(39)イザベラの話
39.イザベラの話
イザベラはゆっくり壁をおりたが、青年は滑って下まで落ちていった。
いてて、といって青年は顔を歪めていたが、水の湧き出る池を見つけると喜んで水を飲んだ。手で口を拭いながら、青年は自分はユーリアだと名乗った。
イザベラも自分とマリウスの名前を教えた。
「まさかと思うけど、本当にここに閉じ込められてるってわけ?」きれいな顔のユーリアは驚きを隠せない表情でいった。
「だから、あなたこそ蟻んこに捕まってたじゃない。私が見つけなかったらどうなってたと思う?」
「数日以内に彼らの夕飯になってた。ドジ踏んだよ。こんなの恥ずかしくて他の連中にはいえないな」
イザベラはため息をついた。「困ってるのよ」
「だろうね」
「私はこんなところに来たのは初めてだし、どうしたらいいのか分からないのよ。マリウスと一緒に外に出たいの」
「あんた、人間?」
「そうよ」
「言葉、喋れるの?」
「何やら黒い羽根っていうのをもらって、そしたらネコと話せるようになった。でもそれを失くしちゃって、今は話せてるけど、とにかく途中で穴に落っこちて、こうやって外に出られないってわけ」
「おれはね」ユーリアは腕を後ろにまわしてごそごそとした。「じゃーん」
ユーリアの背に薄く、透明な羽根が四枚、ゆるやかに広がっていった。「背中にしまい込んでた。基本的にはみんなしまい込んでる。つまりいざというときだけ使え・・・・・・」
イザベラは顔色を変えずにいった。「お願い。外に出たいの」
「はっきりいって、出られるんならもう出てるだろうさ」
「どういうこと?」
「そういうものだってこと。おれだってさっきまですっかり終わりだと思っていたのに、助かった。そういう運じゃなかったらそうならなかった」
「私があなたを助けて、こうやって話ができるのも、じゃあそれって私とマリウスにとっての、ちゃんとした運だわ。……きれいで素敵な羽根、持ってるじゃない」
「顔もきれいだって随分モテるんだ」
「姿かたちも美しくて申し分ない。あなたのような美青年は見たことがない。出られる方法、何か考えてくれるでしょう?」
「そうだな。おれにいえるのは、馬を置いていくしかないな」
「ちょっと、何いってんのよ。そんなことが助言になると思ってるの? さっき動物たちを逃がしてたじゃない。私の馬を助けることと何が違うのよ?」
「蟻の食料になるのが馬鹿げてるって思っただけさ。あとで草をたっぷり持ってきてやるよ。イザベラの分の食べ物も持ってきてやる」
「ユーリア、あなた、仲間がいるんでしょ? 仲間に頼んで、お願い」
「おれは仲間に頼み事はしない」
イザベラは口をひん曲げて笑った。「……上等よ。無駄足踏んだわ」剣を鞘からだし、剣先を相手に向けた。
ユーリアは口をとがらせ、ひゅうと口笛を吹いた。「短気は損気って言葉を知らないの?」
「短気でけっこうよ。逃げるんならいまのうち。さぁ、出ていきなさい」
ユーリアはイザベラを見ながら、肩をすくめた。背中の透明な羽根が静かに動き出し、ふわりと体を浮かせ、出口のところまで上がると振り返っていった。「食べ物は持ってきてやるよ」
イザベラは答えることなく、その姿が消えるまで剣先をそらさなかった。
しばらくの時間が過ぎた後、頭上から不意に緑色の大きな玉が三つに、袋が一つ、落っこちてきた。
緑のは新鮮な香りのする草だった。袋のほうは果物や木の実が詰め込まれていた。
「イザベラ?」上から声が降ってきた。「ユーリアだよ。食べ物持ってきたよ。こうやってたびたび食べ物を持ってこられるといいんだけどさ、おれ、約束事があって遠くに出かけなくちゃならないんだ。こいつを破ったらとんでもないことになるんだよ。……イザベラ? 馬を置いていったらいいのさ」
イザベラは何も答えず、上を見ることもしなかった。




