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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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彼の選択

「うーん、難しいなあ」


 思わず声が出てしまう。お世話になっている師匠の家の食卓での事だった。

 別に食事中じゃない。今は夕方少し前、俺は自室ではなくて一階の大テーブルいっぱいに資料を広げていた。

 資料は、港の各倉庫や商人に聞き取りをしたり、役所の資料を書き写したりしたもので、ニスポスの品物の出入りに関するものだった。


「なんじゃなんじゃ」

「ケイン……難しい顔は良くないよ?」


 俺が食卓を選挙しているので、ソファでゆっくり午後のお茶を楽しんでいた師匠とパットが寄ってくる。


「貿易品目のことなんですけどね……こっちからタロッテに持っていくものがなかなか見つからなくて……」


 そう、それが悩みだ。

 タロッテからこちらに持ってくるものは、いくらでも思いつく。あそこには世界中から品物が集まってくるので、工芸品や織物など、こちらで高く売れそうなものが絶対にある。

 だが一方で、アンティロス、あるいはニスポスからとなると……


「ほう……他の船を参考に、というのでは駄目なのか?」

「アンティロスから、と言うよりは実質ニスポスからね……やっぱり、農作物?」

「確かにこちらに豊富なのはそれなんですよね。ソバートンやセベシアなら喜ばれるんですが……」

「なるほど、行き先が、な……」

「……どういうこと?」


 師匠はすぐに思い至ったようだが、パットはわからないらしく俺に説明を求めてきた。


「ニスポス周辺で作っているものは、大体タロッテより北で作っているものと同じなんだ。で、タロッテに持ち込むということは当然売り先がそっちになるわけで、わざわざ運ぶ意味がないんだよ」

「ふむ、まあ、その辺りは政策でわざと同じものを作っておるからな……」

「そうなんですよ。遠くから輸入しないで済むということで、優先的に小麦なんかを育てているんで……まあ、確かにトランドにとってはいいんでしょうが……」

「逆に向こうに対する商品がなくなるわけじゃな」


 作物は温度や降水量によって向き不向きがある。売れるからサトウキビを植えましょう、綿花を植えましょうといっても、ニスポス周辺では気候が合わない。

 その分今までタロッテを通して北から運んできていた小麦や羊毛は適している。

 トランドは、そうした遠方からの輸入に頼る必需品を、近場で内製しようという方針だった。

 鏡合わせで、そういう品を向こうに持って行っても、すでに近場で安く手に入るのだから競争力がなくなる。


「特産品とか無いの? 毛皮とか肉とか……」

「確かに、こっちにしかいない動物の毛皮なんかは売れるけど、肉は……食べられれば何でも一緒だと思っている人も多いだろうし」

「ううむ……将来のことを考えると競争力のある輸出品は必要かもしれんな……今はまだそこまで手が回っておらんが……」


 特産品の開発は優先順位が低いということだろう。


「師匠も本来のお仕事が大変でしょうが……」

「いや、なに、そちらの方も無関係ではないからな。やれやれ、この歳になっても日々勉強じゃよ。船に乗っていた時のほうが楽だったかもしれん」


 船を下りてもう2年ぐらいだろうか、その割に老け込んだ感じは受けないが……

 と、そこにお茶のおかわりのポットを持って来たマリアさんが突っ込みを入れる。


「よく言いますよ、その腰じゃもう無理ですよ」

「むむむ……そうかの?」


 夫婦のどちらに同意したものか、と考えて困ってしまった。そのとき、ふと、マリアさんにも聞いてみようという考えが浮かんだ。


「マリアさんは、何か売り物になりそうなものに心当たりは有りませんか?」

「そうねえ……と言っても私は生まれた時からずっとアンティロスだからね……タロッテに持って行って売れそうなものなんて……」


 この国に生まれても彼女のように船に乗る機会がない人もいる。


「じゃあ、聞き方を変えます。ニスポスが出来てから、何か手に入りやすくなったものとかありますか?」

「そうねえ、肉は安くなったわね。あと小麦なんかも……」

「ああ、そういえば、お茶が安いのが出てきているわね。ほら、あの緑色の」

「ああ、発酵させないお茶ですか……」


 つまり緑茶だ。こちらの世界では一般的ではないし、俺もニスポスで出されて、そういうのがあるのかと驚いたことがあった。


「そうですね、お茶はちょうど良いかもしれません」

「でも、あんなもの売り物になるのかしら? 安いだけがとりえのように思うんだけど……」


 一般的では無いかもしれないが、確か日本のペットボトルの緑茶がアメリカのIT企業で人気だった事があったはずだ。売り方次第では可能性があると俺は思った。



「なんだ、これ?」


 アリビオ号帰港、との知らせを受けて港に向かった俺が見たのは、あちこち壊れて応急処置をしてある船の姿だった。フォアマストも途中で折れて応急で継いであるのが見える。大きいものは塞がれているが、帆にいくつも穴が空いているのが見える。

