色づく世界たち2
前回の続きです。
暇つぶし程度になれば幸いです。
「なんではるちゃんがこんな時間に?」
『だ、だって…今日から新しい学校だし、一緒に行こうってハルくんが言ってたから…』
頬を伝う冷や汗。
「はるちゃん。確認だけど、今何時?それでどこにいるの?」
『今は7時55分で私はハルくんのお家にいるんだけど……』
「……………………え?」
またしてもたっぷり3秒思考停止。
『だ、だからハルくんのお家にお邪魔してます…』
「…なんで?」
衝撃的事項が重なって俺の脳は考えることを放棄したらしく、疑問の言葉しかでてこなかった。
『その…20分ほど前にハルくんのお家の前に着いて待ってたら、玄関からハルくんのお母さんが出てきて……』
つまりだ。要約するとこうらしい。
俺がはるちゃんに一緒に新しい学校に行こうと昨日に言い、それを律儀に守ってくれたはるちゃんが俺の家に来たはいいもののインターホンを鳴らしていいか迷っている間に俺の母親と鉢合わせ。挨拶をし、俺を待っていることを伝えると俺の母親はニヤニヤしなが家にはるちゃんを招き入れ、自分はそそくさと仕事にいったらしい。
「まだあの子が寝坊助してたら直接部屋にいって起こしてもいいのよ?」
などと冷やかし言葉も忘れずに。
「……とりあえずわかった。今から急いで準備するから適当にくつろいでてくれ」
『うっ、うん』
了承の返事を聞き届けてから通話終了ボタンを押す。
そして布団から転がるように脱出し、寝巻きを脱ぐ。少し肌寒いが我慢我慢。昨日から壁にかけてあった制服を身につけていく。白のカッターシャツに赤色のネクタイを締め、紺色のブレザーを着こなしていく。紺色のスラックスを腰まで上げ黒色のベルトで固定して着替えは終了。中学までは私服登校だったため、制服を着て登校するのは今日が初めてである。
少しの緊張と嬉しさでどこか落ち着かない感覚だ。
今日は入学式だけのため持ち物は最低限でいいらしい。学校していの紺色のカバンに筆記用具だけを詰め、準備完了。
襖を開けて顔を洗いに洗面所へ。冷たい水がまだ寝ぼけている脳を活性化させていく。
タオルを手に取り顔に残った水滴を拭き、最後にパチッと頬を叩いた。7対3に分かれたサラッとしたストレートの黒髪が揺れる。
「今日から新しい学校かあ。最初が肝心だしキッチリしとかねぇとな…」
独り言を吐き出して洗面所を後にする。そのままはるちゃんが待っているであろうリビングへ。
「はるちゃんお待たせ。もういつでも行けるよ」
「おっ、おはよう…ハルくん」
「はるちゃん、適当にくつろいでおいてって言ってたのになんで正座なんだよ」
「だ、だってどうくつろげばいいかわからなかったんだもん…」
「そんなもん適当にテレビつけたり飲み物飲んだりしてたらいいのに」
「そっ、そんな勝手なことできないよっ!」
「あー、わかったわかった。ほら、もう家出ないと遅刻なんだろ?」
「ま、待ってよハルくん!」
あたふたと立ち上がり追いかけてくる。その姿が小さくて守ってあげたくなる可愛さがあるのだ。
背は小学生の頃からあまり伸びず、148cmらしい。親から遺伝したという少し暗めの茶髪は肩甲骨を覆うほどまでストレートに伸びており、その姿は紺色の制服も相まってキレイだった。内気そうな双眸は薄く見開かれており、どこか儚さを纏っていた。
そんな可愛らしい子がとてとてと後をついてくるのは何とも言い難い感情が芽生えてくるのだ。
昔からはるちゃんはそうだった。
自分から何をしたいと言うでもなく俺の後をついてくる。そんな関係が幼稚園からずっと続き、中学に入ってもその関係は変わらなかった。俺にとってはこれが普通で、変わらぬ日常なんだ。
二人並んで靴を履き、玄関のドアを開けて外へ。春の陽気といった感じの暖かさの風が肌をくすぐった。入学式というめでたい日に雨はおろか、雲ひとつすらない快晴である。新たな門出には嬉しい天気となった。
