(36)マグナスとマリオンの話
36.マグナスとマリオンの話
マリオンは黙ってマグナスの話を聞いた。話が終わった後もしばらくは何もいえないでいた。やっと出た言葉は「ひどい話」だった。
「ああ。きみの一族の話に負けずとも劣らない」
「ひどい話を競ったってどうしようもないわ」
「本当に」
「いま、別のことができたなら」マリオンは窓から外を見ているマグナスを見た。「こんな扉を閉めきった屋敷ではなく、どこか明るいところへあなたを連れていけたら」
マグナスは彼女を見、その言葉に少し笑った。「こうしてきみといられるのも悪くない。罪滅ぼしをしている気分になれる」
「……誰が悪いというわけでもない。あなたが間違ったことをしたとも思えない」
「あんまり好きすぎるのも良くないんだ」マグナスは再び外に目を向け、独り言のようにいった。
「どうして?」
「わからないけど、そういうものさ。願いをかけ続けるのも良くない。純粋な願いがいつしか呪いになる」マグナスは肩をすくめた。
マリオンは少し戸惑いながらいった。「冗談をいっているの?」
「いや。でも誰かを好きになることも、好きでいることも間違ってない」
「そうね。その通りだわ」
二人は揃って窓の外を眺めた。
「マグナス、何よりも静寂が必要な私たちなのに、外に気を散らす者がこんなにいるなんて」
「しかも何かを始めてる」
マリオンは目を凝らした。「夜、目はあまり見えるほうじゃないけれど今夜は月明りがある。耳には良からぬ音が聞こえてくる。あちこちで木が切られている。何百、何千と。そうでしょ?」
「木を切って、庭の真ん中に組み上げだしている。土台を作って、上へ伸ばそうとしている。簡単なやぐらというわけでもないらしい。土台は庭の半分以上に広がっている。大きなものを作ろうとしている」
「話している声は聞こえない」
「彼らは言葉を話さない」
二人はしばらくの間、外を見守った。何百、何千という者たちの力で、見る間に巨大な建造物が出来上がっていった。
「どうやってあんなものを作る知識を得たのかしら」マリオンは小さくつぶやいた。
木で組まれた建造物は今や、でたらめに作られた巨大な鳥かごのようになって、月の明かりでできた黒い影を地面に落としながら屋敷の高さをはるかに超え、ひたすら上へと長く伸び続けていた。
「何をしようとしているのかしら」マリオンはまたつぶやいた。
二人は黙って黒い影を見ていたが、やがてマグナスが空を見上げながら小さくため息をついた。「なんとなく分かってきたよ。この世の不確実なことといったら」
マリオンは怪訝な顔をした。
長い時間をかけて形を成してきた木の建造物はついに目的のものに到達しようとしていた。
マグナスが口を開いた。「どうやら月を捕まえる気らしい。あれが本物の月かどうかは分からない。でもそうであろうとなかろうと、月を動かさないことでこの辺りを夜のままにしておきたいんだ。時をとめたいということさ」
「冗談……。誰がそんなことを」
「誰がやっているかって? 心当たりはあるし、実際彼らにしかできないことだろう。荒野の者たちを動かせるのも彼らしかいない」
「月がとまった……。木の鳥かごに引っかかった。木の檻はギイギイいってるけど、本当にとまってしまった」
「目的はわからないが、様子を見るしかない」
マリオンは月の周りに張り巡らされた黒い影を見ながらうなづいた。




