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第一回戦―――私が文広との戦闘を行い、勝利した夜。
その一週間前の話だ。
私宛に、一通の封筒が届いた。
学校から帰ったばかりで、私は制服のまま封筒を手に取る。
普通の茶封筒であったが、宛名しか書いておらず、差出人は書いていない。
賞状のようなあしらいがプリントされた紙に『”オプティクム所持者”同士の大会を行いたいと思います』と書かれてあった。
”オプティクム”という単語は聞いたことがない。しかし、心当たりはあった。
”黒鎖刀”のことだろう。
一年前、私が魔女と敵対した時に持っていた、唯一の武器である。
”魔女事件”以来、常に私は黒鎖刀をなるべく傍に置いておくようにしていたが、やはり私はこの刀と共に戦う運命にある……のか?今更手放して、何もなかったことにすることはできないことは理解している。
紙には『詳細は後ほど説明させていただきます』とだけ続いていた。
「後ほどっていつなんですか……」
一人呟く。
仰々しい装飾のある手紙だが、内容は適当すぎるじゃないか。呆れて手紙を机の上に置く。制服を着替えようとしたとき、女の子の声がすぐそばで聞こえた。
「あの、すいません!」
私の自室に、一人の少女が現れていた。
「うわあ!」
白いとんがり帽子をかぶった、おさげの少女。白いワンピースを着ている。
育ちのよい中学生、というイメージだった。
「とつぜんごめんなさい!」ぺこりと頭を下げる。
「えっと……その……とりあえず靴を脱いでくれませんか」
少女はハッと驚いて、ベッドに腰掛けて靴を脱いで部屋の隅に並べた。
「これでいいですか?」
「……まあ、いい。このヘンな手紙を出したのは君かい?」
「そうです。私が変な差出人です」
「ふざけているんです?」
「ふざけてないですよおー」
「………………」
少女は私の部屋のベッドに許可なく腰掛ける。肝が据わっているのか、ずうずうしいのか。私も学習机の椅子に座り、話を聞くことにした。
「さて、詳細について説明させてもらいますね」
「無理やり話をつなげる。その前に聞かせてもらいたいんだけれど……君も魔女なのか?」
「魔女……はい。そんな感じです。私の話続けていいですか?どうせ聞いても答えられないこともありますし、喋れること洗いざらい喋ります」
「ム……そうですね。まずは聞きに徹しよう」
「ありがとうございますー。私は今回の大会の進行役と裏方を一人でやりますので、全部頭の中に入っているんですよー」
といいつつ小さな魔女はミニスカートのポケットの中から紙を一枚取り出す。
「”オプティクム所持者”の皆さん。はじめまして。まず、”オプティクム”について、お話をさせていただきます」
小さな魔女は四つ折りにされていた紙を読み上げていく。
「カンペは使うんですね……」
「実際、”オプティクム”についてわかっていることはほとんどありません。ですが、私たちが知る限り、現在七種の存在がわかっています」
「……七種類のオプティクム。他にもある可能性は?」
「うーん。まだわからないです。どれも共通して持ち主の体を強化し、武器によって異なる能力を与える武器を”オプティクム”と定義しています」
(自動で攻撃を弾くのは、黒鎖刀の能力ですね)
納得する。
「そして、その力が何なのか判明させるために、データを取るため、私たちは”オプティクム所持者”同士で戦闘をしてもらいたいと考えたのです。皆様の意欲を煽るためと言っては聞こえが悪いですが……優勝者にはささやかながら五百万円を差し上げるつもりです」
「ご、五百万……」
きな臭い。とはいえ、黒鎖刀の存在を知っている時点で、彼女とその裏組織は只者ではないのだろう。
私も今更、黒鎖刀を手放すつもりはない。黒鎖刀と共に戦う宿命がある。
「ハハハハハッ!面白そうな話をしているな!」
クローネが部屋の窓から飛び込んできた。
「お嬢ちゃん、私も混ぜてくれよ」
クローネは悪いたくらみをしている顔だ。
小さな魔女は私の方に助けを求めるように視線を向けた。
「……彼女は魔女です。クローネっていいます」
「オプティクムかなんだか知らんが、私が全部ぶっ殺してやるよ。それでいいんだろ?」
「よくないですよー」
「オレは本気だぞ?いざとなれば勇花の代理として出る」
「ちょっとちょっと……あなた、無理やりすぎですー」
「クローネ、やめてくださいよ。これは私がやります」
「チッ」クローネは舌打ちする。
「どうせ小間使いだろ?上司に言っとけ。最強の魔女がいるぞ……ってな!」
クローネは私の机の引き出しを開き、むんずと鉛筆を十本掴む。
私の机にストックされている鉛筆は綺麗に削がれて、先が全て尖っていた。
また物騒なことを……!止めようと手を伸ばしたが、クローネは瞬間移動で姿を消していた。
次の瞬間、小さな魔女の足元に、鉛筆が突き刺さった。そう認識した瞬間、ダダダダダダダ!!!と音が連続する。
――――魔女の裸足の足を囲うように鉛筆が並び立っていた。
「そのかわいい足をこいつで突き破ることもできたぜ?最強の魔女だ、オレは。相手が何を持っていようが、首切り三昧にする自信がある……能力なら、オレの方が上だし」
いつの間にかクローネは小さな魔女の背後に現れ、もたれかかるように手を小さな魔女の首に回し耳元でささやく。誘惑するかのように。
「オレは勇花をボコボコゴミクズにしてやりたいんだよ……あいつを殺すチャンスをくれ」
背丈的に、姉が妹をからかうように見える甘いささやき。
小さな魔女は顔を引きつらせる。
「大刀洗さん……この人……?」
「私は……参加させてもいいと思いますよ。人智を超えた能力を持つのは同じですから……その”オプティクム”と関係あるのかもしれませんし。ですけど」
私はクローネの目を睨む。
クローネも私を睨み返す。
「今回も私が正面から叩き潰すだけです」
「はははははっ!ずいぶん威勢がよくなったなァ!」
「と、とりあえず私は帰ります!またあとで来ますから!」
逃げるように小さな魔女は瞬間移動で消えていった。
「あ、あと私の名前はリィって言いますーこれからよろしくおねがいしますー」
と、小さな魔女の声だけが部屋に響いた。
「オレは死ぬまでオレだ。永遠を生きるオレが、顔に泥を塗られたまま逃げられるわけにはいかない。だから、お前を徹底的に殺す……ルールに乗っ取って、平等に」
「受けて立ちます……!」
「幸運は二度も続かん。一番ちっこいゴミ袋にそのまま突っ込んで海に沈めてやるよ!―――――はははははははっ!!!」
クローネが瞬間移動で消える。
一人残された私は、黒鎖刀の前に立つ。
「運命を司る黒鎖……私の一生は、戦うためにあるのでしょう」
黒鎖刀を手にした時点で、私の運命は剣に縛られた。だから、私は戦いの渦中へと突き進んでいく。
―――――――――――黒鎖刀の騎士は、戦いから逃れられない。戦いが終わる、その日まで。