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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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アンティロスでの多忙な日々(2)

 さて、時間の掛かりそうな船のことと、当面の資金の算段はついた。

 だが、早めに済ませておかなくてはいけないことがもう一つある。

 しばらく離れていたせいで自分でも半ば忘れていたが、俺はまだアリビオ号の船員なのだ。


 さて、アリビオ号の入港はまだ先と聞いている。ウラッカ号の改装が終わるまでには帰ってくるはずだが、そのタイミング、というのも遅すぎる。ここはやはり自分で先に挨拶しておくべきだろう。

 師匠と一緒に?

 それも考えたが、師匠は引退した身だし、今の俺は保護者の必要な子供ではない。これから一つの船の船長、そして船主としてやっていこうとしているのだから、そういうことも一人でやるのが筋だろう。

 と、考えながら船に向かうと向こうから見慣れた顔がやってきた。カイラさんだ。

 彼女は相変わらず黒い。いや、肌は白いし、髪も染めているせいなのは知っているが、服装はいつも黒や暗い色を基調にしているようだ。

 職業意識なのか、アンティロスでは暑くなってきたこの1月でも決して半袖などの肌の露出が高い服は着ようとしない。


「あれ? 忘れ物ですか?」

「そうじゃないんだ。ケイン、ちょっとお前に話があってな」

「なんです?」

「話というか、頼みなんだが……ケインはこのままウラッカ号で航海すると聞いたが、それはいいか?」

「あ、はい、そのつもりで動いてますが……」

「ならば、兄のこと、アリビオ号で雇ってもらえるように口利きしてもらえないか?」


 カイラさんのお兄さん、サイラスさんは現在自由の身ではない。

 現在俺の代わりにアリビオ号に魔法士として乗船しているが、元はといえばアリビオ号を拿捕しようという陰謀に加担していたのだ。

 はたして、自分たちを陥れようとした彼に、アリビオ号のクルーがどういう感情を抱いているか心配なところはあったのだが、事前にカルロスや船長に確認したところ「気をつけて置くが大丈夫だろう」とのことだった。

 魔法士は船の中ではある程度浮いた存在だし、本人も気弱だがいい人なのでやって行けていると信じたい。


「でも、アリビオ号でずっとですか? 俺はアリビオ号以外の船でやっていった方がいいと思うんですが……それにカイラさんじゃなくて本人がどう思っているか……」

「実は、兄からの手紙が宿に届いていたのだ」

「あれ? 家じゃなくてアンティロスの宿にですか?」

「どうも宛先を間違えたらしい。我が兄ながらそそっかしい」


 それはカイラさんの兄として当然の姿かもしれない。今までの印象では「カイラさんの兄なのにしっかりしている」という方が強いが、「やはりカイラさんの兄」なのだろう。


「あれ? そうか、そういえば今二周目ですよね」


 予定では、サイラスさんは一航海だけ乗船するはずだった。


「その辺りの経緯も書いてあった。ケインが戻らないので、ちょうどいい魔法士も見つからずに続けて乗船することになったらしい」


 ああ、俺のせいだったか。これは悪いことをした。


「嫌々、というわけではなかったらしい。アリビオ号でもうまくやっていけているそうで、将来でもこの船で働けたらうれしいというような事が書いてあった」

「そうですか……ならば、俺が抜ければうまく収まりますね……わかりました、推薦しておきます」

「そうか! よかった。私も危険な仕事をしているからな。兄の行く末はちょっと心配だったのだ」


 カイラさんは兄思いのいい人だと思う。兄のためにわざわざこちらに引っ越して来たのだ。この兄妹には幸せになってほしい。それはそうと……


「カイラさんはこれからどうします?」

「ああ、私か。また南で冒険者を続けることになると思う。ケインの船では雇ってもらえないんだろう?」

「ええ、しばらく交易に専念する予定ですから、ちょっと冒険者が必要な場面はありませんね……すいません」

「謝る必要なんて無い。冒険者はそういうものだ」


 常に雇われているなら、それは冒険者ではない。そんなことを度々マテリエさんやカイラさんは口にしていた。たとえ常に仕事があるわけでもない不安があったとしても、それでも自由な立場を選ぶというのが冒険者という生き方なのだと、誇らしげに言っていたものだ。