 俺は、荷揚げの指揮を取る見慣れた顔を見つけ、声をかける。


「おい、カルロス」

「ああ、ケインか、ちょうどいい、荷揚げを手伝ってくれるか?」

「それは……いいけど、何があった?」


 やっぱり聞くよな、とつぶやいたカルロスは、怪我こそなかったが疲れがたまっているようだった。服もボロボロだ。こいつは身なりに気を使うタイプだったと思うが……


「海賊、いや、私掠船だな。セベシアからソバートンに向かう最中に1回、アンティロスに戻ってくるときに1回襲われた。ケイン、奴ら面倒なことになってるぜ」

「強いのか?」

「ああ、それに速い。1対1ならアリビオ号についてこれる船なんてそうは無いんだが、今回は粘られた」


 だが、何とか逃げ延びたということなのだろう。それでもこの有り様だ。


「負傷者は?」


 知った船員が何人か命を落としていた。そして、リックが砲撃の時に太ももに重傷を負ったらしい。


「リックは大丈夫なのか?」

「すこし傷が引きつるようだが、命に別状は無い。当直には立っているけど、あまり無理はさせられないな」

「そうか……」


 命があって何よりだったが、魔法で治せていない事が気になった。サイラスさんは治癒も普通に使えるから、リックが自然治癒させないといけないということは、それより重傷の者が多く、魔力が尽きてしまったのだと考えられる。

 時間が経ってしまうと、精神の方も傷を負った状態で固定されてしまうので、精神の形に肉体を変化させる原理の治癒魔法は効き目が無いのだ。


「ところで……」「ケイン、実は……」


 しばらく黙って荷物を運んでいた俺達は、同時に次の話を切り出そうとした。


「カルロスから先に言ってよ」

「ああ、実はな、俺アリビオ号を降りようと思っている」

「えっ?」


 どういうことだ? リックが他船の船長として転出し、カルロスがアリビオ号の一等航海士になる予定だと聞いていたが……

 そのことを聞いてみると、カルロスはこう続けた。


「確かにそうなんだがな……だけどこのままじゃいけないと思うんだ。いずれトランドはマーリエ海の西の方に立ち入ることができなくなる」

「じゃあ……」

「ああ……正直迷ったんだがな。お前が乗り込んできてすぐのあの事件のことも忘れたわけじゃない。だけど……俺は、海軍に入る」


 リーデ号の時に海軍の腐敗具合について思い知らされた。あの時、いったんカルロスはその道を蹴ったはずだった。


「……海軍に……大丈夫か?」

「大丈夫だ、俺は海軍で皆を守る」


 言い切った。いつになく真剣な声だった。

 そこで、カルロスは、急に声のトーンを明るくして続けた。


「今の俺だったら、航海士の身分で入れる。まだ16歳だし、すぐに士官に上がれるさ。運が良ければ2、3年で小さな船をもらえるかもしれない」


 心配させまいということだろう。大丈夫、俺はしっかりやっていける、そういうことなのだろう。どうやら、彼の決心は本物のようだった。それに、一人の海の男が決断したことに他人はとやかく言うべきではない。


「……そうか、うん、頑張ってくれ」


 それに対する俺の返事は、しかしちょっと頼りないものだった。


「おう、……それでケインの方は?」

「ああ、俺は……」


 先にカルロスに言われてしまったので言い出しにくいのだが、それでもこれは俺の選択だ。俺は、船を手に入れて独立するということを説明した。


「そうだな、ケインらしいと思うよ。そうか……自分の船をなあ」

「まあ、小さいし、うまく儲けが出せるかどうかも、まだわからないけどね」

「大丈夫、お前ならやれるさ。あ……でも、トランドが危なくなったら助けてくれよ。なんせ『魔人』とまで言われた男なんだから……」


 そういえばそんな名前もありましたね。


「はははは、最近は『下水道』らしいけどね」

「何のこと?」

「いや、こっちの話。それより、一段落したら一度リックたちとも食事しようよ」

「ああ、そうだな……あ、もうケインはこの船の乗員じゃないんだったな。じゃあ手伝ってもらうのも悪いか……」

「まあ構わないけど、あ、そうだ、先に船長たちに挨拶してきていいか?」

「そういうことなら、行って来いよ」

「じゃあ、また連絡するよ」

「ああ、また」


 そうか、カルロスが……

 俺はちょっとびっくりしたが、それも彼の選択だ。



「そうか、ではまだ俺はこの船を離れられないな」


 リックは、まだ歩く時には足を引きずっているようだが、ともかく足を失うようなことにはなっていなかった。その点は幸運だったのかもしれない。


「すいません、もしかしたら俺が機会を奪ってしまったのかも……」

「ああ、まあ、ちょうど怪我を治さないといけないし、しばらくはこの船でお世話になってるよ。小さい船で今の海を旅するのは、正直あんまり自信がないしね」

「やっぱりそんなに物騒ですか?」

「うん、直接襲われたのは2回だけど、怪しい船を見かける頻度は確実に増えているよね。ケインは大丈夫? 小さい船なんだろ?」

「はい、まだ改装中ですけど……ちょっと武装を考え直した方がいいですね」

「しっかりしてくれよ。多分トランド最年少の船長なんだから、将来偉大な海の男になってもらわないと……」

「はい、がんばります」


 そして、船長やその他の顔見知りにも挨拶して、俺は懐かしいアリビオ号を離れた。

 サイラスさんには、今後継続してアリビオ号に乗る気があるかどうか聞いてみたが、問題無いとの事だった。次回からは航海士をリック、マルコの2人、魔法士をサイラスさんにしてアリビオ号は航海することになる。ああ、ジャックさんも戻るし、結局降りるのは俺とカルロスだけだな。

 少しさびしい気もするが、船乗りはそういうものかもしれない。

 別れなしには前に進めないんだろう。だから、船乗りには酒飲みが多いのかもしれない。


今回の豆知識:


イギリス海軍の小説だと、軍艦の士官になるには、士官候補生もしくは航海士が任官試験を受けることになっています。当然、航海士のほうが士官候補生より上の立場で、給料も良いため、ポストに空きがなく士官になれない候補生が、つなぎとして航海士として仕事をしている場合もあったそうです。

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