどマリーさんが出勤してきたようだ。
「おはようございます、マリーさん。何かいいクエストありませんか?」
「うーん、ブロンズランクの魔法使い2人組みパーティーかー。難しいわね」
困った顔をされた。
しょうがない。
「ゴブリン狩りにしようか。安全で小銭が稼げるし」
「あなたの専門だもんね」
「マリーさん、出かけるので受付お願いします」
「はーい、気を付けてね。マコトくんは大丈夫だと思うけど」
「私は?」
「ルーシーは、マコトくんの言うこと聞くように。ケンカしちゃ駄目よ?」
「えー、何よそれ」
ルーシーは不満気な顔だが、前のパーティーは、ケンカ別れした身だ。
心配されるのも仕方ない。
俺たちはマリーさんに手を振って、ギルドを出た。
◇
「ねえ、マリーってマコトに気があるわよね?」
「え?」
何言ってんだ、急に。
「そんなわけないだろ」
「だって、マコトにだけ随分優しいじゃない?」
「それは俺が新人だからだよ」
あとは、この貧弱なステータスを心配されているんだろう。
最初に魂書を見せた時、随分驚かれた。
「他の冒険者にはブロンズランクになると、世話焼かないみたいよ。マコトにだけはずっと世話焼きっぱなしだって噂よ」
「いやいやいや」
そんな噂、知らないんだけど。
「考えすぎだろ?」
「毎日、マコトが夕飯食べてると絡んでくるでしょ? マリーさんって、マコトが来るまではギルドで飲むのは2日に1回くらいだったのよ?」
「へ、へぇ」
マリーさんが俺に気がある?
美人で年上のお姉さん。
胸が大きい。
唾を飲み込む。
童貞な俺でも優しくリードしてくれるだろうか?
って、違う!
ふじやんの話を聞いてから、焦ってるんじゃないか。
俺はそんなガツガツした男じゃない。
「あほな事言ってないで、行くぞ」
「あー、話逸らしたー」
「いいから。ゴブリン相手でも真面目にやらないと怪我するからな」
とりあえず、クエストの話題に戻そう。
「わかったわよ。ねえ、今日はどこに向かうの?」
「いつもゴブリンを狩ってる魔の森の近くだよ」
「ええ、遠くない? 行くだけで半日かかるわよ」
「大丈夫、大丈夫」
「本当?」
ルーシーは心配そうだ。
まあ、実際に行ってみればわかるよ。
西門の守衛さんに挨拶をして街を出た。
門を出るとすぐ森だ。
しばらくは、森の街道を歩く。
「そーいやさ」
気になっていたことを訊ねる。
「ルーシーってエルフなんだよな?」
初パーティの仲間がエルフ。
これはふじやんに自慢できる!
「そ、そうよ! この耳を見ればわかるでしょ!」
「おおー。そうなんだ。赤目、赤髪のエルフもいるんだな」というとルーシーがふっと目を逸らした。
「えーと、私、混血なの。純粋なエルフじゃないの……」
「え?」
ありゃ、これは藪蛇だったか。
もしかすると、混血の所為でいままで苦労してたりするのかな。
他のエルフに仲間外れにされたり。
だったら、悪いこと聞いたな……。
「ま、私のおじいちゃんがエルフの里長だから、私にごちゃごちゃ言うやつは村八分にしてやったけどね」
一点の曇りもない、得意顔のルーシー。
あ、こいつは図太いわ。
「マコトって、私が純粋なエルフじゃないのって気になる?」
不安げな顔で見つめてくる。
おいおい、さっきの図太さはどこに。
「単にこの世界に来て初めてエルフに会ったから聞いただけだよ」
「ああ、そーいうこと」
ほっとした顔をするルーシー。
うーん、なかなかパーティとの会話って難しいな。
どこまで突っ込んだ話をしてもいいものやら。
コミュ障には、難易度高い。
森の中をしばらく歩き、道の脇を流れる小川のほうに向かった。
この辺でいいかな。
「ねえ、どっちに行ってるのよ? そっちは、川よ?」
「いいんだよ。こっちで」
俺は、すたすたと水面を歩く。
水魔法の『水面歩行』だ。
「当然のように無詠唱なのね」
「ほら、こっち」
ルーシーを手招きする。
「私は『水面歩行』使えないわよ。というか、この後どうするの?」
「いいからいいから、手だして」
返事を待たず、袖を掴んで川に引っ張る。
「きゃっ」
「手離さないでね。魔法の効果が途切れるから」
「急に引っ張らないでよ!」
『水面歩行』のような補助魔法は、使用者と身体の一部を触れていると効果を受けることができる。
離れると効果が消える。
まあ二人分、魔法を唱えてもいいんだけど。
こっちのほうが魔力を節約できる。
「水の上ってこんなふわふわしてるのね。変な感じ」
「しっかり捕まってろよ。結構、スピード出るから」
「え、それってどういう意味?」
(水魔法・水流)
「え? ええええっ」
ルーシーの驚愕の声が上がる。
川上に向かって、俺たちが進んでいく。
「足元の水だけを移動してる!?」
ふふん、驚いてるな。
「何これ!?」
「『水魔法・水流』のアレンジかな。『水魔法・動く水歩道』って名付けた」
イメージは、駅にあるような動く歩道。
多分、この世界ではこんな使い方はしないはず。
「変な名前の魔法……」
「うるさいな。スピード上げるぞ」
「ちょっと、待って。心の準備が」
一気に加速する。
この加速の瞬間が、一番気持ちいい。
「きゃぁぁぁぁっ!」
悲鳴が森の中に響いた。
「おい、大声上げるなよ」
「無茶言わないで!」
俺たちは森の中を一気に、突っ切った。
◇
「ちょっと、休ませて。酔ったかも」
