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ネコは大事だが歌うたいはそうでもない  作者: ヤマノ ミィオ
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(10)マグナスの昔の話

10. マグナスの昔の話

 森は大きく、木々はどれも我先にと空へ伸びていて、根元にはあまり光が届いていないくらいだった。それでもしっとりとした苔や小さな草木は豊かな緑色で、森のどこにいても気持ちの安らぐ空気で満ちていた。

 そこは人間の世界と隣り合わせの森だった。境目はあいまいで、人ではないものたちが多く住んでいたが、人が訪れることも多々あった。

 マグナスは森を歩きながら、時折現われるリスやウサギ、小鳥を見つけては、やぁと挨拶をした。小さな生き物たちも逃げもせず、軽い足取りで進んでいく人物を見守っていた。やがてマグナスのそばに光が小さく点々と現われ、数として三つほどがその足元をぐるぐると回りだした。

 光は今度はマグナスの顔や頭のあたりを飛びまわりはじめた。声がマグナスに聞こえてきた。「どこへ行くの?」

 マグナスは笑みをそっと浮かべた。「アーウィズ家のお城だよ」

「やっぱり!」と光たちはいった。「あのオオカミたちのところ!」

「友達かい?」

 問いかけに光たちが戸惑ったような声をだした。マグナスが掌を前に出すと光は次々と舞い降りた。目をこらすと、ぼうっと光っているところに妖精たちの姿が浮かんだ。

「友達じゃないけど、なんていうのかしら、こっちは森のなかをけっこう観察してるの」一人がそういうと、別の一人が続けた。「オオカミたちもこっちのこと気が付いているでしょうけど、なんていうのかしら、彼らはあんまり私たちに興味がないのよ」

 さらに別の一人が続けた。「あなたがやってきた理由を知ってるわ。オオカミの王子と人間のお姫様の恋を聞きつけてやってきたのよね」

 へぇ、そうなのかい? とマグナスがちょっとした感心の声をだすと、妖精たちは嬉々として口々に話を続けた。なんでも人間の美しいお姫様が馬車に乗って森に遊びにきたことがあったのだ。

 付き添いの者たちとは離れて森を一人で散歩をしていたら、王子と出くわしてしまったから、さぁ大変! 王子はちょうどそのとき動物の姿じゃなかったの、人間のほうの姿をしていたのよ。もし王子がそのとき動物のほうの姿だったらもっと用心して、うっかり顔を合わせるなんてことしなかったでしょうねぇ。どっちにしたって普通なら出会わぬはずの二人だったのに、なんていうのかしらねぇ、お姫様のほうが何か、人間界にはいない「何か」に、――三人はそこで申し合わせたようにプッとおかしそうに笑った――、出会ってみたい気分だったのよ、そうに違いないわ!

 マグナスは目的の場所に向けて歩き続けていた。アーウィズのお城という名前ではあるものの、そこに住んでいるのが王様や王子ではないことを知っていたし、さっきの娘もお姫様ではないことがわかっていた。それでも訂正することなく、妖精たちのお喋りに耳を傾けた。

「出会いはどうだったにせよ、二人はお互いにもう一度会いたいと思っている」

「ひとめぼれとか、運命の、とかっていう……」

「運命の何とかに関しての直感というものは間違ってないと思うのよ!」

「で、それを叶えにいくのよね?」

「私たちもついていっていい?」

 妖精たちはマグナスに問いかけ、答えを待った。マグナスは肩をすくめ、帰りにまたここを通るからそのときに話をするよ、と答えた。

 ひとりになったマグナスは、やがて石の門で囲まれた大きな屋敷に到着した。門を抜け、四角い石畳と規則正しく木が植えられている庭を通って数段の石の階段をのぼり、屋敷の扉をノックした。

 特に何の応答もなかったが、扉を押してみると開いたので中へ入った。人の気配はしなかったが、誰かが見ているような気がした。目の前に大きな階段があり、マグナスはそこをのぼっていくことにした。

 階段を登りきると、反対側に吹き抜けの大きなホールが見渡せた。ホールの向こう側は一面がガラス張りになっていて入ってきた方の庭とは別の、もっと広くて大きな噴水のある庭が見渡せた。

 マグナスは十分に感覚を研ぎ澄ませているつもりだったが、後ろから「どなた?」と声をかけられるまでその人物に気が付かなかった。

 振り返ると真っ赤な長いドレスを着て、黒髪を長く垂らし、すらりとした若い女が立っていた。瞳はきれいな青で真っ白な肌をしていた。

 マグナスは自分の名前を名乗り、勝手に入ってしまったことを詫びた。

「本当の不審者なら初めから入らせないわ」女はいった。

「本当の敵なら」とマグナスは続けた。「噛み付いているかい?」

 女は美しい顔の赤い口を少しゆるめた。「私たちのこと、よくご存知かしら?」

「アーウィズのオオカミ一族なら聞いたことがある。大きな体に雪のように真っ白な毛並み。頭が良いから間違ったことはしない。ずっと昔から続いている大きな家で、この辺りのどんなこともよく知っている」

「いま、みんなは狩りやら遊びやらにでかけているの。それで今日はどんなご用?」

 マグナスは少し笑顔を作り、きみの兄上か弟だろうか、ここにいる『王子』に会ってみたいんだといった。

「弟のことね。この間から私が部屋で休んでいると屋敷の外の木に何人もの妖精や小人が集まって話をしている。私に聞かせようとしているとしか思えないわね。私の耳がどれだけいいか知らないことはないでしょうに」

 マグナスはそれを聞いて、小さく頷いた。

 女は続けた。「弟が人間の娘を好きになった。妖精の偵察隊によれば人間の娘も弟のことを思い、いったいどうしたらよいだろうかと毎日眠れない夜を過ごしている。妖精たちはおもしろがって、娘に片時も弟のことを忘れないようにといろいろ仕掛けているみたい。あなたもそんなお節介な者たちの一人なのかしら?」

「きみはどう思う? 弟が人間と結婚するとしたら」

「当然反対だわ。そんなこと許されるのかしら? これまでに見たことも聞いたことも考えたこともない」

「でもあっても構わないじゃないか。きみにも特別な人がいるとしたら、きみのような美しい人を愛してる人がいるとしたらそれが分かるさ。共にいること以外、選べないってことを」

 女はそれに何も答えなかった。くるりと背中を向けると、弟が帰ってくるまで待っていたらいい、といって去っていった。

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