(16)ジョンの話
16.
「おれたちはそこに数日の間、滞在した」マグナスはそういった。
ああ、とぼくは返事をした。「かわいそうに。一族がばらばらになった」
「罪滅ぼしをしたくもなる」彼は仕方がないというように肩をすくめた。「そこにいる間に彼女を説得しようと思ったんだ。仲間がいる場所へ向かわせようと。でも彼女は一度決めたことは絶対にくつがえさなかった」
「だってその場所を愛しているんだ」
「大きな哀しみとくやしさとが彼女を頑なにしているよ。女主人としてのけじめを考え、自分がそこに残ることで浮かばれることがあると思っている」
「哀しみが癒えたならそこを離れられるかもしれない」
マグナスはまた肩をすくめた。「でもそれを待っていたら遅いのさ。……おれたちは滞在している間に見かけたよ」
「見かけたって何を?」
「ちょっとしたおもしろい者だった。歌うたいなら悲鳴をあげるような」サフソルムが割って入った。
「ああ、そういうことか……」ぼくは天を仰いだ。
「ねぇ」と後ろからイザベラが大きな声をかけてきた。「こんなにゆっくりな足でお喋りしながら目的地まで行くつもり?」
サフソルムがいった。「ではしばし、馬を走らせようか。途中で弁当もいただくことにしよう」
馬たちはそれぞれに走るための合図をもらって一斉に走り出した。
やがて一行は長い距離を走って目的地にたどり着いた。森を進み、オオカミ一族の屋敷に近付いていくうちに木がまとまって枯れていたり、倒れていたりする様子が目に付いた。
有難いことに日はまだ高く、それに途中食べた弁当の中身においては、鳥を焼いたもの、――鳥だと思うが――、パン、それに赤い果物が入っていて、――サフソルムはパンも果物もいらないというのでぼくがもらった――、そこそこおいしかった。あとは屋敷の女主人たちをうまく連れ出すことさえできれば、――必ずや日の高いうちに!――、共に旅する仲間は増えることとなるがそれで万事がうまく、いや、とりあえずはうまく収まるというもの。
屋敷の前につき、石の塀が打ち割られているそばを通って、広い庭へと入っていった。真ん中に水の出ていないさびしい噴水が見えた。石畳の上を馬たちは一列となって小気味よい音をさせながら、屋敷の大きな窓の近くまで進んでいった。
突如、窓の一部が開き、赤いドレスを着た女性が出てきた。青い目を見開いて大きく息をつぐのが見えた。彼女の長い黒髪が揺れた。
彼女はまずそこらでは見かけることができないほどの美しい人だった。小さな子供がいるとは思えなかったし、それに本当はオオカミだなんて信じられるだろうか。ぼくはそれが事実と分かるまではあくまでこの女性の美しさをたたえ、人として接することにした。
そんな美しい女性を見てどうしたって心のうずく、このジョンの目の前でマグナスは馬をおりて彼女に駆け寄り、静かに抱きしめた。そして彼女から離れて「戻ってきたよ。きみが嫌がってるのはわかってるが、どうしたってそのままにはできない。一緒に行ってもらわなくては」といった。
「どうすることもできないわ」マリオンはそういった。「召使たちには暇をだした。ここにいるのは子供と私だけ」
「何度も同じことをいうのをきみにどう思ってもらっても構わないよ」
「何度いわれても同じよ。私たちはここを動かない。この家は私たちが住んできたところ。別の誰かに渡るなんて考えただけでもいや」
ぼくの後ろあたりにいたイザベラが大きな咳払いをする声が聞こえた。彼女も馬をおりると、腰に掛けた剣の柄に手を置いて、ゆっくりとマグナスたちのほうへ向かおうとしていた。ぼくも慌てて馬からおりると、彼女に「ちょっと」と声をかけた。イザベラは口元をまげて、いわゆる人をあざけるような笑みを浮かべていた。イザベラの目にぼくが映っていないのは明らかだった。
「あのぅ、失礼ではございますが」イザベラはうやうやしくそういった。「わたくしたち、マグナスの連れの者でございます。わたくしたちは現在旅の途中でして、その、詳しいご事情はわからないのですが、できれば彼に従っていただくことがここにいる全員にとって良いのではないかと」
女同士のいろいろっていうのはぼくにはわからないことだけれども今回は瞬時に見抜けたことがあった。互いに強い者どうしだってこと。
そしてこのイザベラの大げさな、芝居がかった口調は目の前の美女を下に見ているのは明らかだった。
マリオンがイザベラとぼくとを見た。彼女がぼくたちに怒って目の前でオオカミにでもなったりしたら!
イザベラは彼女がオオカミだの何だのっていう話は知らないに違いなかった。ぼくは思わず「申し訳ない」と割って入った。「このイザベラの態度はあなたに対して、そういう意味では決してないのです!」
イザベラが「そういう意味じゃないってどういうことよ?」と声をあげた。
「あの」ぼくは青い目の美しい人を見た。「どうかマグナスの頼みを聞いてあげてほしいんです。彼はあなたのことを大切に思ってそういっているのですから。ぼくだってあなたたちのことが心配……」
「サフソルム!」どこかから声がして、屋敷のほうから子供が飛び出してきた。子供は金髪で青い目をしていて、嬉しそうな顔をしてネコのほうへ向かってきた。
ネコは馬の上で顔を瞬時にヒッ、とひきつらせた。しかし逃げずに、やってきた子供からおいでと呼ばれるとなんということか、馬からおりて子供に近づき、抱きしめられるがままになったのだった。




