(48)ジョンの話
48.
ぼくとサフソルムは再び海岸の岩に腰をかけていた。
オヤジさんの母親が作ったという巨大でありながらも、――幸いにも――、見た目よりは軽い袋がオヤジさんの手によってそこそこ小さく丸められ、紐でとじられ、ぼくはそれを背負い、お礼をいってネコと共に戻ってきた。
ネコはぼくの姿を見て、「大きな甲羅を背負った亀のようだな」といった。
荷物はすっかりおろして、岩に腰かけ、目の前に海を眺めながら本を開いた。
「袋を手に入れた後には、ワクワクランドへ行くからといって有頂天にならず、足元、または下のほうを見てよく考えてみること。……だからワクワクランドって何だよ」
ネコはぼくを見ながら首を横にふった。
「足元は」とぼくはいった。「少し先が崖になってる。そんなところを覗けと?」
ネコは首を横に向けたまま、目だけでぼくを見ていた。
ぼくは腰かけていた岩を下り、腹ばいになった。じりじりとそのまま動いて、決してそこから落ちないようにしがみついて下を覗いた。
青い海のうねった波がはるか下のほうで何度も崖にあたって砕けていた。
「ぼくがわけの分からんランドに行くからって有頂天になるものか。いまここで楽しい気分になれるものなら、そうなってみたいものだよ! もういいだろう? 十分下は見た」
ふと崖の途中に何かが動いているのが見えた。崖の真ん中に隙間が空いていて、何か長いものが移動していくのだった。「へ、蛇だ」
サフソルムが横からぼくの腕につかまりながら同じように崖下を覗いた。「本当だ。蛇のゆく先に鳥の巣が見える。雛がいるようだな。それを狙っているのだ」
「親鳥は?」
「どこかに食べ物を探しにいっているのだ。蛇はここから見るとそうでもないが、実際はずいぶん大きいようだな。……蛇が下りられるのだから歌うたいが下りられそうな場所があるはずだ。探してそこへ行くしかあるまい」
手を広げ、声をださずに、は? といった。「本にはそんなこと書いてなかっただろ? 助けに行けとは書いてなかった。下りろとも書いてない」
「よく考えろ、と書いてあったのだ」
「いったいマグナスの羽根を取り戻すのに何の関係が」
ぼくは頭を抱えた。そろりと後ろへ下がって立ち上がると、辺りに落ちていた小石や小枝を拾い集めた。
ネコはそれを見ながら「腕はいいのか?」と聞いた。
「さあ。何年と石を投げたことはない。金を盗られたとか、好きな女の子をとられたとかで物を投げつけたことならある。もちろん人に対してじゃなくて」
ネコが何かいいたそうなのを横目で見ながら、一抱えした小石と小枝を崖の際に置き、再び腹ばいになった。後ろから「せめて座って投げたほうが」という声がしたが無視して、ぼくは小石を投げた――。
いくつかは見当違いのところに当たってそのまま海に落ちていった。当然だ。でも少しでも蛇の近くに当たればいいと思っていたのに、三つほどが見事に命中した。蛇は動きを止め、多分だけど、痛みに耐えていた。
続けようと次の小石を持ったときだった。青い海に何かの影が写った。気に留めることなく、腕を振り上げたとき、海のなかにゆらりと黒い影が浮上してくるのが見えた。
そいつは例えようもなく大きくて長かった。海は透明でそれが何なのかを知るのに頭を働かせるまでもなかった。
ざばり、と音がして、巨大なそいつが海から立ち上がった。
いつの間にか、ずっと後ろに下がっていたサフソルムがいった。「海の大蛇だ! 早く逃げろ、歌うたい!」
叫び声をあげられるときっていうのはまだ余裕があるときといえる。サフソルムの言葉を理解はできたが、動くことはできなかった。
大蛇は鎌首を高く持ち上げ、上からぼくを見下ろしていた。余裕も何もなかったが、ぼくは蛇の鋭い歯並びと縦に細くなった瞳とを見た。青光りする鱗と金色の鱗とが全身を覆っていて、その表面を海水がじゃぶじゃぶ流れ落ちていった。
多分だけど、海の大蛇という生き物は怒っていた。ひとえに仲間と思われる蛇が攻撃されていたからに違いなかった。そして間違いなく、怒りはぼくに対してのものだった。
大口を開けた蛇が迫ってきた。
「助けて、サフソルム!」
ついに声が出たものの、当てにならないのは承知だった。ところがそこへ何かが飛んできて蛇の顔に体当たりしたものがいた。右から当たり、空中を旋回して今度は左から蛇の頭を打った。それは真っ赤な羽根を持ち、蛇の頭と同じくらい大きくて、ワシのようなくちばしと爪を持った巨大な鳥だった。
いまさらだったけど、ぼくは意識を失った。




