95.ジョンの話
95.
オオカミたちは親戚の住む場所にしばらく滞在した後、元の屋敷に揃って戻ることになった。帰れるということは何らかの解決を見たに違いなかった。全員がマリオンやアリステアと別れの挨拶をし、マグナスは彼女たちをまた訪れると約束した。
マグナスとサフソルム、イザベラとぼくの四人はイーバの宮殿にいた。なかは初めて訪れたときと変わらずきれいで、美しい海に面した窓は開けられ、大きなバルコニーには一つのテーブルと椅子が出されていた。
何人かの召使が静かにやってきて、ぼくたちの座るテーブルの上に一つの苗木を置いていった。
サフソルムが厳かにいった。「再生されたイーバ様だ。これからまた年月をかけて成長され、これまでのように美しく、聡明な方に育っていくと思われる」
ぼくはすっかり気持ちが沈んでいた。沈みながらも、イーバがこうなったのはぼくのせいではない、と相変わらず思ったりもした。マグナスやサフソルムにそれを証明してほしいと思ったが、言葉が出てこなかった。
「すっかりしおれたな」ネコがいった。「歌うたいのことだ」
ぼくは両手を力なく広げた。「そりゃしおれるさ」
サフソルムはイーバから受け取った銀貨を返すようにいった。
「もちろん返すとも」ぼくは荷物から取り出して机に置いた。「いわれなくたってそうするつもりだったさ。……今ちょうど返すところだったんだよ。今まさにそうしようと思っていたことをいわれることほど気分の悪いことはない。まるでいわれなかったらぼくが銀貨を返さず、そのまま自分のものにするつもりだったみたいに思われるじゃないか。誰も気づかないんならあわよくば自分のものにしようとしていた、からっきしお金のない、お金に執着した、ケチで意地の汚い人間だって思われるじゃないか!」
しおれたはずのぼくがそこだけは熱弁をふるうなか、静かな召使がやってきて、その箱を持っていき、代わりの誰かが別の箱を置いていった。
「マグナス?」サフソルムがもったいぶっていった。
彼は箱を開け、眩しい金貨を取り出した。それはちょっと分厚くて、ちょっと大きな、特別なものに見えた。「一枚はジョンの分、もう一枚はイザベラの分」
「嘘!」イザベラが叫んだ。「私、そんなつもりはなかったのよ、ほんとに。だけど」
「有難くもらっておくよ」ぼくは答え、受け取った。
「そうね、頂いておくわ。思った以上に大変な目に遭ったんだから」イザベラもゆっくりと受け取った。
「ただ」とぼくはそれを持ったまま、続けた。「イーバに歌を聞いてもらってから報酬を受け取るのが一番良かったと思うんだ」
「この若き苗木の前で歌えばよいではないか」サフソルムがいった。
「いや。いいよ。歌った後に彼女がほめるなり、目を輝かすなりしてくれないのに。本人がいないのに。こんな木じゃ無理だよ」
ぼくは黙って、また話した。「彼女がいつかまた美しく成長した後にはぼくのこと覚えてくれてるのかな? またぼくの歌をいいって、……思ってくれるのかな」
場がしーんと静かになった。サフソルムがさあ、分からぬ、どうであろうなと答えた。イザベラが、イーバって娘は若くてきれいだったの? ジョンに関心でもあったの? と聞いた。
ぼくたちは宮殿を出て、人間の世界へ戻ることになった。すっかり疲れていたけれど、また長い距離を歩いた。そして後は道なりに行けば人間が集う街のどこかへ繋がっているというところに着いた。
道は二手に分かれていた。
マグナスとサフソルムはここで見送るといった。ぼくはマグナスと握手をし、嫌がるサフソルムをぎゅっとして、背を撫で、さすりあげてやった。
イザベラも馬から降りるとマグナスと握手をした。ぼくは横から「一緒に旅なり何なりするんじゃなかったっけ」と聞いた。
「そうだった」イザベラは答えた。「でもそれって今じゃなくても大丈夫でしょう、マグナス?」
彼は肩をすくめた。
「異国のオアシスがいいの」イザベラはきっぱりといった。「先に戦いに出てからオアシスへ行きたいの」
「どうやってまたマグナスに会うのさ?」ぼくは聞いた。
「そして異国のオアシスの裕福な街で大金持ちの用心棒をするの。マグナスと一緒に。どう?」
「だからどうやってまた会うんだよ? 連絡手段も何もない」
イザベラは肩をすくめた。「でも、また会いましょう?」
彼女は馬に乗った。馬を右の道に進ませ、こちらを振り返らずに手を振った。馬の調子の良い足音がして、ついでおかしな歌声が聞こえてきた。でもそれは歌と呼べるような代物じゃなかった。「ジョンはイーバが好きだったけど――、イーバは何とも思ってなかった――、おお、哀しきジョンの勝手な片思いよ――」
決して歌ではない調子っぱずれのメロディの後にマリウスが長い尻尾を左右に揺らし、合いの手を入れた。イザベラはそれを繰り返し、そのたびに馬が尻尾でいちいち合いの手を入れた。
「そんなひどい歌をよそでうたうんじゃない。イーバのことが好きだなんて誰がいった? いい加減にしてくれないか?」
声を張り上げたが、イザベラは歌をやめずに遠ざかっていった。
ぼくはうんざりして目を閉じ、気持ちを落ち着かせた後、荷物を全て持ち上げた――。
これで最後とはいえ、それを認めるのはしゃくだと思っていたし、それをいうこと自体、もう一度間抜けを証明するようなものだからそのままいわずに去ろうと思っていたけど知らない間に口に出していた。まぁ、いいさ。間抜けっていうのは素直で正直でもあるということなのだ。「悪かったよ、結局何の役にも立たなくてさ」
マグナスは一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑みを浮かべてみせた。「役に立つか立たないかで物事を見なくなれば世の中はずっと面白くなる。だけど、これを話してなかった。ジョンが龍を起こしたお陰でこれからのマリオンたちは安心して……」
よく分からなかったので続きを聞こうと口を開きかけたら、サフソルムが早くゆけ、早くゆかぬか、といった。
「わかったよ」ぼくは答えて、もう一度彼らを見た。「それじゃあ」
マグナスはアイスブルーの目を少し輝かせて頷いた。「またどこかで」
サフソルムを見ると声を出さないままに、にゃあと挨拶をした。
二手に分かれた道のうち、イザベラが行かなかった方の道を選んで歩き出した。
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