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ネコは大事だが歌うたいはそうでもない  作者: ヤマノ ミィオ
5/95

(5)ジョンの話

5.

 馬は目にも止まらぬ速さで長い時間を駆け、草が一面に生えている大地を走り、木々の間を抜け、やがて森に入った。

 ぼくは背にしがみつき、手綱を決して放さず、ときおり自分の前にいるネコの三角耳をじっと眺めた。ネコはすさまじく揺れる馬の鞍に難なく乗っかっていた。どんな技を使っているのか、馬はネコにしっかりと操られていた。ひょっとするとマグナスもそうやってうまく動かされてるのかもしれないな。は!

 森で小川を見つけてぼくたちは馬を下り、休むことになった。マグナスを前にして、ぼくはやれやれ、すごい速さだったと首を振った。小川のそばに座って、ふと思いついたことを口にした。「この間は野宿でさんざんだったよ。自然のなかでの寝泊まりは嫌いじゃない。だけど夜中にオオカミの遠吠えが聞えてさ。何のためにあんなに長くうらめしげに鳴くのさ? 夜の間まるで生きた心地がしなかった」

 マグナスは、野宿はしないつもりだと答えてくれた。ネコはフンといった。

 小さな石ころの上を絶え間なく水が流れていく川を眺め、流れる水の心休まる音を聞いた。どのくらい休んでいたのか、そこへ「ヒュー」という口笛が聞こえた。人の気配なんてほかになかったというのに。

 大きな木の陰から大柄な若い女がこちらへとやってくるのが見えた。でも女の格好じゃなかった。白金色の髪を肩のあたりで切り、涼やかな目をしたどこか男勝りの顔つきで、砂色の服を身にまとい、大きな剣を身に着けていた。

「なんて男前なお兄さん」マグナスを見ながら彼女はいった。「ねぇ、どこへ行くつもり? 夏至の日に空から降ってきたの、すてきな傭兵のお兄さん? 戦いがあるなら私も連れて行ってよ。今度はどこへ行こうかと決めかねていたところ」

 サフソルムが女に向かっていった。「マグナスに近付くな。オレさまたちは急いでいるのだ」

 女がネコを見た。「なに? 私に向かってずいぶん威勢よく鳴いて。さぁこっちにおいで」

 ネコはシャーッといった。

 女はまたマグナスを見た。「私の名前はイザベラ。傭兵としてなんでもするわ。あなたたちが行くところにお供させてよ。といっても行き先が戦場でないことだけは確かね。だってこんな」ちらりとぼくを見た。「楽器を持ってる。剣は持っていない。それにネコを連れて戦いに行くわけがないもの」

 サフソルムがわめいたが、よく聞えなかった。

 女は口笛を吹いた。すると木々の奥から白地にグレーや黒の模様を持った馬が現われ、こちらへと向かってきた。

 馬はじゃじゃ馬のような女の隣におとなしく立った。

「マリウスっていうの」女は得意げに笑った。「私たちのコンビは最高よ。どんな戦も切り抜けてきた。そこいらの兵士よりもずっと腕がたつ。自分でいうのも変だけど私の剣さばきはなかなかのもの」

 ぼくは口をはさんだ。「ずいぶんな自信家だ」

「ねぇ、名前を教えてよ。行き先は? 何があるのよ? ほんとにどこへ向かおうかと思っていたの」

 ぼくはマグナスを見た。

 ネコが目を細め、鼻で笑っていた。小生意気な女め、マグナスが断るのを聞いて残念がるがいい!

 だがマグナスは控えめな声でこういった。「たまには大勢で旅するのも悪くないだろう?」

 笑っていたネコの口が開いたままとまった。一呼吸おいて「何をいってる? こんな女連れて行けるものか。面倒くさいことを持ち込むな!」

 ネコの言葉にマグナスは答えた。「こうするのもたまにはいいような気がするのさ」

 女がハッ、と笑った。「このネコ、ほんとにおもしろい。言葉が分かってあなたと会話してるみたい」

 辺りは静かだった。小川の流れる音だけが心地よく響いていた。上を見あげれば青い空が見えた。間違いなく快晴だった。雲ひとつ出ていない。それなのにどこかで雷が鳴ったような気がした。

 目を空のあちこちへとやっているうちに、小さな黒っぽいものが視界に入った。それはフワリフワリと時間をかけて下まで降りてきた。

 目の前についに落ちてきたそれは手のひらと変わらない大きさの一枚の真っ黒な羽根だった。

 サフソルムがああ、と嘆いた。何度か深呼吸をすると、地面に落ちてしまった羽根を口で拾い上げ、女の元へと持っていった。

 女は笑いながらしゃがみこみ、羽根を受け取った。「カラスの羽根かしら。ずいぶん大きな羽根だけどネコちゃんはこれで私に遊んでほしいってこと?」

 羽根を目の前でひらひらされたサフソルムが一喝した。「馬鹿馬鹿しい! その羽根を常に身につけておけ。これからの行く先は夢ならよかったと思うほどの最悪の出来事の連続だろう。一緒に行きたがったことを後悔するがいい」

「え?」女はしばらくネコを見ていたが、キッとなってこちらを振り返った。「なんなの、その言い方は」

 ぼくは首を横にふった。「こっちだって出会ったばかりで、また混乱の真っ最中さ。それにしたって夢ならよかったと思うような最悪の出来事だって? それってどういう」

 女は剣の柄に手をやって立ち上がった。「馬鹿なこと続けるならこっちにも考えがある」

「たいしたことじゃない」サフソルムが女の前に回り込み、見上げた。「その羽根を身につけている間はオレさまの言葉が分かるということだ。マグナスだけではない、我々の雇い主からも、まぁ許されたということだ。ありがたく羽根を受け取っておくがよい」

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