99話 滅びの国の呪われた姫
◇月の巫女フリアエの視点◇
――私は物心ついた時、ずっと独りだった。
親の顔は知らない。
姉妹が居るのかどうか知らない。
友人はいない。
頼れる人もいない。
私を見る眼は、忌避と……憎しみの視線だけだ。
滅びの国『月の国』
それが、私の生まれ育った場所。
千年前に、人族を裏切り魔族へ内通していた月の巫女――別名:厄災の魔女。
魔女が触れ、声を聴き、目を合わせれば、相手を意のままに操れたという。
操れなかったのは、古の大魔王だけだったとか。
伝説では、大魔王の恋人だったと言われる厄災の魔女。
歴史上最も多くの人間に憎まれている……千年前の月の巫女。
私はその生まれ変わりらしい。
月の国の跡地で、ひっそりと月の女神を信仰する人々によって育てられ、祭り上げられた。
ふざけやがって……。
そんな大昔のクソ女のせいで私の人生は滅茶苦茶だ。
私は、ただ静かに暮らしていたかった。
私が捕まった時のことを思い出す。
「仕方ないことなのです」
「あなたには……申し訳ないのですが」
張り付いたような笑顔の教皇ロマとかいうやつと、すました顔の太陽の巫女ノエルという女。
その後ろには、私を捕らえた光の勇者が居る。
……なんで、そんな悲しそうな顔しやがる。
偽善者が。
月の国で静かに暮らしていた私の生活は、突然現われた『太陽の騎士団』とかいう連中に蹂躙された。
私の両足、両手には分厚い鉄の錠がはめられ、太い鎖に繋がれている。
大聖堂の地下にある牢獄。
ここでは、太陽の女神の力で、私の魔法はほとんど封じられている。
逃げられず、しかし私の身に宿る『呪い』のせいで殺されることはない。
家畜のように生かされるだけの生活。
いや、何の役にも立たない私は、家畜以下か……。
「……すまない」
なぜだか、光の勇者は私の囚われている牢屋に毎日やってきた。
「だったら、私をここから出して欲しいんだけど?」
「……それは……できない」
出来ないなら、さっさと消えろ。
善人面に反吐が出る。
「月の巫女フリアエ……君は、魔人族を率いてなんていないし、蛇の教団とも関わりはないのか?」
「率いてないし、私は蛇の教団の連中には、むしろ憎まれてるわ」
魔人族が、世界中から疎まれている要因。
それは、厄災の魔女のせいだと言われている。
月の国が推し進めた、人族と魔族の宥和政策。
それは、人と魔族が血縁関係になること。
当時、大魔王に支配される国々の中で、月の国だけは圧制を免れた。
その理由が、人族と魔族の婚姻を推し進めたからだ。
少しづつ、魔人族を増やし人族と魔族の争いを無くす……という目的だったらしい。
結果として、失敗に終わったわけだけど。
なんせ、本人の了承を得ずに『魅了』魔法で操って、勝手に進めていたのだから上手くいくはずがない。
魔人族化計画の首謀者が、千年前の月の巫女。
結果的には、数十万の流浪の民を生み出しただけ……。
だからって、私は関係ないでしょ!
魔人族を率いているのは、魔人族の繁栄を目的にしている『蛇の教団』だ。
連中と私は無関係だ。
世間では、似たようなものと扱われているが。
結局、光の勇者はそれからも毎日やってきた。
だんだん、彼の顔を見るのが嫌じゃなくなっていた。
「……もう、来ないでよ」
「まあ、いいじゃないか。……これ最近見つけた珍しい果物なんだけど」
なんで私なんかに、いちいち差し入れを持って来るんだか。
「もっと、甘いのがいい……」
「わかったよ! 次は、別のを持ってくる!」
翌日も、別の差し入れを持ってやってきた。
何なのかしらね……。
変なやつ。
◇
「来い! 貴様が『蛇の教団』と繋がっているのはわかっている!」
ある日、突然やって来た太陽の国の第一王子とかいうやつに、別の場所に移された。
蛇の教団なんて、知らない。
そう言っても、信じてもらえなかった。
だが、強力な結界の張られている神殿の牢獄を出られたのは幸運だった。
意味の無い尋問は苦痛だったが、私は隙を見て、近くの騎士に話かけ操った。
そして、地下水路へ身を隠し王都を抜け出すタイミングを計った。
地下水路は広く、出口を見つけるためアンデッドを死霊魔法で作成して、探索をさせた。
数日をかけて探索をしていたのだが。
(……アンデッドたちが倒された?)
