(47)ジョンの話
47.ジョンの話
ぼくは海の見える、平らな断崖の上で岩に腰かけ、本を開いていた。ゴールディアノの家からはずいぶん離れ、薄曇りの天気のなか太陽は少しずつ上がってくるところだった。
咳ばらいを一つすると、声に出して読んだ。「まずは羽根の材料となる、羽毛を集めるべし」
大きめの葉っぱを本に挟んで、ぱたんと閉じた。「鳥を捕まえろということかい? 鳥を捕まえて羽根をむしれ、と」
ネコはそばに座って、ぼくを見上げていた。「続きを読め」
ぼくはやる気を失っていた。しぶしぶ本を開いた。「ワクワクランドからの使者を呼ぶために、以下書いてある通りに行動すること。しかしその前に羽毛を入れるための袋を用意するべし。……ワクワクランドってなんだよ?」
ネコは答えなかった。
ぼくは目を閉じた。「嫌な予感がする」
「どうしてだ?」
「書いてある通りに行動しろ、って書いてあるから。ああ、それに一人で行動するのはなんとさびしいことか」
「オレさまがいる」
ぼくは首をふった。「もちろん一人で旅するのは慣れてるさ。一人でいることを大事にしている節もある。ここが普通の世界なら。いや、人のいる街から街へと旅するならば」
ネコが黙ったままだったのでぼくは目を開けた。「そうだな、でもやっぱり、サフソルムがいるだけよかったよ」
ネコはちょっとだけ鼻を動かした。「優しいオレさまに感謝するのは当然のことだ。本の続きを」
本には簡単な地図が載っていた。道が一本と、それが途中で二本に分かれて、右に分かれた道の途中に丸が書かれて「ここ」と記してあった。
ため息が出かかったが、地図の下に文字が書かれていた。「あなたのちょうど背中側にある道を歩いていくこと」
サフソルムはそれを聞くと、ぼくの背中側にあった道、つまり海とは逆方向に向かって歩き出した。
ぼくは立ち上がり、自分の荷物――なかにはレネアからもらった食料と銀貨が数枚入った革製の小さな箱も入っていた――と楽器を担いで後を追った。
海岸から離れるにつれ、草だらけの大地だったところへ低い木が目に入ってきた。やがて羊が放し飼いになっている村へと入った。家はいくつかがそれぞれ随分離れて建っていて、その境には羊を逃がさないための石が積まれ、柵が作られていた。
地図の通りというべきかどうか、道は一本しかなかった。そして地図のままというべきかどうか、道は右と左に分かれ、ぼくらは右の道を選んで歩いた。
地図の「ここ」と書いてある場所に一軒の家があった。
というか、あいまいな「ここ」という場所について他に目印はないのだから、その家を「ここ」としても問題はないように思われた。
ぼくは家の扉をノックした。誰かが出てくる気配がした。勢いよく扉が開いて、オヤジさんが顔を出した。
「なんだ?」
ぼくは少し迷ってから正直にいった。「袋がほしいんです」
「袋? 何に使う?」
「えっと……」
「食べ物を入れるのか、それとも大事なものを入れるのか。おれは旅をしたことはないが、袋はたくさんあったほうがいいだろうな。当然、おまえさんは旅の途中だろうからな。拾った木の実を入れるのか?」
人の羽根となるべき羽毛を入れるのに木の実のための袋と同等の大きさでいいわけがなかった。
「大きな袋がほしいんです。とびきり大きな」
オヤジさんはそれを聞いて、少し目を見開いた。「本当か」
「ええ。それはもう、できる限り大きなものが」
オヤジさんは無言で一度家のなかへと引っ込み、また出てきた。表情はなぜか真剣だった。手にカギを持っていて、そのまま家の隣の小屋へと歩いていった。ぼくとサフソルムは後をついていった。オヤジさんはカギを開け、小屋の扉をガタピシいわせて開けた。なかは意外と片付いていて、羊の世話に必要と思われる道具やら荷車やら大工道具なんかが置かれていた。上のほうに大きな棚があり、その棚いっぱいに巨大な何かが乗せられていた。
それは丁寧に折り畳まれ、見るからにふわふわとした織物だった。
オヤジさんが説明をした。「こいつはおれの年取ったおふくろがいつか必要になる人がいるんじゃないかと羊の毛を使って延々と編んでいた袋だ」
袋はとんでもなく大きく、両手で抱えきれないほどの大きさに見えた。広げたならばおそらくは小さな家一軒が入りきるほどの。
「おれは」とオヤジさんは続けた。「そんなバカげたもの、何のために、何を根拠に延々と作ってんだって怒ったよ。無駄なことをしている母親が情けなくて、見るたびに怒鳴って、怒って、それでも編むのをやめなかった。こいつが原因で何度も何度もくだらないケンカになった……」
オヤジさんは遠いところを見て鼻をグズッとさせた。「持ってきな。遠慮はいらねぇ。本当に使うやつがいるなんて思いもしなかった。おふくろもあの世で喜んでるだろうよ」




