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ネコは大事だが歌うたいはそうでもない  作者: ヤマノ ミィオ
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87.ジョンの話

87.

 ぼくとユーリアはスタティラウスに呼ばれ、彼女の座る椅子から少し離れた、丘のてっぺんに立っていた――。

 彼女は扇を揺らして、そこから遥か遠くにある海を見るよう促した。

 その海岸は黒雲に覆われ、稲光が絶えず光っていた。音こそ聞こえなかったが、大変な嵐に見えた。海の波は高く上がって、陸地に繰り返し打ちつけているようだった。

 時に、見間違いかもしれないが、黒雲は大きな人間の手を形作っていた。いくつもの巨大な拳が天から海へと振り下ろされ、あるいは稲妻をその手に持ち、海に向けて放り込んでいるようにも見えた。

「姫には見えない、海の姫君が私たちの境界を襲っている」

 え? とぼくはスタティラウスを見た。

「境界線を壊し、自分たちの世界を広げようとしている。彼女の水陸両用の兵たちが陸に上がってくるかもしれないねぇ。それを防ごうと私たちの兵が応戦し、あるいはイェンドートが何千、何万と雷の雨を振らせている。今度はあちらをご覧」

 スタティラウスは椅子に置いていた長い棒を取り上げ、遠くにある場所を指した。長くて深い裂け目が曲がりくねりながらずっと向こうまで続いていた。彼女は棒を動かし、今度は自分たちのいる丘から少し離れた土地を指した。大地が深くえぐられ、大きな穴があいていた。

「なぜ姫には到底見えない姫君が――まぁ、それは関係ないのだが――、彼女がああやって仕掛けてくるのか、それは私たちの世界が割れて脆弱になったから。なぜ弱くなったかというと、この穴には大昔から大地に倒れ、埋め込まれていた龍の頭があって……」

 ぼくはまた、え? とつぶやいた。

「ここからずっと向こうに渡って倒れて、すっかり私たち世界の大地の一部となって馴染んでいた。ところが誰かがその龍を起こしたんだよ」

 そばにいたネコがにゃーおぉぅと太く鳴いた。

「完璧ではないが、龍の鱗の大半が生き返った。この大地から頭をもたげ、体と四肢を引きはがした。地面が揺れて、あちこちに亀裂が入った。飛ぶことを思い出した巨大な龍はどこかへ飛んで行ってしまった。龍の土地がなくなった分、この世界は弱くなってしまったというわけ」

 スタティラウスは説明し終わると、ふ、と笑った。「でも私はね、私たちの世界が少しばかり小さくなったってかまわないと思ってるんだよ。姫君に大地を少しくらい盗られたってどうってことない。イェンドートは許さないだろうけど。なぜって私たちの世界が少なくなれば姪や甥が存在するための力が失われるってことだから。つまり彼ら彼女らが栄養を摂るための土地がなくなったり失われたりすれば彼らは生きてはいかれない」

 ぼくは彼女を見た。

 彼女は冷たく笑った。「今回誰かの失敗で龍が生き返って、この大地の一部が弱くなったことにより、すでにイーバは姿が消えたよ」

 よく理解できずに、ぼくは目を閉じた。深呼吸し、目を開けた。「消えた?」

「そうだとも。悪気なくやった自分の行いが何を引き起こしたか分かったかい?」

「そんなもの、分かるものか」ぼくの頭に海の姫君の言葉がよみがえった。マグナスはイェンドートの雷で……。

「あんたがやったんだ」ぼくは恐れることなど忘れて、口にしていた。「ぼくがやったんじゃない。あんたがイーバを消したんだ。マグナスだってそうだ。あんたたちが雷で落としたんだ!」

 隣でユーリアが、ちょっと待て、あんたたちどっちも頭がおかしいよ、というのが聞こえた。

 スタティラウスが立ち上がった。ぼくは背の高さで負けないと思っていたが、彼女の方がさらに高かった。

「雷が彼に落ちたのは、さぁ何だったか。イェンドートがくしゃみでもしたんだ。きっと当てるつもりはなかったんだよ。だれでも落ち込んでいるときには悪い物事を引き寄せるものだからね、マグナスに偶然当たってしまったということ――」

 彼女は真っ直ぐにぼくを見ていた。こっちも視線を逸らすつもりはなかった。例え何が起ころうと引くつもりはなかった!

 スタティラウスの暗い色の着物はよく見ると青と灰の混ざった色だった。その色がするすると空中に溶け出して、周囲に流れ出始めた。何重にも青い線が連なって、ぼくたちの周りを大きな渦になって回り始めた。

 ぼくたちは青と灰色の、ぐるぐると回る壁に取り囲まれていた。宙に彼女の顔だけが浮かんだままで。

 逸らすつもりのなかった視線はあっという間に宙をさまようことになった。彼女は冷たい笑顔を作った後、その顔自体がまた溶け出して、姿が消え、ぼくたちを囲んで渦巻く、怪しげな「空気」となった。

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