それは、突然だった。
私が大量に作成して、地下水路を探らせていたアンデッドたちがまとめて倒された。
どうやら神殿騎士の一斉捜査が入ったらしい。
まあ、いいか。
どうせ、地下水路経由では逃げられないことがわかった。
出口には全て、神殿騎士の見張りがいた。
一人や二人なら、なんとかなるが中隊クラスは無理だ。
(また、新しい戦士を新調しないと……)
私は、王都の共同墓地をとぼとぼ歩いた。
共同墓地は、私の根城だ。
死霊魔法の材料になる、沢山の死体が眠っている。
……本当は、アンデッドなんて創りたくもないけど。
私は、夜はアンデッドを操り、昼は六区街で占い師の真似事をして情報収集をしていた。
ここ最近の情報で面白いことがわかった。
どうやら、王都シンフォニアで獣人族の反乱が計画されているらしい。
それにしても、光の勇者の騎士団長就任式で、太陽の国の騎士が集まっているこの時期に? と疑問だったが、よく調べたところ謎が解けた。
裏で糸を引いているのは、あの忌々しい『蛇の教団』。
私と同じく月の国の出身者で構成されている、邪教教団だった。
あいつらは、ここで暴動を起こすつもりだ。
その騒ぎに乗じて、私は逃げる。
反乱や暴動を止めるつもりは無い。
そんな義理はない。
むしろ、私を蔑んだ目で見ていた教皇やら太陽の巫女が、巻き込まれて死ねばいい。
そんなことを考えていた。
――私は『運命魔法』で未来が視える。
でも、それは確実な未来じゃない。
それに、視えるのは『大きな事件』だけ。
細かい未来は視えない。
それができれば、捕まったりしない。
しかし『獣人族の反乱』と『蛇の教団の仕掛ける騒乱』は、大きな事件だ。
決行日は、はっきり視えている。
あと、数日。
そのタイミングで、私は逃げられる。
それまでは、共同墓地で身を潜める。
墓地を見張る神殿騎士は、全て『魅了魔法』で操っている。
アンデッドの見張りも立てている。
問題ないはず。
しかし、今日はいつもと違った。
(……誰か来た)
いや、誰かなんてわかっている。
光の勇者だ。
『運命魔法』の使い手だけが見える『因果の糸』
因果の糸が繋がっている数で、その人間の重要度や影響度がわかる。
一般人は、因果の糸なんて10本もあればいいほうだ。
王族で、100本くらい。
光の勇者に絡まる因果の糸は、数千本。
救世主アベルの生まれ変わりというのも頷ける。
とんでもない影響力だ。
その人間が、私の近くに来ているのがわかる。
「出てきたら? 光の勇者りょうすけ」
私は久しぶりに会う彼に、声をかけた。
「やあ」
墓地に似合わない爽やかな声。
牢獄で毎日会っていた時と同じ顔。
……いや、ちょっとやつれた?
大丈夫かしら。
「何しにきたの?」
もっとも、予想はつく。
概ね、人が良い彼は私を助けたいとか、甘っちょろいことを言うんだろう。
一人で来ていたならともかく、仲間と一緒に来てるし。
どうせ、いつも一緒にいる女騎士でしょ。
……女連れで、他の女の所に来るんじゃないわよ。
と思ったが、予想外に知らない顔だった。
光の勇者の部下かしら?
片方は、それなりに強いみたいだけどまだ幼い子供。
もう一人は……すごく弱い?
変な二人組だった。
適当に、死霊騎士を使って時間稼ぎをさせて逃げよう。
光の勇者も、本気では戦わないだろう、彼の性格からして。
助っ人に連れてきたか、二人の戦士は『魅了魔法』で操って、少し怪我をしてもらおうかと思って
「え?」
ちょっと! りょうすけ!
なんで、自分の部下をかばって怪我をしてるのよ!
「ああっ! もう!」
私は混乱して、思わずその場から逃げ出した。
◇高月まことの視点◇
「桜井くん!」
俺が『RPGプレイヤースキル』の視点切替で、虚ろな目のレオナード王子が剣を抜き切りかかってくるのに気付いたのと、桜井くんが間に割り込んでくるのは、ほぼ一瞬の出来事だった。
月明かりに照らされて、鮮血が舞った。
しまった!
レオナード王子の覚えたての『冷静』スキルじゃ、防げなかった!
「ぐっ」
王子の剣は、桜井くんの右肩を切り裂き、カランと地面に落ちた。
「ぼ、僕は一体何を……」
レオナード王子が正気に返った。
操られたのは、一瞬か。
「なにやってるの!?」
こちらを見て、月の巫女が驚いた顔をしている。
……自分がやったんだろ?