 地球でいうところのフリーランスという生き方に近いかもしれない。そういう点では、俺は脱サラ1年生の零細企業の社長ということになるのだろう。


「……そうですね、また力が必要になったらお借りすることになるかもしれません」

「うむ、その時は……」

「おうい、おめえらも忘れ物か?」

「あ、ジャックさん」


 背後からかかった声は、相変わらずのガラガラ声だった。船員生活が長いから? あるいは大酒飲みだからだろうか? 俺は身近な船員と大酒飲みを思い出してみるが、船員はたいてい大酒飲みなのであまり参考にならないことに気づいた。


「ちょっと話していただけだ。ジャックはなにか船に忘れ物があるのか?」

「ああ、カットラスがな。武器箱に突っ込んでいるだけだから忘れちまった」

「それなら、すでに借りた倉庫に運んでありますよ」

「おお、そうか、悪いな。じゃあそっちを見に行くぜ」


 ジャックさんのカットラスは、他の人と体型や身長が違うので、専用の私物だった。とはいっても、別に高級品というわけではないので扱いがぞんざいなのだった。アリビオ号でも船の武器箱に共用のものと一緒に突っ込んであった。


「あ、鍵がかかっているから俺も同行します。……じゃあ、カイラさん、また」

「ああ、一度マテリエも交えてまた会おう」

「そうですね。近いうちに」


 俺はカイラさんに別れを告げ、ジャックさんの後を追いかける。

 今回は自分の船なので、倉庫も共有のものを使用している。アリビオ号の場合専用の倉庫があるのだが、俺の場合は賃貸料を払って共用の倉庫を使用しなくてはならない。

 俺が借りているのは、ウラッカ号のような小型船のためのもので、倉庫の中がいくつかの小さな部屋に分けられており、それぞれ別の鍵が付いている。もちろん、入り口には門番が立っており、そこでも鍵の提示を求められる。

 俺はジャックさんと同行して、借りている倉庫から目的のものを持ちだした。


「抜き身なんで一応布か何かでくるんでおいてくださいね」

「ああ、わかっとる」


 冒険者の武器のように持ち歩くことが前提じゃないので、さやが無いのだ。


「そういや、今度の航海は俺がついていかなくていいのかい?」


 その辺りに転がっていたボロ布を刀身に巻きながら、ジャックさんはそんなことを聞いてきた。


「ええ、来ていただけると心強いのは確かなんですが、今回は船員も少ないですからジャックさんの力を活かしてもらえないんじゃないかと思います」

「そうか……前回で24人だったっけか」

「ええ、それにジャックさんと……直前にパットが来ましたから26人でしたね。改装した後だともう少し減らせると思います。20人弱ぐらいで動かせるように考えています」

「大丈夫か?」


 ジャックさんがぎろっとした目を向けてくる。薄暗い倉庫の中で、その目は薄く光っているようだった。


「ええ、いくつか新機軸を盛り込んだので大丈夫のはずです」

「だが、その分いざというときの戦力が厳しいんじゃねえか?」

「それは……そうですね」

「ちょっとは襲われることも考えておいたほうがいいと思うぜ」

「はい、考えておきます」

「よしよし、まあ、とりあえずはお別れってことになるが、お前は素直なのがいいところだ。これからも人の言うことはよく聞いて頑張るんだぜ」

「はい、ありがとうございます」


 戦力か……確かに、ウラッカ号はドラコさんが下りた今、海賊に襲われればひとたまりもない。そういう意味ではジャックさんの言うように戦えるようにしておいた方がいいのだろうか? ただ、あれぐらいの小型船が少々武装したところで、戦力が充実した海賊船にかなうわけもない。海賊にあったら逃げの一手というのが普通だ。

