その名も高き……
次は2時間後、本日21日12時に投稿です。
「は?」
俺はどういう意味かわからなかった。いや、俺はすでに魔法使いなんだが……
「なんだよー。せっかくユークより少し前の時代から来たって聞いたから、当時流行ったネタを使ったのに……ひょっとして君リア充? アニメとか見ない?」
テンションの高さと、言動の意味不明さで、俺は返す言葉が無かった。
というか、なんでこの小動物は言葉をしゃべる? そしてなぜ、俺の出自を知っている?
「……まあいいや、とりあえず自己紹介。僕はアンタルトカリケ、しがない小動物さ。名前が長いからアンでもアンタでも適当に略して呼んでいいよ」
「アンタ」は略称だったのか……「マック」と「マクド」みたいなものだな。それにしても、意味不明な存在だ。しがない小動物は普通喋らない。
俺は説明を求めてドラコさんに視線を向ける。
「ああ、こいつはな……こんな風に見えても……元魔王だ」
「ユーク、言葉は正確に使おうよ……正しくは元”大”魔王だから、そこんとこよろしく」
「大……魔王?」
「元、だよ。昔ちょっと失敗してね、今じゃ本当にしがない小動物さ」
「さっさと滅びていて欲しかったがな……弱い気配を感じて、それがお前だったと知った時にはびっくりしたぜ。おい、ケイン、こいつは地球を征服しようと企んだ悪いやつだ。俺達が阻止したがな」
すると、ドラコさんが通信で言っていた気配、というのはこの存在だったのだ。そういえば、ここはあの転移門と位置的には近いはず、それで正体がわかって心配いらないと判断したのかもしれない。
しかし、それにしても地球を征服とはただごとではない。それをドラコさん達が阻止したというのにも驚いた。力を失っているということだが、果たして信用に足るのか……
「ドラコさん……どうして俺をこの、アンタ……さんに?」
「うん、それはな……ちょっと気になる事があったから……」
「何だいユーク? 僕はここで魔力の補充に忙しいんだから、用件があるならさっさと言ってよ」
「魔力補充? お前まさか復活を狙って……」
「当然だよ。いつまでもこんな弱い状態で居られないからね。ここはちょうどいい。襲われる心配も無いし定期的に魔力も漏れてくるしね……」
「定期的……って、もしかして空間維持の魔力を横取りしているってことか!」
さっきドラコさんは、この圧縮空間を維持するのに「ギリギリ」と言っていた。だが、実際には余裕分をこの小動物が吸い取っていたらしい。
「怒るなよ。大丈夫、僕もこんな居心地のいい場所を失いたくないからね。ちゃんと加減はしているよ。できればあと300年ぐらいは保ってほしいからね」
大魔王の復活はまだ先のことらしい。
「よーし、言ったな。じゃあ見逃してやる代わりに魔力が足りなかったらお前が補填しろ」
「えー、やだよ。復活が遅れるじゃないか」
「復活前に滅ぼしてやろうか?」
「うわなにをするやめ……わかったよ。でも上の町の人間には黙っておいてくれよ。手抜きされて魔力が漏れてこなかったら僕も居られなくなるんだから……」
「……よし、じゃあ取引成立だ。あと300年はおとなしくしてろよ」
300年後、大魔王が復活して世界は恐怖に震えることになるのだろうか? 今のうちにこっそり伝承とか残しておいてやろうか……俺は取引には加わってないし……
などと、未来の人間を心配している余裕が出てきたところで、俺はドラコさんの言葉に固まった。
「それで、お前に聞きたいのは、ある存在についてのことだ。アンタ、お前は『神』についてどれだけ知っている?」
「『神』か……ユーク、理由を聞いてもいい? それによって話せることが変わるから」
それまでは余裕ある口調で、見た目に合わせたのか小動物っぽい仕草なんかも織り交ぜて応じていたアンタルトカリケは、突然雰囲気を変え、動きもやめて姿勢を正した。
じっとしていると、むしろぬいぐるみに見えてしまう。こんなに存在力を漏れ出させている異様な雰囲気のぬいぐるみは無いと思うが……
ドラコさんもそれを見て、元々鋭い目に一層真剣さが宿ったようだった。
「……最近の、それこそここ数ヶ月の事件の中で、やたらと『神』という言葉を聞くようになった。単なる気のせいかとも思ったんだが、どこか引っかかるところがあってな……まず発端は『聖者』と名乗る奴が……」
この運河「タロッテの楔」は、ほぼ閉鎖空間だ。風も吹かないので舟の上の俺達が動きを止めると水面が静まって平らになっていく。
それなのに、水面からは嗅ぎ慣れた臭いがするのだから、俺は一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。
