本日の営業は終了しました。
今回、怒られて、語ります。
飲むと語ったり、喜怒哀楽激しくなったりする人、いるよね。
合言葉は、「物凄くシワ寄ってる」
予想はしていたよ。予想は。
物凄く怒髪天なカオルちゃんが、真っ赤な髪を逆立てて、仁王立ちで待ってるなんて。
カオルちゃんの店について早々、早苗は落ち着かない様子で目を泳がせまくっていた。
店の前にはカオルちゃんが待っているのだ。
物凄い目付き。人、泣かせそう。
物凄い殺気。人、逃げて行きそう。
ただでさえデカくて(身長推定2メートル)、目付き悪くて(切れ長で眼光鋭い)、派手なのに(真っ赤な髪)、仁王立ちってさぁ。
「早苗ちゃん着いたよ。潔くいこうか。大丈夫。骨は拾ってあげるよ。」
にこやかに原田さん、密かに怒ってますよね。
開け放たれた扉から、地面を見据えたまま降りる。
カオルちゃんの前に立つ。顔を上げて謝ろうと口を開いた。
「あ?」
腕を引かれ、カオルちゃんの膝の上に俯せになる。
小気味いい音が3回。
「痛い!」
お尻を叩かれた。物凄くジンジンする。
涙目で見上げると、半泣きのカオルちゃん。
「こんのバカ娘‼心配かけて!アタシがどれだけ心配したと思ってるの⁉女の子がムサイ野郎をつぶすんじゃないわよ‼」
そう言うと、両手の拳を目の下に当てて、オイオイ泣き出した。
上背2メートルあろうが、真っ赤で逆立った短髪だろうが、切れ長で眼光鋭かろうが、マッチョな体つきだろうが、額から眉間を通って左頬に伸びる傷痕があろうが、もとアメリカ海軍特殊部隊出身だろうが、多少オネェ言葉だろうが、多少仕草がオカマっぽかろうが、心配かけて泣かせたのはとても申し訳ない。
思わず早苗の目が潤んだ。
「ごめんね、カオルちゃん。心配してくれてありがとう。」
泣き崩れる巨体に腕を回し、肩までしか届かない手で慰めるようにさする。
「はいはい。感動の再開、良かったね。取り敢えず奥の部屋に運んでおいたから、あとよろしく。」
夜に不釣り合いな爽やかな笑顔でお代を受け取ると、タクシーは去っていった。
仕事中の原田さん、動き早い。
手を引かれ立ち上がると、店の中に進んだ。
階段を上って、重厚な扉を開けると、薄暗い中に店仕舞いした店内が見える。
ショットバー、インダスドリーム。
カウンター席が8席に、テーブル席が4席のこじんまりとした店だ。カウンターの向こうには様々な銘柄の酒が所狭しと並べられている。どれもキチンとラベルが見えるように整頓されている。グラスも曇りひとつなく輝いている。
店の奥に従業員用の休憩スペースがあり、3人はそこに敷かれた布団に寝かされていた。
2人で顔を見合わせると、各々にタオルケットを掛けた。
脱いで放ってあるジャケットをハンガーにかけておく。
まぁ、風邪を引くことはあるまい。
入ってきたとき同様、2人は静かに部屋を出た。
「座んなさい。まだ飲み足りないでしょ?」
「うん。じゃ、ジントニック下さい。」
カオルちゃんは口の端を少しあげると、にこりと微笑んだ。
カウンター席に座り、ジントニックを飲みながら、ぼんやりする。
・・・あーあ。おわっちゃったな。
時計を見れば2時近い。
さすがに待っていないだろう。
隣の席に置いた鞄を見ると、スマホが点滅している。
開くと、
『本日の営業は終了しました。次の予定はメールで。おやすみなさい。』
だよねぃ。スミマセンデシタ。
「アタシの楽しみまた来月。グッショブ」
「なにワケわかんないこと言ってんの。これでも食べて落ち着きなさい。」
お皿におにぎりとお新香が出てきた。
それをもっしもっし、ぱりぱり食べながら、ちょっと鼻を啜る。
酒とツマミが合わない気がする。
がっと酒をあおると、大吟醸を1本注文する。
「今日はあの日だったのね。」
ぽそりと呟かれた言葉に、肩が反応する。
ぐっと唇を噛むと、がっと酒をあおる。
半分位飲んだところで止まる。
奥の部屋から前園が出てきた。ものスッゴいしかめっ面で、足元がいくらかふらついている。
「レストルームなら左手奥よ。」
片手を上げて合図をすると更にしかめっ面で歩いていった。
前園が戻る頃には、大吟醸はあと2杯あるかないか位になっていた。
早苗の口は完全にへの字で、よく見れば目はウルウルしている。
「別に死んじゃう訳じゃないんだし、また会えるわよ。大丈夫。アイツが忘れるわけないじゃない。」
「だってカオルちゃん、メール、営業時間のお知らせって、またのご利用って。」
「ただの意地悪よぅ。早苗にしか送らないじゃない。おやすみってあるじゃない。」
「・・・」
「ね?」
「マスター、悪いが水をくれないか?喉が。」
二人の話に前園が割り込む。
カオルちゃんの顔がちょっと分かりやすいぐらいホッとする。
前園がじっと早苗を見る。
早苗はぐっと眉間にシワを寄せると1合升をテーブルに置いた。
「別にみなさんのせいではないです。気にしないでください。」
「あー、今更だけど、本当は一人で飲みたかったんだろ?すまなかった。」
「だから、みなさんのせいではありませんってば。振り切れなくて、八つ当たりで潰したアタシのせいです。ごめんなさい。」
瓶に残った酒を注ぎ、一気に流し込む。
そのときカオルちゃんがお冷やを持ってきた。
前園も一気に飲む。
「あー。聞くつもりはなかったんだが、誰かと会うつもりだったんだろう?」
「・・・今、全力で落としにかかってる人です。すごく意地悪で、性格歪んでて、こっちの都合お構いなしで、さも当然て思ってて、自分の見せ方とか、使い方とか知ってて、ホントに何でアタシ、あんなのがいいのか、全くわかりませ」
話の途中で落ちたらしい。
机に突っ伏して寝てる。
・・・物凄く眉間にシワ寄ってる。口、への字。
思わずマジマジと見てしまう。
さっきまであんなに飲んでいたのに、何で?
「あー、やっと寝たわね。大丈夫、寝ただけだから。」
・・・寝ただけですか?
物凄く疑り深くなったのは仕方ない。
カオルちゃんが大好きです。
戦車みたいに薙ぎ倒してほしいです。