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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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副長

「せっかくの性能も、これでは役に立ちませんね」


 セリオの言うとおりだった。

 航海の前半は順調に進んでいた。最初の向かい風、そこから風が回って追い風になっても、新しい帆は風をよくはらんで、ウラッカ号の小さな船体を素晴らしい速度で進めていた。

 今回の航路はまず北西に向かい、センピウスの勢力圏を北上するというものだった。マーリエ海中央部はストランディラが勢力を拡大しているが、思い切って西に行ってしまえばセンピウスの影がちらつくのでストランディラは出てこないだろうという目論見だった。

 心配されたマストの強度も今のところ問題ない。

 ただ、航海も半ばを過ぎた頃に、無風地帯に遭遇してしまった。

 風は全く吹かず、赤道直下の太陽が照りつけて船内の温度も高くなっていた。

 皆、体力を蝕まれ、水の消費量だけが増えていた。

 幸いに、俺がいるので真水の心配はなかったが、疲労していることに違いはない。


「そうだな。もう2日か……」

「さすがに全く進んでないわけではないんですがね……」


 時折、思い出したように風を感じるが、すぐに止んでしまう。

 昔から、凪の場合に使われる手段がいくつかある。

 一つは、帆に水をかけて少しでも風をよくはらむようにすること。だが、今回は高温ですぐ乾いてしまうし、さほど効果がなかった。

 ボートで漕いで船を引っ張る、という手段もある。だが、ただでさえ人数の少ないウラッカ号では、疲れる割に効果があるとは思えなかった。

 あとは、口笛を吹くと風が吹くという迷信を試す、神に祈るなどの方法があったが、どれも効果はなかった。

 俺にはあと一つあるんだが……


「うーん、1回試してみるか……セリオ、帆を動かして右斜め後ろから風を受けられるようにして」

「はあ、でも風なんて全く……いえ、了解です船長」


 セリオも暑さで参っているんだろう、色々と愚痴が出てしまっていた。

 彼の航海士としての仕事は上々だった。慣れない船長だからといって見くびることもなく、俺を立ててくれる。船や海に対する知識も豊富で、船員もうまく統率しているようだった。

 船員たちも一目おいているようだった。これは拾い物だったかもしれない。

 セリオの指揮のもと、帆が思った通りの配置になる。


「じゃあやってみるか」


 俺は、大きく魔力を込めて魔法で風を起こす。

 ドラコさんに教わった大きく魔力を込めるやり方を、俺はなんとかマスターしていた。

 風を起こして船が進むんだったら、他の魔法士もやればいいのに、という発想が出てくるかもしれない。だが、それは無理だ。並みの魔法士の起こす風では重い船を動かすほどの大風量を、持続的に起こすことなど出来ない。

 せいぜいが、帆がはらむ程度の風を数秒起こせるか、帆が垂れ下がったままのそよ風を数分起こせるかといった程度だ。何しろ、帆の面積は何千平方メートルもある。そこまで範囲を広げると、その程度にしかならないのだ。

 だが、俺の魔法は魔王仕込みだ。


「おお、これは……」「船長、すげえ」


 半信半疑、いやほとんど疑っていた船員たちが歓声を上げる。マストの上の旗をはためかせ、甲板に出ている皆の汗を乾かし、そして俺の起こした風は船を前に進めた。


「……だめだな」


 しばらくその状態が続いたあと、俺は魔法を解除した。

 たちまち風が収まり、元の凪の状態に戻る。

 セリオが俺に聞いてくる。


「船長、うまくいっているじゃないですか」

「ああ、でもせいぜい1時間だからね。俺の魔力じゃ……」


 それも、俺の魔力をほとんどつぎ込んでのことだ。魔力は1日寝れば回復する、というものではない。1時間全力で風を起こしたら回復に1週間はかかる。


「そうですか……そうですね、魔法の使い過ぎは死に直結するから無理出来ませんよね」


 驚いた。セリオは魔法士ではないのに、よく知っていたな。


「よく知っているな」

「あ……ええ、前に乗っていた船の魔法士に聞いたんですよ。だから傷を魔法で治すのも命がけだって」

「そうなんだよね……」


 そうか、彼も船で長い。この間のアリビオ号のリックのように、負傷したが魔力の欠乏が原因で治癒魔法をかけられないという場面を見ているのだろう。事情を知らないと、魔法士がサボっているように見えるが、魔法士自身もギリギリなのだ。


