(32)ジョンの話
32.
日の暮れた頃合いに豪華なディナーが催され、見たことのない料理が目の前にたくさん運ばれてきた。肉だけでなく魚料理もあって、そのうえ味付けはどれも洒落ていて、初めて食べるものでもおいしいと感じるものばかりだった。部屋は明かりがあちこちに灯され、海に面しても開放的で、そこは本当に素晴らしいところといえた。大きく開かれた窓からは海の気配が感じられ、空には満天の星空が見えた。でも昨日の晩、あんなに明るかった月はどこにも上ってはこないようだった。
アリステアは人間の子供の姿に変わって、イーバの横に座り、彼女からもすっかり可愛がられていた。サフソルムには専用の椅子があつらえてあって、そこからうまく食べ物をとって食べていた。とはいっても、ネコは洒落た味付けは得意ではないらしく、口に運ぶのはシンプルな肉ばかりのようだった。ディナーの後にぼくたちは最も海に近づいているバルコニーへと再び移った。イーバがソファの真ん中に座り、隣にアリステアを座らせた。続いてサフソルムを膝に乗せ、頭と体を何度も撫でた。
ぼくは別のソファに座り、星を眺めた。眺めていると、少し感傷的になりかけた。冗談抜きで。
ディナーが始まる前にはぼくたちのために用意された部屋でサフソルムと少し話をした。
ネコは相変わらず、ぼくの問いにはろくに答えてはくれなかったが、――イーバのいっていたことについてはまだ聞いてみる気にはなれなかった――、この辺りに住んでいるのは人間なのか、イーバも人間にしか見えないし、本当のところはどうなのかと聞いてみたのだ。
部屋には白くてふかふかの立派なベッドや緑の植物があって、窓からはやっぱり美しい海が見えていた。
サフソルムは答えた。「真実を見ることができないというのは実に酷なことだな、歌うたい」
ぼくは両の掌を広げて、よく分からないという顔をしてみせた。
「彼らは」とネコはいった。「白いネズミたちによって飼われているのだ」
「え?」思わずそういうとサフソルムはぷいっと顔をそむけた。話がそれきりになってしまいそうだったので、謝って話の続きをねだった。
「彼らの主人は白いネズミたちだ。どの家にも住んでいて、人をおだて、行動させ、自らを養うように仕向けている。ここではどの家でも必ず白いネズミを飼っていて、お宅のネズミはどうの、うちはどうの、という会話がごく普通に行われている。しかしながら飼っていると思っているのは人のほうで、実際に操っているのは白いネズミたちのほうなのだ。……毎度、冗談だろ、といわれるのは聞き飽きた」
「じゃあ、なんといっていいか。そんなの、おかしいよ」
ネコはクワッと目を見開いた。「おかしくない! 人間界の者たちも金銭やら実にいろいろなものに操られているではないか。自分の意志で生きていると思っているが、他人の意思が全くないとはいいきれまい。そのうえ金銭だの、他人からどう見られるかだのに心を捕らわれて生きている」
「難しい話になってきた。じゃあ、イーバは? 彼女も白いネズミに関係しているということかい? そうなるとネコのきみにとったら獲物じゃないか」
「イーバ様は違う。それにオレさまはここのネズミは捕らぬ。ネズミがいなくなると確実にその家の人もいなくなるのだからな」
ぼくはイーバたちの隣に座って星を眺めながら、自分は世界に一人きりのような気がしないでもないなと思い、そっと息を吐いた。
「サフソルム」イーバはネコに語りかけた。「さっきジョンに少し話したのよ」
ネコは顔をあげ、イーバを見た。
「マグナスには内緒だけど、といって」
イーバの言葉にサフソルムは立ち上がり、ソファの上を歩いてこちらに飛び移ってきた。
「これは確実に」とネコはいった。「マグナスには内緒にしておきたいのだ」
「ああ、分かってるよ。ぼくはいうべきこととそうでないことの分かった信頼できる大人だから安心してほしいね」
サフソルムはフンといった。「アリステアにも聞かせていいだろうか? マグナスがどうしてここにやってきたのかという、例の話になる」
イーバが「じゃあ、こうしましょう」といった。「マグナスの話じゃない。昔、起きた話よ。昔話みたいな、おとぎ話みたいな、そういうお話」
アリステアが答えた。「わかったよ。ぼく、マグナスの話として聞かないことにするよ。誰か知らない人の話だと思って聞くよ。それか途中で眠ったふりをしてもいいけど」
ヒッ、とネコが笑いかけたが何とか普通を保った。
ネコはそれぞれの顔を静かに眺めてから、前足を折りたたんでぼくの隣に居心地良く沈み込み、話を始めた。
「これはオレさまがとある人に出会う前の、昔むかしの話だ……




