(29)ジョンの話
29.
アリステアのフサフサにつかまっている間、ぼくはすっかり意識をなくしていた。いや、意識がなかったわけじゃなくて、頭のなかが真っ白になってたということ。ただ無心でしがみついていたってことになる。決して意識がなかったわけじゃないけれど、――風が吹きすさぶような速さで移動していたのが、いつしか風がやんでいるのに気が付いて――、そこでやっと意識が戻った。ぼくは顔を上げた。周りは相変わらず木々が生えていたが、その緑は生き生きとしていて周りには暖かな金色の光が飛び交っていた。空には月も出ていないし、青空も見えなかったが明るい光でいっぱいだった。道は少し上り坂になっていて、木の根っこが自然の階段を作っていた。少し前をサフソルムが、そのあとをアリステアが一歩一歩、ゆっくりと歩いていた。
「助かったよ」ぼくは声を出した。
サフソルムがとまり、アリステアもとまった。ぼくは背からおりて、全ての荷物を持ち直した。
「オレさまは寝ている歌うたいを叩き起こせばよいといったのだが、アリステアは起こすことなく、今まで乗せておいてくれたのだぞ」ネコは少し苛立たしそうにいった。
「寝てるだって? ……ああ、うん、悪かったよ。こんな素敵な生き物に触れるなんて思ってもみなかった。雲の上の乗り心地さ」
アリステアはゆったりと一度だけ尾を振った。
一行は歩き出した。「それで、その、目的地へは直かい? 時間も距離もどのくらい経ったんだろう」ぼくはたずねた。
サフソルムは答えなかったが、ぼくは苛々することはしなかった。辺りの雰囲気は刺々しくなかったから、何も心配することはないように思えた。
やがて根っこでできた階段が終わって、ゆるやかな山の頂上に出た。そこからの眺めは――、遠くにきれいな青い海が見えていた。海との境目は断崖になっていて、それに沿ってたくさんの白い家が小さく並んで建っていた。断崖の一部は海に向かって突き出し、そこに大きな白い宮殿と背の高い緑の木の一群があるのが見えた。
見た瞬間に分かった。「あれだ、そうだろう?」
また山道をどれだけか進んだ後で、ぼくたちは白い家々の立ち並ぶ街へと入り、狭い路地を歩いて海へと近づいていった。
そこからは海を見ることはできなかったが、潮の香がしたし、海鳥たちの鳴く声も聞こえた。街にはゆったりとして明るい服を着た人たちが頭に荷物を乗せて歩いていた。少し広い通りには日陰に店を開いて、色鮮やかな果物や野菜、魚や花を並べているのが目に入った。
ぼくは正直、興奮していた。こんな良いところに来られるなんて。
やがてぼくたちは白い宮殿の前に立った。白い服を着た門番たちがいて、サフソルムが何かいうと格子の門を開けてくれた。両側に背の高い、南国の緑が生えている道をサフソルムは優雅に歩いた。その後をフサフサのアリステアが落ち着いて歩いていった。ぼくは両の肩に担いでいた荷物を持ち直し、くたびれたカラスのマントをはおったままで、彼らについていった。
広くて白い階段をいくつか上がると、扉が明け放しとなっている宮殿の建物に入った。なかにはたくさんの柱が立ち並んでいたが、ずっと向こうまでそれ以外に視界を遮るものはなかった。左右に伸びた廊下や広間、それに途中には緑と花があふれる中庭まであった。
サフソルムは一度も止まらずに長い距離を真っ直ぐに歩いた。一番奥にはバルコニーがあり、空が見えた。そして次には真っ青な海が現れた。
街からでは拝めなかった美しい海をついにここから見ることができたのだ。