目は海ではありえない静水面を、鼻は潮の香りを、それぞれ矛盾した情報を同時に伝えてくるので、脳が混乱してしまったのだろう。そして、耳からはドラコさんが説明する、今回の事件の概要が、現実離れしてトランス状態の脳に、お経のように染み入ってきていた。
「……それとケインが……」
突然自分の名前が呼ばれた気がして、夢から現実に引き戻された。
いや、それまでだって何度も俺の名前は話の中に出ていたはず。
ただ、今回はそれと違う雰囲気を感じたのだ。
「……こっちの世界に来るときに神様とやらに会っているらしいんだ。詳しくは聞いていないが、そのことも気になってな……」
それまで、ぬいぐるみのようにじっとしていた白い小動物は、ドラコさんの話が終わると、長く大きな尻尾を水面にパチャパチャやり始めた。
静かだった水面に波紋が広がる。
しばらくそうしていた後、不意にしっぽを水から引き上げると、彼は口を開いた。
「ケイン君にもわかるように話したほうがいいよね?」
「当然だ、そのためにも連れてきたんだからな」
「じゃあ、まずはケイン君に質問。魔族って何だと思う?」
魔族に関して、俺の知識は師匠に教えてもらったものだけだ。
「意志の力、存在力が人間に比べて多くて、そのために姿を変えたり年を取らなかったりする存在、と聞いています」
「……まあ、大体は間違ってないね。詳しく言うと、自分の意志だけで存在を保つことが出来るのが魔族だよ。例えば僕はすでに何千年も存在しているけど、それは僕がそういう意志を持っているからだ……」
すると、存在するという意志を失った魔族は滅びる、ということだろうか? 魔族との戦いは心を折る戦いになるのかもしれない。魔族相手に防御を固めながら罵詈雑言を浴びせかけて自殺に追い込む冒険者の姿が頭に浮かび、俺はげんなりした。世界よ、これが最高位の魔族級冒険者の正体だ。
「……なんか変なことを考えているようだけど、普通に肉体を再生するのにも魔力、の元になる意志の力を使うから、凄腕の剣士だったら剣だけで魔族を倒すことだって出来るよ」
世界よ、先程は魔族級冒険者の正体について不適切な表現がありました。訂正してお詫び申し上げます。というか、考えが読まれている?
「うん、そうだよ。……で、普通の生き物はそうはいかないよね? どんなに生きる意志があっても寿命が来れば死ぬし、ドワーフがエルフみたいな姿になりたいと思っても無理だ。ついでに、貧乳の16歳がどんなに望んでも巨乳になれないっていうのも同じ」
最後のはやっぱり考えが読まれているのか……
「魔族はそれが全部出来る。だから魔族は基本的に他者に依存しない。極端に言うと自分以外の世界全てから切り離されても存在できるということだね」
そこでドラコさんが口を挟む。
「魔族とことを構える時のために教えておくが、それは性格にも現れている。大多数の魔族は自分勝手で、仲間とか同胞という概念が無い。つまり、報復とか共闘とかは考えなくていいんだ」
「あれ? 前に第一魔王が組織を作っているって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、あいつか……あいつは、なあ……ちょっと変わり者だから……」
「ユーク、君が他の魔族のことを変わり者だなんて、言えた義理じゃないと思うけど? ……それに、魔族といったってお互いの関係が全く無いってわけじゃないんだよ。あるものは力で、あるものは義理や友情で、魔族が群れることもある。そうして出来た集団の最上位のことを、皆が『魔王』と呼んでいるわけさ」
魔王とは、そういう意味だったのか。
他者に依存しない魔族が、それでも自分たちの最上位として認められ、担ぎあげられるだけの何かを持った存在。想像を絶する力の頂点。
「まあ、最上位が複数いるっていうのも変な話だがな」
「300年もしたら僕がまた統一して大魔王を名乗るからよろしくね」
「俺は別にてっぺんに興味はねえから勝手にしな」
やっぱり、今のうちに予言の書でも残しておいた方がいいだろうか……
今回の豆知識:
色々ネタが散りばめられていますが、それを発言しているのはほとんどが名前の長いあの人です。
今後本作では語られることが無いのでバラしますが、彼は地球側の「実験」で開いた次元の穴に自ら飛び込んで、地球とこの世界両方を繋ぐ穴を固定化しようと企みました。それをレイン達に阻止され、自分の存在ごと地球と切り離されて弱体化したわけです。
地球の知識だけはその時に手に入れています。