「結局凪の海域からは抜けられませんでしたなあ。ああ、こんな日は港の酒場が恋しくなりますよ」


 俺も思い出した。こういう暑い日は、ワインなんかより良く冷えた麦酒の方がいい。我ながら15歳にしておっさんと化している。さすがに保存出来ないので船には代わりにラム酒を積んでいるのだが……


「そうだなあ。じゃあ、今日の夜は当直なしで休みにしよう。酒も倍量支給する」

「え、いいんですか?」


 心なしか嬉しそうな声。


「状況が状況だし、このままじゃみんな参ってしまうだろう……ああ、この船には船医もいないから、健康管理も俺の仕事だしな。お前とガフは船長室で食事に付き合ってくれるか?」

「了解です、船長」


 見ると、素早く聞きつけた近くの船員が、下に走っていた。小さな船だし、広まるのはすぐだろう。これで、ちょっとは停滞した気持ちを元気づけられればいいが。




「いやあ、これは素晴らしい」

「こんな海の上とは思えないですだ」


 セリオとガフが、料理に賞賛を送る。前回は余裕がなかったが、今回は折角広い船長室を使えるので、私物の食料もちょっとは積んであった。

 活躍したのは個人用冷蔵庫。

 水用の樽の古いのを1つもらってきて、それを上下半分に切断。真ん中に穴のたくさん空いた板を挟んだものだった。下の樽には水が入っており、毎日魔法で凍らせてある。板に冷蔵したいものを乗せ、上から樽の上半分をかぶせれば完成。

 本当は冷気が下に溜まるから、逆のほうがいいのだろうが、溶けた氷が食材にかかって台無しになっては意味が無い。閉鎖した空間なので、十分冷やされているようだった。

 今回はそこからハムやチーズを出して、調理人にお願いして切ってもらった。メインは食べ飽きた塩漬け肉とオートミールの粥だったが、それでも食卓に彩りがあるだけでいつもよりうまく感じた。


