88.ジョンの話
88.
ぼくたち、――ユーリアとネコのサフソルムとぼく――は、青と灰色の渦に取り囲まれていたが、突然ぼくたちは空高く舞い上がった。今まで立っていた雪の丘はあっという間にとんでもなく下になった。そして自分たちもすっかり姿が消えていた。叫ぼうと思っても声がでなかった。だって口がないのに叫び声なんて出やしない。
ぼくたちはただそこにある「空気」になった。青い渦に取り囲まれて飛ぶ、ただの「空気」だった。
ぼくたちはビュンビュン飛んで、遠くに巨大な宮殿を見たかと思うとまばたきをしたかしないかというわずかな間に、――まばたきは目がないから本当はできなかったわけだけど――、山一つ分かと思うくらいの大きな宮殿に入り込み、中を通り抜けたかと思うと、正面と思われる広大な敷地に何千、何万という武装した兵士たちが並んでいる上を駆け抜けていった。誰もが槍や剣を持ち、頭には顔の大半を覆った兜をかぶり、鎧を身に着けていた。敷地の出口からは兵士が隊列を成して、出ていく途中だった。列はずっと先まで続いていた。
「空気」になったぼくたちはすごい速さで隊列をぐんぐん追い越していった。ずっと先の方に黒雲と雷の嵐のある海が見えだした。スタティラウスはぼくたちをそこへ連れていくつもりなのだ! そしてついにぼくたちはそこにたどり着いた。耳をつんざくような雷が鳴っていて、――耳ってのも目ってのも本当はなかったわけだけど――、下の方では海からどんどんあがってくる甲冑を着た兵士たち、――体は人間だが頭は海のイグアナだった――、が陸側の兵士たちと剣を交えていた。イグアナの兵士たちは相手側に海の水を浴びせかけ、海に引きずり込んだりもしていた。今のぼくにはこの激しい闘いを見なくて済むための、目を閉じておくためのまぶたもなかった。ここ一番に失神するための体もなかった。ああ、どうしてこんな目に遭わなくてはならない? いったいどこで間違った? やがてぼくたち「空気」は不意にもっと上のほうへと飛んでいった。激しい閃光が光続けている黒い雲のなかを通り抜けていき、そしてそれを抜けると澄んだ青空が見えた。そこでぼくらは突如「空気」から一羽の大ガラスに変わったことに気が付いた。
カラスは羽ばたいたり、風に乗って滑空をしたりして、その戦いの場から離れていった。
長い時間を羽ばたいていくと、遠くにどこまでも続く畑が見えてきた。小さな家があちこちにあって、カラスはせわしなく羽根を動かしてから一つの家の屋根にとまった。玄関が開いて、誰かが出てきた。それは不死の花をくれたオウラだった。オウラは屋根にとまっているカラスに気が付かなかった。彼女は納屋に向かった。納屋はどこか傾いているように見えた。
「お母さん! 地面が揺れたから納屋の扉も開かなくなっちゃったわ。誰かに直してもらわなくちゃ!」
カラスは飛び立って、またずっと高くまで飛んでいった。畑の上をまた長く飛んで、今度は森に向かって飛んでいった。今までに見たことがないくらい、濃い緑色の森の上を進み、たくさんの大きな木がうっそうと生えているところまでやってきた。カラスは一つの枝にとまった。下を見れば大きな木々の間にいくつもの家が建っていた。そこは木の家がたくさんある村だった。ユーリアのように緑色の服を着た人たちがなにやら大工仕事をしているようだった。「あいつら二人はどこ行った?」「ユーリアはともかく、フォブにはたくさん働いてもらわないとな。地面が揺れてあっちこっちが傾いた」「ユーリアだっていい子だよ。力仕事以外なら割合できるほうさ」「いやはや、ユーリアは女性たちに人気だな」ワッハッハ!
カラスは再び飛び立った。また長い間を飛んで、例の、地面の裂け目の真上までやってきて、その延々と続く大地の傷をなめるようにじっくりと、それに沿って飛んだ。
ぼくには何かをいう気力はなくなっていた。もちろん何かをいうための口はなかったわけだけど。




