94.ジョンの話
94.
「どうやら」とマグナスはいった。「この羽根のすべてがもう一つの行くべき場所を思い出したらしく……」
理解できずに彼の顔を見た。
「ジョンはどこに座ってたと思う?」
「どこって……、岩の下だ。カラスに連れられてここへ」
マグナスは岩に近づき、表面についている雪を大きく払った。出てきたのは岩肌ではなく、真珠色の柔らかな表面だった。彼は今度はその長い壁に沿って歩き出した。ぼくやイザベラ、オオカミの一団も後を付いていった。
マグナスの翼からは羽毛が止まることなく落ち続けていた。そのたびに翼は小さくなっていくようだった。しかしマグナスから落ちた羽毛は生きているみたいに震えながら地面から舞い上がり、次々と岩だと思っていたところへ吸い寄せられていった。
やがてマグナスは歩くのをやめた。そこには岩山の端があった。端は徐々に低くなって終わっていた。はるか上には大きな木の幹が斜めに生えていた。その近くにはふんわりした雪の固まりがあった。斜め下には目のような窪みも見えた。
「これって」とぼくはいった。「まるで横顔みたいだ。犬だとか、ここにいるオオカミみたいに鼻づらが長い……」
マグナスはにやりとした。「羽毛たちがここを目指していた」
「龍だ」ぼくは思った通りのことを口に出した。「どこかに飛んでいったという話だった。生きているのか、それとも」
上にあった雪の塊が不意にぶるぶると震えた。雪がどさりと下に落ち、現れたそれが耳だと分かった。目の窪み辺りの雪も動いて下に落ちていった。巨大な龍の目がゆっくりと開いた。マグナスみたいに真っ青できれいな瞳が動くのが見えた。続けて長く大きな口が開きかけた。体が震え、四肢が動いて、雪がいくつも落ちてきた。
マグナスの翼はもう誰にも止められないくらいの早さでなくなっていた。羽毛は地面に落ちるより早く、龍のほうへ吸い込まれるように飛んで、張り付いていった。
「いざ飛ばん。太古の眠りから目覚めし時。美しき目の空駆ける者よ」ぼくは思わずつぶやいていた。
「それは?」マグナスが聞いた。
「ぼくが間違って唱えた言葉だよ。これをいわなかったら、本当ならきみは完璧な翼を得ていたんじゃないかと思うんだ」
マグナスの背中からついに翼がなくなった。最後のほうの羽毛は渦を巻き、次には一列に連なって、龍の顔の前へ飛んでいき、長い長いヒゲとなった。
ヒゲを得て、龍が笑った。――大きすぎてよく分からなかったけど、そう見えた。長い一列のヒゲは満足そうに大きく波打ち、揺れた。
風が巻き起こり、龍が動いた。あちこちで雪が落ちる音が聞こえ、雪煙のような、雪の粒のようなもので辺りが真っ白になった。そしてそれが収まったときにはとんでもなく大きな生き物は軽々と宙に浮き、次にはあっという間に高いところまで飛んで、そのままくねりくねりと空を渡っていってしまった。
「羽毛の量が足りなかったのさ」マグナスはそういった。「飛ぶのに十分な量になって、本当に飛んでいった」
ぼくはため息のような、ああ、という声を出さずにはいられなかった。「……子供のころ、きみを見たことがあったんだ。翼をつけた子供が人間じゃとても登れないような高い木の上にいた」
「本当に? 誰かが見ていたなんて考えもしなかった」
「サフソルムが怒るのも無理ないな。肝心のマグナスの翼がなくなったんだ」
「そのときにきみが声をかけてくれていたらどんな面白いことが始まっていたか」
「いま、この自分が情けないよ。よりによってきみのためにならないことをした」
「ジョンとならきっと友達になっていた。きみが昔のおれのことを知っていたなんて。果敢に飛び回っていた子供の頃を思い出した。いつも別の場所へ行きたくて仕方がなかったんだ。怖いもの知らずだった気持ちがよみがえってきた。大きな木のてっぺんや断崖絶壁で遊んだし、街でいちばん高い塔の先から街の人たちを観察したりもした。この大層な表現の仕方は気に入らないかもしれないが、ジョンが覚えてくれていたことで宝物をもらったような気がする」
ぼくは肩を落とした。「……ほかにいう言葉が見つからないよ」
「サフソルムに教えよう。ジョンは子供のころに偶然にもおれを見かけたことがあった、って」
オオカミの一頭がフンフンいいながら、ぼくの体を押していた。ぼくはフサフサの上に手を力なく置いた。
イザベラがいった。「ねぇ、いつまでここにいるつもり? さっさと帰りましょうよ!」