新しい学校までは時田家から歩いて15分ほどの場所に位置している。
「あー。今日から新しい学校かー」
「……うん。でも、歩いて行けるから少しだけ楽だね」
「そうかあ?俺は電車とかバスとかに乗って通学も悪くはないと思ったけどな」
「えっ…?じゃあなんで地元の高校にしたの?」
「……朝に起きれねぇから遠くの学校に行くのをやめたんだよ」
「そっ、そんな理由でっ?」
「ああ。それに、はるちゃんと偶然一緒の学校に入れたしそれはそれで良かったかなって」
知っている人がいるかいないかでは新しい環境に馴染むのに天と地ほどの差があるからであって決して寂しいからというわけではない。決して。
「……ありがとう」
「礼を言われるようなこては何もしてないが…」
「ハルくんがそう思っていなくても、私にとっては嬉しい出来事だったからありがとう、だよ」
「はるちゃん、そういう事はハッキリと言えるのに普段はおどおどしてるもんな。これがギャップってやつか」
見え見えの照れ隠しだがはるちゃんには効果があったようで、
「ちちちっ、違うよっ!わたっ、私そんなつもりじゃっ…!」
「ほら、もういつも通りになってる。やっぱりはるちゃんはこっちだな」
「も、もうっ!からかうなんてひどいよハルくん…」
他愛もない会話をしながら学校へ向かって歩いていく。俺の住んでいるところは典型的な再開発地区で、坂道がほとんどなく平坦な道ばかりで歩くのに負担がかからないのが利点だ。
「というかクラス分けとかどうするんだろ。そのこと説明あったっけ?」
「あ、私もそれだけわからなかったんだよ。学校に行ってから何か案内があるんじゃないかな…?」
「やっぱりそうだよなー。ま、学校着いてから次の行動を決めればいいだけだしな。最悪職員室に行けばわかるだろうし」
クラス分けがどうなるかわからないが、はるちゃんと一緒のクラスだったら安心だなと思ったのは秘密である。
「そういえば、なんではるちゃんはこの学校に決めたの?」
「あっ、あれっ?い、言ってなかったかな…?」
「聞いたかもしれないけど忘れたからさ」
「い、家から近いっていうのが理由の一つだけど…」
そこで言い淀む。
「けど?」
「わ、私たちがいく学校が少し特殊なことを売りにしているって聞いたことある?」
初耳だ。
「どういった意味で特殊なの?」
「そっ、それがあんまりわからなくて……。ただ、成績には全く関係がないらしいって噂があって…」
「ふーん。まあ成績に関係ないならどうせ大したことじゃないんだろうね。あーびっくりした」
安堵のため息を一つ吐き出す。
どんな特殊ルールがあるのかはわからないが、とりあえず成績に関係ないのなら当面は安心だ。
「あっ!もうすぐ学校だね」
「そうみたいだな。人がかなり多くなってきた感じだし」
校門と思われる場所が見えてくると、そこで記念撮影をしている人たちで溢れかえっていた。
そうか。入学式だってイベントの一つだもんなぁ。親がついてくるほうが多いのか。ウチの親は子供心を知ってかそれともただ無関心なだけかわからないが、俺が中学校に入ってからは学校行事に一切来なくなった。母親いわく、
「あんな窮屈なとこに行ってあんたを見て、ああ、成長してるんだなってわかるわけないじゃない。そばで成長を見守るのは小学生まで。それ以降は見放して見守るのよ」
などとよくわからないことを自慢げに言っていたが、俺はただ面倒くさいだけじゃないかと疑っている。まぁどちらにしろ来なくても何も弊害はないわけだ。
「あの人混み抜けたら昇降口っぽいし早くいこうぜ」
「うっ、うん!」
記念撮影の邪魔にならないようにタイミングを見計らって無事に校門をくぐる。今日から俺たちはここ、『永盛学園』に三年間お世話になる。卒業までいればの話だけど。
また書き次第投稿します。