ルーシーがふらふらと、近くの木にもたれかかった。
「悪い、スピード出しすぎたな」
反省。
悪ノリし過ぎた。
「ううん、大丈夫。すごいのね、魔の森近くまで30分で着いちゃった。いつもこうやって移動してたのね」
「ああ、すぐ着いただろ」
「ここは魔の森の近く?」
「ああ、だから大声は禁止な。ゴブリンに囲まれてる」
「えっ!?」
ルーシーがあわてて、服の袖をつかみなおしてくる。
「何体くらい?」
「40体くらいかな。いつも通りだな」
「えっ! 多いわよ!」
「こんなもんだよ、この辺は。一番近くのやつでも距離はあいてるから。今日は霧が深いから気づかれる可能性も低いし、大丈夫」
「な、慣れてるわね」
「毎日来てるから」
「うーん、さすがゴブリンの掃除屋」
その二つ名はやめぃ。
「とりあえず、適当に近くのやつを狩ってくるよ」
近場の魔物は狩っておいたほうが、ルーシーがゆっくり魔法を唱えられるだろう。
◇ルーシーの視点◇
「じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言ってマコトは霧の中に消えていった。
『隠密スキル』で足音と気配を消しているのだろうか。
もはや気配も無い。
「こんなところに、一人にしないでよ……」
魔の森の近くだと思うと、急に不安な気持ちが膨れてきた。
「――っ!」
遠くでかすかに、音が聞こえた。
私はエルフなので、耳が良い。
それでも、気のせいかと思うくらいの音だった。
しばらくしてマコトが戻ってくる。
「一匹倒したよ」
「って、言われても見えないし」
拗ねるように言ってしまう。
――がさっ、と音がした。
小さな、ゴブリンがこちらを見ている!?
仲間を呼ぼうとする、動作をした。
「マコト!」
「大丈夫だよ」
マコトが片手をゴブリンのほうに向けると、急にゴブリンの口と目が白いもので覆われた。
あれは……、霧を操ってる?
「~っ!?」
ゴブリンが声が出せずに戸惑っているようだ。
マコトは、音も無く近づき短剣をゴブリンの心臓に突き立てた。
するりと刃が突き刺さり、しかし返り血は浴びない。
引き抜いた短剣もまた、綺麗なままだった。
すとん、とゴブリンが崩れ落ちた。
倒れた時の音はしない。
多分、『隠密』スキルで音を消しているのだろう。
(スキルを使いながら、霧を操り、返り血を浴びないように魔物の血も操作してる?)
こいつ、かなりとんでもないことをさらっとやってる。
「ね?」
簡単でしょ。
みたいな顔するな。
これが熟練度を鍛え続けた魔法使いなの? 凄い。
ただ、やってることは暗殺者みたい。
「もう少し狩ってくるよ」
そう言ってマコトは、再び霧の中に消えた。
「これが今日の戦果」
マコトは1時間ほどで、10体ほどのゴブリンを狩ってきた。
基本は、隠密で後ろから近づき静かに狩る。
運悪く近づく前にゴブリンに気づかれると、すぐに魔法で目と口を塞いでいるようだ。
結果、仲間を呼ばれることは無い。
「この辺は霧が多いから魔法使い放題なんだ」
「魔の森は一年中、霧に覆われてるものね」
なんでルーキーのマコトが、いっつも危険な魔の森で狩をするのかギルド内でも、みんな疑問だと言っていた。
そのなぞが解けた。
「俺は魔力が少ないから。こんなせこい魔法しか使えないんだ」
「せこいかなあ」
大したものだと思う。
「ところで次は、ルーシーの魔法を見せてもらっていい?」
おっと、ついに来た。
「たしか、詠唱に時間かかるんだっけ?」
「うん……最低、3分以上かかる」
「それは、長いな」
うう、あきれられただろうか。
「まあ、いいよ。近くのゴブリンは大体倒したから、長い詠唱でも、すぐには気づかれないんじゃないかな」
「そこまで考えてくれたの?」
「折角だから、王級の魔法をじっくり見たいし」
マコトの目がきらきらしている。
期待に満ちた眼差し? みたいな。
あれ、こんなキャラだっけ?
もっとクールな人かと思ったんだけど。
「じゃあ、準備するね」
失敗できない。
ジャンとエミリーのパーティをケンカ別れして、もう一緒に冒険をしてくれる人はマッカレンの冒険者ギルドにはいない。
詠唱を開始する。
といっても、初級の火魔法のファイアボールだ。
「すっげぇ」
マコトがつぶやいた。
そうかしら。
火の玉はどんどん大きくなる。
1メートル、2メートル……。
最終的に、一軒家くらいのファイアボールが頭上にできた。
「これ…やばくない?」
マコトの顔が引きつっている。
しかし、私は魔法に集中していて答える余裕がない。
手が震える。
生成した巨大な炎の塊を球状に留めてるので必死だ。
「ファイアボール!」
巨大な火の玉を、前方に放つ。
どがんっと、重いものが地面に落ちるような音と、ずしんと、地面が揺れた。
ごおぉぉぉ、と火の柱が天を焦がす勢いで立ち上る。
身体から魔力が失われ、少し気だるさを感じる。
ああっ、すかっとした!
「ふっ、さすがの威力ね、私!」
「凄いな、火に強いはずの大森林の木が燃えてる」
マコトが感心したように言う。
久しぶりに1割くらいの威力でファイアボールが使えた。
気持ちよかったー。
あ、でも火の勢いが強すぎる?
大森林の魔樹は燃えにくい。
しかし、そんなの関係ないとばかりに轟々と燃え盛っていた。
あ、あれ?
ちょっと、やり過ぎたかしら。
――火事になった。