「あ、足止めしなさい!」
月の巫女が、配下のアンデッド軍団に命じ、彼女は逃げていった。
「桜井くん! 大丈夫か!?」
「さ、桜井さん! 僕は何てことを……」
「気にしなくていい、レオナード王子。すまない高月くん。フリアエの魅了が効かない君が追ってくれないか? 僕も追いつく。ただ、絶対に彼女には触れないでくれ!」
そういいながら、回復アイテムを使っている桜井くん。
重傷では、なさそうか。よかった。
「桜井くんが大丈夫ならいいけど……、ちなみに触れるとどうなるの?」
「太陽の光を浴びた僕ですら、彼女に触れられたら『魅惑魔法』には抗えなかった。この世で、月の巫女に触れられて操れない生物はいない!」
「了解」
傷つけてもいけない。
触れてもいけない。
やっかいな相手だ。
しかし、このまま放っておくわけにもいかないし。
(桜井くんが怪我をしたのは、俺のミスだ……)
本来なら『RPGプレイヤー』スキルの『視点切替』で防げたレオナード王子の攻撃だった。
桜井くんと一緒なら大丈夫だろうと、油断してた。
ダメだな。
アンデッドの相手を桜井くんとレオナード王子に任せて、墓地の中を逃げる月の巫女を追いかける。
(走るの速っ!)
月の巫女の背中を追いかけるが、全然追いつかない。
むしろ少しづつ、離される。
(まあ、巫女だもんなー)
この世界における『勇者』に並ぶ存在である『巫女』。
直接魔物と戦う場面はまずないが、巫女のステータスは非常に高いらしい。
一方、俺はこの世界の一般人以下のステータス。
多分、ソフィア王女と腕相撲したら普通に負ける……はず。
悲しい! 俺、勇者なのに!
(まあ、正攻法で勝てないなら足を引っ張ればいいだけなんだけど)
――水魔法・氷の床
月の巫女の足元だけを凍らせる。
「ッ!?」
一瞬、月の巫女が転びそうになる。
が、なんとか踏ん張ったらしい。
やるね。
方向を変えて逃げようとするが
水魔法・氷の床、氷の床、氷の床
月の巫女が足を向けた方向を先回りで、全て凍らせる。
「……」
憎々しげな目をした月の巫女さんが、こちらを振り返った。
諦めてくれたかな?
月の巫女は、手を月に向かって伸ばし
――死の門から引き上げる、私のしもべたち……
月の巫女の唄うような声が響いた。
その声色は、美しい。
美しい声に導かれて醜いゾンビの軍団が、地面の中からのそりと、這い出てくる。
へぇ、これが死霊魔法か。
「あなたは、こいつらの相手をしてなさい!」
ゾンビたちが俺の周りを取り囲み、行く手を阻む。
その隙に、月の巫女が逃げようとするが
「精霊さん、精霊さん」
――水魔法・氷の世界
ゾンビたち含む、地面、木々の全てを凍らせた。
ただし、月の巫女の周りだけを魔法対象から除く。
これで、呪いのカウンターはこないはず。
「……器用ね」
「悪いな。友達を傷つけられて、ちょっとムカついてるんだ」
ジェラルドさんとの試合の反省を活かして、『明鏡止水』は50%ほど。
ほどほどの怒りが、上手く精霊に伝わってるみたいだ。
「桜井くんが来るまで、しばらく待っててくれ」
「……」
月の巫女へ直接攻撃はしていない。
逃げようとすれば、走れないくらいに地面を滑りやすく凍らせればいい。
現在、月の巫女の周りはすべて氷で覆われている。
「やっかいな魔法使いね」
俺を射殺すくらいの視線で睨む月の巫女の目が、金色に輝く。
また、魅了魔法か?
それは、俺には効かないんだけど。
(いや、違う。目だけじゃない、月の巫女の全身が輝いて……)
――、ビシリ
その音が、月の巫女の足元の氷が砕け、地面を蹴り付ける音だと気付いたのと同時に
(げっ! こっちに向かって来た!? 身体を覆っているのは闘気か!)
相手の突進に、慌てて短剣を構えた。
しかも、相手のスピードが相当速い!
(ダメだ。攻撃は)
呪いのカウンターをくらうという、桜井くんの言葉を思い出し慌てて短剣を下げた。
判断に迷ってしまう。
くそっ!
『明鏡止水』を弱めていた弊害が……
最適な行動ができなかった一瞬に――
月の巫女の手が俺の腕を掴んだ。