 今回の改装でウラッカ号の速力は上がるはずだが、それがどの程度のものか……コンピューターシミュレーションなど出来ないこちらでは、実際に試してみるまでわからない。

 その結果次第では……武装強化も考えないといけないだろう。


 俺は、ジャックさんと別れると、港にあるガルシア家の事務所に向かった。

 最終的には船長や、その父であるガルシア家当主フランシスコさんと話をしないといけないだろうが、師匠のコネで会うので無い限り、正式に事務所を通した方がいいだろう。

 と、思っていたら偶然にフランシスコさんが在席しているとのこと。

 俺は、「多忙でなければ」と前置きして、フランシスコさんと面会させてほしい旨を事務所の受付の人に告げた。


「おお、ケイン、今回はまた面倒なことに巻き込まれたようだな。無事で何よりだ」

「ご心配おかけして申し訳ありません、フランシスコ様。それと、事前の連絡なしに仕事を離れたことも合わせてお詫びします」

「うむ、宰相の頼みとあれば仕方ないだろう。何より外交的にも重要な任務であったと聞いている。トランドの為に働いてくれたのであれば責めることではない」


 トランドの数少ない友好国、いやあれは国なのだろうか? ともかく、第三魔王領との関係を悪化させることは得策ではない。

 そういう意味で、魔王とつながりが持てたことは俺個人にとっても有意義だったし、難題を叶えたということでトランドも魔王領に貸しを作れたことになる。確かに国のためになることを成し遂げたのかも知れない。


「それで……」


 俺は、本題を切り出した。自分が小さな船を手に入れたこと、その船で航海して交易を始めようとしていることなどを説明するのを、フランシスコさんは時折質問を挟みながら真剣な顔で聞いてくれた。


「ケイン」


 しばらくの沈黙の後、フランシスコさんはおもむろに口を開いた。


「例えばその船、ガルシア家のものとして使用するというわけにはいかないのか?」

「それも考えましたが、ガルシア家の船とするには小さすぎると思います。それに、私としてはタロッテとアンティロス間の交易をしなければならない個人的な事情があります。この航路で儲けが出るかどうかわかりませんが、自分の都合ですから責任は全て自分でとりたいと思っています」

「ううむ、確かに、タロッテとではすでにかなりの船が往復しているから、あまりいい航路とは言えない。わしの経験でも、厳しいと思うぞ」

「一応、幾つか案はあります」

「それは……いや、独立するというならわしとお前は商売敵だな。聞かないほうが良かろう」


 そこで、フランシスコさんは右の口角を上げ、ニヤリと効果音が聞こえてきそうな表情を作った。うーむ、こういうところは年季の入った船乗りらしく、実に様になっている。

 そして再び真剣な顔になったフランシスコさんはこう続けた。


「同時に、独立するということはもうわしが助けてやれることは無い。破産してどこかで野垂れ死んでしまうかもしれない。その覚悟は……あるんだな?」


 独立するということは自分で責任を取るということ。

 フランシスコさんのその問いかけは、自らもその重圧に耐えた者だからこその重みがあるように思えた。


「はい。覚悟しています」


 俺も、しっかりと自分の決意を口にする。


「よし、ならばもう引き止めはせん。だが、あえてこう言わせてもらうが、自分一人で全てやろうとするなよ」

「え?」

「責任は自分で取れ。だが、それは全てを自分でやれということじゃない。出来る仕事は他人に任せていかないと自分が潰れる事になる」


 確かに、心当たりはある。

 タロッテでの商品の買い付け、こちらでの船の入港、荷揚げ、改装の手配、魔法書の売り込みまで自分一人でやっていた。

 正直、かなり疲れはたまっている。できれば他の船員に任せようとも思うが、最初だし自分でないと出来ないことが多いから、ということで全部自分が動いてしまっている。

 今後のことを考えると、それでは駄目だ。

 俺は先輩のアドバイスを胸に刻んで、その場を後にした。

 考えることは多かった。


今回の豆知識:


内容とは直接関係ないのですが……

第四章は、実は直前まで予定にありませんでした。ですが、時系列の関係で次の話に行く前にやっておかないといけないことがありまして、それを別枠で書く必要が出来たのです。そのため、どちらかというと大事件の無い「日常編」あるいは「交易の日々」といった内容になると思います。長さもこれまでの「1つの章で大体10万字」というものより少なくなる可能性があります。

ちょっとダラダラした内容に思えるかも知れませんが、そういう意図ですのでよろしくお願いします。

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