色づく世界たち3
遅くなりましたがつづきです。
暇つぶしにでもなれば幸いです。
校門をくぐると幼さの残る女の人の声が聞こえてきた。
「新入生のみなさーん!おはようございまーす!まず皆さんには体育館に集まってもらいまーす!そこでクラス表が発表されて、入学式がはじまりまーす!教室へは入学式が終わってからの移動になりまーす!繰り返しお伝え申し上げまーす!………」
「…………………小学生?」
「こっ、こらっ!ハルくん失礼すぎっ…!?」
「いや、だってあれはどうみても小さすぎだろ」
「だ、だからって人を見た目で決めちゃうなんて、ダメだよっ…!」
いや、しかし容姿もそうだが服装も服装だと思うんだが…。水色のワンピースに黄色の帽子って。
典型的な幼稚園児の服装じゃないか。かろうじてきっちり言葉が喋れてるから小学生かと思ったのだが。
「まぁ細かいことはいいじゃないか。それより俺たち新入生は体育館に行かないといけないらしいしはやく行こうよ」
「こ、細かいことなの…かな…?あっ、ま、待ってよハルくん!」
追求を断ち切るように体育館へ。体育館は校舎から少し離れた位置にあるらしく、校内のあちこちで在校生と思われる人たちが体育館への案内板を掲げていた。それを頼りに俺たちは歩いていく。
「結構校門から離れてるんだな体育館って」
「う、うん…。今までの学校でもこんなに離れてなかったよね?」
「そうだなぁ。中学なんて体育館が校舎のどこからでもアクセスできるとかいうおかしすぎる立地だったしな」
「あ、あはは…。あれはちょっと斬新すぎるというか…」
「中庭の代わりに体育館ってなんか息苦しかったよ」
「そっ、そう思うと結構遠いね」
コの字型の校舎をぐるりとまわり、更に奥へ。すると体育館独特の丸みを帯びた建物が見えてきた。
「あれじゃないかな?人も集まってるみたいだし」
その建物は校舎とはうってかわって新しい造りをしていて、周りから少し目立つように見える。
白亜の壁が特徴的でまぶしく、また屋根は漆黒に塗りつぶされておりとても対比が激しいものだった。
「今どきなのかなんなのかわかんねーけど、モノクロの建物ってなんか不気味だな」
「うっ、うん。で、でもあれがこの学校を有名にした一部らしい、よ?」
「ほー。そりゃどういった意味で?まさかホラー話とかで有名になったとか?」
「…………そっ、そうじゃない、よ?」
「なんだその間は。図星みたいだな?」
「ちっ、ちがっ…!そっ、そういう噂もあるけどっ…!」
「ほう。あるけど?」
「あっ、あの色の意味が有名でっ…」
「色?あのモノクロがか?」
「うっ、うん」
「たしかに意味ありげな雰囲気だけど何か大事な意図があるとは思えないんだけど」
「そっ、それがねっ…あの色の意味は…」
と。
「いやはや。まさかそんなに有名になってしまっているとは。お恥ずかしい限りです」
「ひゃっ?!」
泰然自若とした枯れかけの男の声と可愛らしい悲鳴が一つずつ。
「だっ、だれっ、誰ですかっ?!」
驚きすぎて呂律がまわっていないはるちゃん可愛いと思ったのは内緒。
「急に会話に加わり、驚かせてしまってすみません。私はこの学校に勤めている一介の教職員ですよ」
「せっ、先生方、でしたかっ…。すっ、すみません、取り乱してしまって…」
「いえ、こちらが一方的に話しかけたのですからこちらに非がありますよ。そう固くならなくて結構ですから。私はそんなに畏まられるほどの人間ではありませんよ」
あくまで低姿勢を貫く老紳士。
「おはようございます、先生。俺は今日からこの学校に入学する時田春臣と言いますが、何かご用があるのでしょうか?」
「おや、これはこれはご丁寧に。先に相手方に名乗らせてしまいましたね。大変申し訳ありません。少々私も気分が高揚していたらしく、多数の礼を失したことをお詫びいたします」
長々と、しかし流暢に詫びの口上を述べていく。
「私の名前は一改世と申します。以後お見知り置きを」
これまでの非礼を詫びるように深々と長い礼。
「一先生ですか。珍しい名字ですね」
一と名乗った老紳士は黒のスーツに白衣のようなものを纏っていて、それがあの体育館の対比を彷彿とさせるものに思えた。
「私も子供の頃はあまりこの名字に慣れなくてね。でも、今はそれなりには気に入っているつもりだよ。ああ、それから私のことは先生だなんて呼ばなくて結構ですよ。改世さんとでも呼んでくだされば幸いです。なにせ私はこの学校の『雑務』しか行っておりませんゆえ…」
どうも畏まられるのが苦手な人のよう。さっきの会話に入り込んでから今まで一度も相手を下として話していなかったことがそれを表していた。
「そっ、それは、失礼…すぎ…ませんか…?」
はるちゃんはそれが気になるようだけど。
「それはどうか気にしないでいただきたく思います。このような喋り方もただの性分なものでして」
にこやかな表情を崩さない改世さん。穏やかに年を重ねたような双眸で、どこか枯れた雰囲気を纏っている。
少し白髪が混じった髪は後ろで軽く結われており、『らしさ』がでていた。
「わっ、わかり、ました…。そ、それでは、かっ、改世さん…。あ、あの体育館のこと、なんですけど…」
「はい。あの外壁の意味ですが…おや?」
「どっ、どうかなさいました…か?」
「どうやら私たちは長話が少しだけ過ぎたようです」
そう言いながら改世さんは自分の腕時計を指さす。時刻は午前9時を示そうと秒針がチッチッチッと休まず動いていた。
「あっ!にゅ、入学式っ!」
「こりゃ遅刻だな」
「ハルくんはなんでそんなに落ち着いてるのっ?!」
「焦ったっていいこと無いからね。とりあえず体育館にいこう。すいません改世さん、この話はまたお会いした時にでもお願いします」
「ええ、こちらこそ申し訳ない。私が話しかけなければあなた方はこんなに慌てる必要などなかったのですから。ですがご安心ください。この件は教職員が私情で引き止めてしまったことですから、遅刻扱いにはさせないように取り計いますので、急がずに体育館へ向かってください」
「えっ、で、でもっ…」
「行こう、はるちゃん」
「だ、だって私たちがそのお話を…」
「改世さんがいいって言ってるだからそこは甘えないとね。他人の好意的な態度を無下にするのは失礼だからさ」
「……っ!」
「ほら、行くよっ!」
はるちゃんの手をガシッと掴んで歩き出す。少しはやく。
「あっ、は、はやいよハルくん!」
たたらを踏みながらもきっちりついてくる。
「では、どうかお気をつけて。また、きっとすぐに会えますよ」
そういって改世さんは俺たちにむかって一礼。
「あっ!かっ、改世さんっ!わたっ、私のなまえっ……はっ……」
はるちゃんの必死の名乗りは届いただろうか。それを知れぬまま、俺たちはモノクロの体育館の中へ足を踏み入れたのだった。
まだ続きます。
また書き次第投稿します。