(73)地面が揺れる前の、マグナスとマリオンの話
73.地面が揺れる前の、マグナスとマリオンの話
木の塔を高く登ったマグナスは怪物の顔を真正面に見据えながら、剣を抜いた。
怪物は足から液体が流れていくことで動きが鈍くなっているようだった。怪物はマグナスの目の前で、威嚇するかのように口が開いたが、そこに炎を見ることはできなかった。
大きな手が迫ってきて、マグナスは瞬時に剣を向け、相手の指先を切った。怪物の手は彼のすぐ横に伸びていき、木の塔を掴んだ。切られた痕から黒い液体が流れ出て木の塔の下へと落ちていった。
マグナスは大きな顔の赤い目を見た。
それぞれの目のなかでせわしく動いていた二つの小さな黒い点の動きがとまった。
小さな黒い点二つについている二つずつの目玉がマグナスを見た。それはごわごわとした黒い毛が全身に生えて四肢を持つ、動物のような生き物だった。鼻づらはとがっていて、真ん丸な大きな目をしていた。
マグナスの耳に声が聞こえた。
「見つかった! あいつに見つかった。こっち見てやがる。どうする? エレク」
「ちっきしょう! じきにエレクフレドは動かなくなっちまう。逃げるしかない、フレド」
怪物の赤い目からぽろり、ぽろりと真っ黒な小さな塊が転がり出た。怪物の顔につかまりながら移動した二匹は揃って片方の肩に集まり、マグナスに向かって叫んだ。
「冗談じゃねぇ!」エレクだかフレドだかの一匹がいった。「おれたちはここを壊しにきただけだ! 何様か知らねぇがエレクフレドをダメにしやがって!」
「この屋敷と一緒に吹っ飛べばいいさ!」
二匹はそういうと、怪物の表面を地面まで転がるように駆け下りて闇に消えていった。
マグナスの耳にマリオンの呼ぶ声が聞こえた。彼女は屋敷の塔の最上部から身を乗り出していた。「ロープのこちら側は縛ってある。伝ってこっちに来るのよ」
マグナスは剣をしまい、塔を下った。カラスにくくりつけてもらったロープのところまで移動してくるとそれを片手で掴んだ。
大ガラスがマリオンの真上の屋根にとまっていた。カラスも様子を伺うようにマグナスを見ていたが、カァァッと一鳴きすると羽ばたいて上へ向かって飛び立っていった。
マリオンはマグナスを見て肩をすくめて笑った。「ああ、びっくりした。カラスが上にいた。あなたのこと同じように見ていたんだわ。さぁ早くここへ」
片手でロープを掴んだまま、何かが起こる瞬間がすぐにやって来るのをマグナスは感じ取っていた。マグナスは落ち着いた声でマリオンに聞こえるようにいった。「部屋のずっと奥に行くんだ。いちばん後ろまで下がって伏せるんだよ」
彼女の顔が曇り、笑顔が消えた。
「マリオン? 大丈夫。さあ、窓から手を放して後ろへ」
「あなたがロープを伝ってきてくれなくてはいやよ」
マグナスは美しい笑みを浮かべた。彼の元へ何かが向かってきているのが心に浮かび、その瞬間と何か別の瞬間が引き合っていて、ここで同時に起こることが分かった。
彼はもう一度マリオンを見て「さあ」といった。
マリオンが窓から手を放し、後ろに向かいかけたときだった。空のどこかに白い光が現れて大変な速度で向かってくるのが目に入った。そして次の瞬間にエレクフレドが赤く光って爆発した。マリオンは倒れ、奥の壁際まで転がった。屋敷の塔がミシミシと音をたてた。マリオンは頭を振りながら、何とか身を起こし、窓まで駆け寄った。
外はすべてが真っ赤に燃えていた。エレクフレドは半分以下の大きさになって炎を上げていた。時折小さな破片が高く飛んでは辺りへ散っていった。庭だったところも周りの木の生えていたところも燃えていて、高くいびつな木の塔にも火がまわり、天に届くような火の柱が出来上がっていた。
彼女は木の塔を見、次いで庭を見て、姿の見えなくなったマグナスを探した。木の塔はめらめらと燃え、火は空に向かって燃え続けていた。塔と塔の間に結ばれたロープは今や黒焦げとなり、消えていくところだった。
目に涙が滲みかけたが、外へ出て彼を探そうと窓を離れたときに「マリオン?」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると窓の外に、かつて初めて出会ったときと同じく、大きな翼をつけたマグナスがいた。




