93.ジョンの話
93.
……耳の周りで聞いたことのない音がしていた。フン、フフン、フンフン。ザッザッザッ。フンフフン。ザッザッ。フン!
いつの間にか眠り込んでいたぼくの隣で今度は鳴き声がした。ウォォゥー、ウォウゥー。
やがて誰かがぼくの右腕と左腕を掴んで、引っ張っているのに気が付いた。
生暖かい空気が顔に当たっているのが分かった。そして頬にペロリと何かが触れた。頬、鼻、額。次々に触れられて冷たい顔にうっすらと暖かさを感じた。
腕を引っ張られながら、聞き覚えのある声がした。「起きなさい、ジョン!」
パン! と顔をはたかれ、痛いよといったつもりが声にはならなかった。
体中に暖かいものが押し寄せ、囲まれているのを感じた。少し獣くさい気がした。ぼくはついに目を開けた。
周りに十頭以上の大きなオオカミがいて、吐く息をもうもうと白く立ち上らせながら、ぼくをぎゅうぎゅうと押していた。
フサフサたちにぎゅうぎゅうと押されていくうちに体が温まっていくのを感じた。
雪景色で辺りは眩しくて初めはよく分からなかったけど、右腕をイザベラが、左腕をマグナスが掴んでいるのだと知った。
「お迎えがきた……」ぼくは何とかそういった。
「そうよ」イザベラが答えた。「あっちへのお迎えじゃなくてよかったじゃない」
鈍い頭のまま、マグナスを見た。彼はアイスブルーの瞳で見返し、口元に笑みを浮かべた。
彼の背中には何もないように思った。回らぬ口で聞いた。「翼は……?」
「ジョンのおかげで取り戻せたよ」
ぼくの頭は思いがけず素早く動いた。「彼女の……、彼女のいるところへは戻らなかったのかい?」
マグナスは少し困った顔をした。「それを聞かれるのは何度目かな。そのたびに答えてる。ジョンは戻ってほしかったかい?」
「ぼくがどうこういうことはできないよ。だけどこうしてまた会えたのは嬉しいことに違いない」
フサフサたちにぎゅうぎゅうにされている間にぼくは生き返った。服に積もった雪は解け、ついに二人に引っ張られて立ち上がった。
イザベラがわずかばかりの笑顔のようなものを作って斜めにぼくを見ていた。マグナスは腕を組み、どこか申し訳なさそうな顔でぼくを眺めていた。周りにいる十数頭のオオカミたちのなかに少し小さいのがいて、ぼくはアリステア、と声かけた。彼はしっぽで返事をしてみせた。
「親戚だよ」マグナスがいった。「マリオンの親戚たちが集まってくれた。どうだい?」
「フサフサのありがたみが身に染みたよ。サフソルムは?」
「ゴールディアノの家に残ってる。あんな寒いところへは二度と行けないといって」
ぼくは肩をすくめた。
イザベラが「途中でユーリアに会ったのよ」といった。「個人的には信用していないけれど、まぁいいわ。彼には二度と会わなくて済むでしょうから。とにかく私たちと一緒に途中まで来ていた親友のフォブと再会して、二人は喜んで自分たちの村へ帰っていった」
「きみは確か閉じ込められてたって……」
「その話は終わったこと」イザベラは不満げな口調でそういった。「とにかく彼らはこういってた。私たちが向かうならおれたちあんな寒いところへはもう行かなくてすむな、羽根が霜焼けになったら大変だからさ、歌うたいのだんなによろしく、と」
「最初からあてにはしてなかったさ」
マグナスが言葉をはさんだ。「ここへ来ることができたのはサフソルムが話した大体の場所と、ユーリアの割と詳しい説明、オオカミたちの勘と鼻、それと……」
彼を見ながら、背中にはやはり何もないように思っていた。不思議に思い、ぼくは彼の後ろにまわった。
その姿は思いもかけないものだった。翼が完全な形をしていないのがすぐに分かった。本当ならずっと大きなものにちがいないのに、翼の形はいびつで中途半端な大きさだった。
見ている間にもそこから羽毛がはらりはらりと下へ落ちていくのだった。