「ま、俺としても毎日こんな食事をしているわけじゃないけどな。ワインもどんどんやってくれ」


 ワインも何本か持ち込んでいたので、惜しみなく出す。この2人は大酒飲みではないようなので、1・2本あれば大丈夫だろう。

 俺とガフは旧知なので、話題は主にセリオの事になった。


「セリオは何であんな風になったの?」

「あんな風、とは心外な」

「変態だす」

「変態? 普通ですよ。巨乳好きとか小さい子好きとかと同じですよ?」

「それにしても……獣人専門とは……」


 そう、出航前にセリオを探していた女性たちは、全員獣人だった。

 見たところ、大きいのも小さいのもいた。猫系がいた。狼系もいた。虎系もいた。ただ、その全員が獣人で大きめの耳に獣毛が生えており、しっぽがあった。


「獣耳としっぽが無い女性なんて、言ってみれば胸がぺったんこの女性と一緒です。俺には性的魅力が感じられません」


 胸がぺったんこの恋人がいる俺としては何も言えなかった。


「エルフやドワーフは? あのあたりも獣人の仲間なんでしょ?」

「ああ、彼らにもいい友だちはいます。でも、残念なことに獣耳としっぽが無いんですよ」


 それを残念、と言い切ってしまうあたり病んでいる。


「フリクルはしっぽがあるだすよ」

「えっ?」


 それは初耳だった。というか、見た事のあるフリクルなんてガフしかいないのだが、彼がしっぽを持っているとは知らなかった。


「まあ、大きい物じゃないから普段は表に出していないのが普通だすよ」

「あ……でも、ちょっと体格的に、体型的に……無いな」


 良かった。セリオはロリコンでは無いらしい。


「それ以前に、村を出てるフリクルなんて30人ぐらいしかいねえだす。女性のフリクルなんて北大陸中探しても1人見つかるかどうかだすよ」

「村にはどれぐらいいるの?」

「まあ、1000人は居ないだすな。それで世界中のフリクルの殆どだす」

「1つの村だけなの?」

「今のところはそうだす。だけど世界は広いから、どこかに別の集落や村があるかもしれんだす。おいらはそれを探しとるだすよ」


 船乗りは移動するだけあって情報を手に入れやすい。彼がこの職に付いているのはそういう理由もあったのか。それにしても、種族合わせて1000人未満とは、絶滅危惧種だな。

 食事を終え、食後の甘いワインを飲んでいる時に、俺はちょっと気になっていることを打ち明ける。


「ここだけの話にしておいてほしいんだが……」


 それまで、話題は色々だったが、当り障りのない楽しい会話に終始していた。それが突然打って変わって真剣な口調になったので、2人とも姿勢を正した。


「俺はもうちょっと船員と話すべきなんだろうか?」


 今は俺たちを含めて21人、全員の名前を知っているし、それなりに仕事ぶりについても見ていればわかる。だけど、船長になってから、船員それぞれの私的な分野について聞くのもおかしいかなと思って、距離が離れてきているような気がする。

 航海士としてやっていたアリビオ号では、あれだけ人数がいたのに、今よりも俺と水夫たちとの関係は近かったように思う。となると、やはり立場の違いなんだろうか……

 酒が入っていたこともあり、この場に3人しかいないこともあって、俺は包み隠さず、自分の疑問と不安について2人に話した。

 ややあって、セリオが最初に答える。


「難しい質問ですが……率直に言って、船長は1人1人のことを気にかける必要は無いと思います。船長が前に航海士をしていた船でも、船長はそんなものだったでしょう?」


 アリビオ号のフェルナンド・ガルシア船長は、確かにそういう感じだった。俺も直接よく話すようになったのは師匠が船を下りて、俺が正魔法士になってからだった気がする。一般の船員への命令はすべて航海士を通じて行い、直接話すことはあまりなかった気がする。

 それで、別に皆不満には思っていなかったようだし、尊敬もされていたが、果たして俺の求める船長像がそれでいいのだろうか? と疑問に思ったのも確かだ。


「確かに、アリビオ号はそうだったけど、この船は小さいし、俺も新米船長だから、色々気になってしまう。不満があるなら聞いておきたいし……」

「小さいとか、新米だとかは関係無いと思います。どんな船でも指揮命令系統があって、それにしたがって皆が命をかける、という点に違いは無いでしょう。それを守っておかなければ、いざという時に混乱のもとになります」

「おらもいいだすか? ……おらもいろんな船長を見てきただすが、全員その辺は違っとりましただよ。だから、好きにされるがいいだす。船長の役目は船を無事に港につけることだけだす。それをしておる限りは、何をしても許されるだす」


 セリオはつまり、ガルシア船長と同じで良いという。そして、ガフは好き好きにすればいいという。2人は俺より年齢も上だし、船乗りとしての経験もそうだ。鵜呑みにすることは出来ないが、よく考える必要があるだろう。


「まあ、そういうことを考えられるようになったということは、余裕が出来てきたってことだすな」


 そうかもしれない。忙しければそんなことに気を回す余裕すらない。その意味で、セリオが来てくれたことは助けになっている。


今回の豆知識:


ウラッカ号は赤道無風帯、というのに捕まっています。夏は北に、冬は南に移動するのですが、時期によって広かったり狭かったりします。

今回は運が悪かったということで。


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