(12)マグナスの昔の話
12.マグナスの昔の話
ある晴れた日の朝、マグナスは数ヶ月ぶりにケアリーの森を訪れていた。緑の香りのする、居心地の良い森には相変わらず妖精たちが存在していて目ざとくマグナスを見つけると、人間とオオカミ一族の新しい夫婦についてお喋りを始めた。
街からはいちばんのはずれだが、森にはいちばん近い場所に建てられた家で二人は仲睦まじく暮らしている。オオカミのほうは人間の姿のままだから少々窮屈かもしれないが、実際そんなに問題でもない。人間の娘のほうは自分の家族からずいぶん嫌われてしまったけれども、いまの生活で幸せそう。オオカミ一族も大混乱だったみたいだけどねぇ。
「あなたがすべてうまく運ぶようにしたのでしょう?」と妖精が聞いた。
「もう運命は決まっていたよ。ほんの少し手伝っただけさ」マグナスはこたえた。
妖精たちがふふ、と笑った。「これからどこへ行くの?」
「アーウィズ家のお城さ。姉さんに会いに」
「ああ、あの美しいオオカミさんに。あの人はね、人間の姿も美しいけれどオオカミになったときもそれは息をのむ美しさよ。毛並みは繊細で、全てが白銀のように輝いているの」
へぇ、とマグナスはいった。
妖精たちはさらにふふふ、と笑いながらいった。「でもあの人を狙っているのなら遅かったわ。じきに結婚するという噂だから」
やがてマグナスは屋敷の前にくると、扉をノックして返事を待った。召使が顔をだし、マグナスは一階のホールへと連れて行かれた。
以前来た時には特に気にならなかったのに、今日は壁のあちこちにかかっている大きな肖像画が目に付いた。人間の姿をしているもの、オオカミの姿のもの、ほかにもケアリーの森に、美しい湖の風景やその周辺の山の描かれた絵も立派な額縁に入れられて壁に並んでいた。
ホールから外の庭と青い空、森の緑と遠くの山々を眺めているときに、マグナスはまたも後ろから声をかけられるまで彼女に気が付くことはできなかった。
「今日は何のご用? マグナス」
振り返った彼はそっと笑みを浮かべて彼女に近付いた。「きみの名前を聞いていなかった」
「そんなこと。ほかに用事があるのでしょう?」
「本当さ。それときみにおめでとうをいいに。弟のみならず……」
「弟のこと、そしてあなたのこと。一族は皆がっかりだった。ルパートは一族のすべてを受け継いで生きていくはずだったのに」
「でも森のはずれに住んでいる。完全に人間の社会に入ったわけじゃない」
「もういいの。じきに子供が生まれる。一族もあきらめたわ」
マグナスと女性は向かい合っていた。目と目があって、姉のほうは手を前に出した。マグナスはその手を両の手で持った。「それできみがここを受け継ぐことにした。新しい家族をここでつないでいくことにした」
「マリオンよ」
「マリオン、このお節介なおとこのことを怒ってるかい?」
「怒ってないわ。もうあきらめたといったでしょ。でも、そうよ、私がここで一族と、この屋敷、それに森や湖、山々をいつまでも守っていくの」
女は口元に微笑を浮かべた。「それであなたは? 弟たちをくっつけたがるくらいだもの。『共にいること以外、選べない』という、あなたの誰かさんも当然いるのでしょうね」
マグナスはずっとマリオンの白い手を持っていたが、まっすぐなマリオンの目から自分の目をそらし、手をそっとはなした。そして「弟たち夫婦はうまくやっているみたいで安心したよ」といった。「じきに……」
そこで黙ったマグナスにマリオンは問いかけた。「じきに……? なに?」
「いや、なんでもない。またきっとここに来るよ。きみの顔を見に。それともきみのご主人はほかのおとこがやってくるのをよく思わないだろうか?」
「ご主人? 私はこの屋敷の主人という立場を譲る気はないのだけれど」
ふたりは目を合わせると互いの表情につられて笑みを浮かべた。




