92.ジョンの話
92.
白い大地に取り残されて、それなら海辺に一人取り残される方がましだった、とは今更思わないようにしていた。カラスが良き案内をしてくれると思ったのだから。――つまり、何が良き直感で、何が違うかを見分けるのは難しいってこと。
顔をあげて、辺りを見回した。確かに雪の嵐っていうのが来そうな空の色だった。雪の丘に取り囲まれて、ほかは何も見えなかった。丘のてっぺんにいる方がたとえ風で吹き飛ばされたって気分はいいような気がした。
ふと見れば、一つの丘の上に大ガラスがいた。
カラスはぼくを待っているように見えた。スタティラウスがぼくに寛大でいるわけはなかったので、このカラスは彼女とは無関係のように思えた。少しだけ考えた後でぼくはそちらに向けて歩き出した。斜面を上り、もう少しで近づくというところでカラスは飛んだ。飛んで反対側の広い雪の大地に降り立った。カラスはまたぼくをどこかへ連れていこうとしているのだと思った。カラスに連れられてこんなところへ来たのに、そんなことはもう忘れていた。黒いカラスを追いかけて、雪の大地のどれだけかの距離を長く歩いた。やがて唐突にそびえたち、遠くまで連なっている岩のようなものに出くわした。カラスは飛んでその上に止まった。
「ここで雪をしのげということかい?」ぼくは尋ねた。「こんな真っ直ぐな岩は登れない。そうするよ、ここで風や雪をやり過ごすことにする」
ぼくはありたけの布や衣服を取り出し、地面に置き、あるいは自分の体に身に着けた。
頭の上でカラスがカァと鳴いた。
「衣装が黒でよかったよ。だって、さっきのユーリアが戻ってきてくれたときには雪のなかで見つけやすいだろうから。まぁ本当に戻ってきてくれるかどうか、彼の仲間が助けに来てくれるかどうかは別の話だけどさ」
は、と笑いながら、ぼくは座り込んで持っていた食べ物を食べた。水は半分凍っていて、少ししか口に入らなかった。楽器を引き寄せ、膝の近くに置いた。ふと気になって楽器を入れている袋を探った。やっぱり。イーバからの手紙を見つけた。急に辺りが寒くなった気がしたが、手紙に目を通した。
イーバが消えたとか再生するとかっていう説明はずいぶん変だったけど、そうだな、イーバが元気になるなら良しとするしかない。
大人しくそこまで考えた後、それでもぼくがこんな目に合うのはどう考えてもおかしいと思いなおした。
多分だけど、怒っているほうが体は温まるような気がした。
ぼくは首を捻ってカラスを見あげた。カラスもこっちを向き、また鳴いた。二、三度足踏みをし、少しのあいだ躊躇しているように見えたものの、羽根を広げ、飛んでいってしまった。
さて、ついにこの地にてぼくは本当に一人きりになった――。
長く旅をして、ときに野宿をする身分のぼくにあって、もちろんこれを考えなかったことは一度もないとはいえない。つまり旅の途中で危険に出会ってそこで終わってしまうということを。
とはいっても冬場にこんな危険な旅をやらかすほどぼくは間抜けではないはずだった。自由でありながら長く安全な旅をするのにそんな間抜けをやらかしていては命がなくなってしまう。それなのに。それなのに、だ……! ――それでもぼくは自分を責めるつもりはなかったし、ほかの誰かについて何かを思う気力は消え失せつつあった。
雪がわんさか降りだした。風も鳴って、見る間に服に雪がつきだした。「これじゃあ、黒い色が白になっちゃうじゃないか。まったく!」
ぼくは黒い服に降り積もってくる雪をしつこく、いつまでもいつまでもはたき落し続けた……。




