(58)ジョンの話
58.
ベルナーが少し声を震わせた。「絵を描かねばならない。美しい絵を。王様やお妃様が納得してくれる絵を。でも何を描いたらいいのか分からない」
「絵も音楽も芸術というものは」と鳩の一羽がいった。「感性だからのう。自分がいいと思ったとしても別の誰かの感性では好きではないかもしれぬ。だから誰かが気に入らぬといったとしても気にすることではない。自分の好きなことを好きなように表現したらよいのじゃ」
「しかし今回はそうはいきません。王様とお妃様が気に入らなければ私と家族の命がなくなる」
「ここに残されている手紙に描くべき絵のヒントがあるかどうかは分からん。しかしお前さんの悪い相がなくなるような言葉が書いてあるような気がするがの」
クーだか、グーだかの鳴き声が続いて、「さぁさ、客人たちよ、好きな手紙を受け取るがよい」
ベルナーは棚に近づいて、顔を寄せ、どれを選ぶか迷っていた。何度か手を伸ばしたり、引っ込めたりしているうちにやっと一つを選んだ。それは紙の端が少しボロボロになっていて、ずいぶん古そうだった。
彼は真ん中に置いてある大きなテーブルまで来ると、一つの椅子に座った。鳩たちがパタパタと揃って机に上がった。
鳩の一羽がぼくにも声をかけた。「さぁ、おまえさんも選んでくるとよい」
ぼくはサフソルムに尋ねた。「きみはどうする?」
「オレさまは遠慮しておく。オレさまにはあまり必要のないことのような気がする。しかし歌うたいが次に書く手紙にはオレさまの有難い一言を付け加えたいのだが」
「サフソルムのいうことのどこまでが本当の冗談なのかいつも分からないよ」
「オレさまは冗談なぞいわぬ。いつも自分に正直に生きておるのだからな」
ぼくが棚に近づくと、ネコは一緒についてきて、ぼくが大きなリボンのついている一つを選ぼうとすると、そいつはやめておけ、だの、その隣の隣にしろ、だのいってきた。
「きみは自分で自分のを選んだらいいじゃないか」
「そうではない、いいから、早く歌うたいの分を選べ」
ため息をつきながら、ぼくは小さな紐で閉じられた、細く丸まっている一つを手に取った。
ぼくもテーブルにある椅子に座った。
ベルナーはまだ手紙を広げてはいなかった。
「見ないのかい?」ぼくは彼に聞いた。
「ジョンから見てくれ。そのあとで私のを見てみる」
ぼくは眉をあげて、自分の分の紐をとった。鳩が「自分への手紙として読むのじゃぞ」といった。
紙にはこう書かれていた。『友情を大切に。長い付き合いでも、一日しか続かなかったとしても、自分より小さなものでも大きなものでも、姿が違っていたとしても、言葉を話さなかったとしても、目の前にいるものを大切に。』
ふむ、とぼくはいった。「確かにそうだよ。毎日旅をしてるんだ。僕自身長い付き合いっていう人がいなかったとしても、一日だけの付き合いになることが多いにしても、誰かに親切にするのはいいことさ」
ぼくはベルナーを見た。彼はぼくの目を見て頷き、自分の分をゆっくりと開いた。
『単調でもあり、単純でもある。少しずつは進んでいるのだろうか、それとも止まったままなのだろうか。それは本当にあるのだろうか、それとも存在しないのだろうか。いま、それを確かめる術はない。しかし小さな種から芽が出て、花をつけ、実がなるように、それもいつしか変化していたことに気が付くだろう。』
彼は読み上げて、じっと紙を見つめた。
「よく分からないじゃないか」ぼくはそういった。「きみには何かわかるところがあるかもしれないけど」
ベルナーは首を横に振った。「何を描いたらいいかということはこれを読んでも分からない。長い時間がかかるということが書いてあるように思うが、いまの私には一刻も早く完成させることが大切なのだ……。でもこれをもらっていこうと思う。そして私は同じものを書いて、ここに残しておくことにするよ」
机の上には紙が何枚か置かれていた。それぞれが一枚ずつを手にとり、鳩がくわえて持ってきてくれたペンを持った。
ベルナーはペンを走らせていたが、ぼくは少し考えこんでいた。
「なんと書くかな」机にのったサフソルムが横からいった。
「いま、考えてるんだ」ぼくはそういいつつ、ペンをインク壺につけた。
『あなたは愛されてきました。美しい花に蝶が吸い寄せられるように、きれいな小鳥たちが歌をうたわずにはいられないように、あなたが愛されてきたという事実を止めることはできないのです。同時にあなたは自由でもあります。自由であることを誰も止めることはできないのです。青い空の下でどうぞきれいな空気を深呼吸なさって下さい。いつもその新鮮なあなたでいてください。あなたはこれまでも、これからも愛されてゆくのでしょう。』
サフソルムが声をあげた。「恋文だ!」
「違うよ」ぼくはいった。「思いついたことを書いただけさ。ふと思い浮かんだんだ。……なんというか、つまり、ぼくみたいな親のいない人に向けて書こうと思いついたのさ。いいじゃないか、そう思ったんだから」
「まぁ、よい。ではオレさまの一言はなんと書くかな。オレさまは残念なことにペンで文字が書けぬ。ここはひとつ歌うたいに代筆してもらわねばなるまい」
「もちろん書くよ。さあどうぞ」
サフソルムは考え込んでいた。そしてこういった。「フサフサモフモフを愛するものよ、貴殿に感謝する」
ぼくはその通りに書いた。サフソルムは自分の手のひらをなめてから、インクを少しつけ、文字の隣に肉球の印をしっかりと押した。




