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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第三章 15歳編 船長と魔王
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深夜の教会

「こっちだ」


 覆面でくぐもったグルドの声が聞こえる。

 東大通のすぐ脇にある下水溝は、よく人が出入りしているのか、足場が確保されていた。


「こんなところが……」


 昼に来た時には見落としていた。

 ひたすら東側ばかりに集中していたためか、東6号の西側に開いたそれには気が付かなかったのだ。


「まあ、うまく隠してあるからな」


 覆面越しに、やや誇らしげな声が発せられる。


「別に、褒められたことじゃ……ない」


 パットの冷静な突っ込みが入る。


「大丈夫? 走り通しで」

「うん、まだ大丈夫」


 さすがに女の子の体力でこの距離は辛いだろうと思うが、もしかすると身体強化でも使っているのかもしれない。

 なんとか地上に出た。

 荷車の倉庫の側だった。道には壊れた荷車や材料の木材が積まれて、本来の幅が半分ぐらいになっている。

 裏通りから表に出ても、すでにこの時間だ。人影が無かった。

 ようやく地下の臭いから解放された。

 残っているのは俺達自身から発せられる臭いだ。

 このままでは宿にも戻れないな。

 皆、汚水に突っ込みこそしなかったが、はねた汚水が靴や裾に付着しているのかもしれない。

 大通りをまたいで東に入る。

 これまでは一応まばらではあったが存在した街灯が、こちらにはない。

 皆寝静まっているのか、真っ暗で月明かりだけが頼りだ。

 ここでは魔法を使ってしまうと目立ちすぎる。

 夜目が効かない、全くの人間族である俺とパットには大変だったが、先を行くカイラさんが気をつけてくれているおかげで、なんとか転ばずについていける。

 勢い良く路地を走り抜ける一団に、野良犬が驚いたように逃げていくのが見える。

 そして、


「あれね……」


 今は分散して物陰に身を隠しているが、教会の目と鼻の先に到着した。

 教会の中は、もう深夜だというのに、明かりが灯り、人が大勢いる様子が分かった。


「多いねえ」

「そうですね。ところで、どこを襲うつもりか聞いていますか?」

「港の倉庫らしいよ。高額の交易品が入っているところを集中して襲うらしい」


 グルドも横で頷いている。


「一気に制圧できますかね?」

「うーん、ちょっと難しいかも……っと、グルド、教会の人はどれぐらい残っているの?」

「へ? 教会?」

「だから、『聖者の園』と無関係な教会関係者はどれぐらい残っているのかって聞いてるのよ」

「……いませんぜ。そんなの」

「……ってまさか、教会全体が『聖者の園』なわけ?」

「そうだが……」


 まさか、そんな事態になっているとは思わなかった。

 せいぜい内通者が1人か2人いて、隠れ蓑にしているぐらいに思っていたが、教会全体がそうだったとは……


「宗教の腐敗は恐ろしいわね」

「へえ、困ったもんですな」

「あんたが言うな」


 睨まれてグルドが縮こまる。

 最初に襲ってきた時、あるいは道ですれ違った時の態度とあまりにも違うが、彼としても自分を力でねじ伏せた俺達には従順に従う方がいいという判断なのだろうか。

 それはともかく、なんとか出てくる前に抑えこみたい。

 と思っている俺の目に、信じられない光景が飛び込んできた。

 教会に歩いて行く人影が見える。

 普通に、まるで繁華街をそぞろ歩きするように自然に歩を進めるその姿は、ドラコさんだった。

 教会の中からも2人、3人と様子を見て男たちが出てくる。

 皆、斧や剣、槍などを持って戦闘態勢だった。

 俺達が出るべきかとどまるべきか迷っていると、大声が響いた。


「『聖者の園』の諸君、貴様達は包囲されている……」


 されてないよ! 何を言い出すんだあの人。


「……今なら未遂だから寛大な処置もありうる。おとなしく武器を捨てて降伏しろ!」


 俺は、とりあえず隠れたまま場所を変えることにした。

 包囲って言ってしまったから、一箇所から固まって出るのは得策ではないだろう。

 意図を察した他のパーティメンバーも散開する。

 グルドはジャックさんが引っ張っていった。

 ドラコさんの台詞に、相手も一瞬戸惑ったようだ。しかし、彼女が武器も杖も持っていないのを確認して、鼻で笑って斬りかかって来た。

 危な……い訳はないよな。魔王だし。

 俺は心配するのも馬鹿らしいので、物陰から事態を眺めていた。

 斧が袈裟懸けに振り下ろされる。

 槍が胸を貫く。

 剣が首を刎ねる。

 だが、抵抗も、身構える様子も無いドラコさんは、何事も無くその場に立っていた。

 確かに、武器は体に通っている。

 だが、そこからは血も流れないし、武器が通った後は何もなかったように元通りになっていた。

 男たちの顔色が変わった。ような気がした、いや、なにせ暗いもので……

 意地になって攻撃を続ける男たち。

 教会の中からも更に教団の連中が出てくるが、その場の現実離れした状況を見てあっけに取られている。


「くそっ」


 男たちの中から、火の玉が飛ぶ。魔法だ。

 だが、その火は何かの間違いのように、ドラコさんの近くに来てそのまま消滅した。


「どうした、その程度か?」


 ドラコさんが挑発したものの、何をしても倒れないことに戦意を喪失した男たちは、もはや及び腰だった。

 これは……

 俺は魔法を準備する。

 ドラコさんが一歩踏み出す。

 男たちは後ずさりをする。

 更に一歩。

 中には武器を取り落とすものもいた。

 もう一歩。

 何かきっかけがあったら蜘蛛の子を散らすように逃げ出す可能性があった。

 だが……

 いきなり男たちの頭上から大量の水が降り注ぐ。

 そして、俺は準備していた魔法を放つ。


「凍れっ!」


 俺の魔法は正確に男たちの足元に広がり、降り注いだ水ごと凍らせていた。

 確かに『聖者の園』は壊滅しないといけない。だが、ここにいるメンバーはひょっとして今回が初めての参加ということもあるだろう。

 すでにグルドを助けている以上、そこまでのダブルスタンダードは俺には許容出来ない。

 命を奪わずに足止めをする方法として、俺とパットが選択したのがこれ。水を撒いて地面を凍らせ、身動きが取れないようにするという方法だった。

 外に出ていた連中はこれで足止め出来た。

 ドラコさんがにらみをきかせているからか、へたり込んでいて、今のところは逃げる様子はない。

 すかさず教会の中に、前衛3人が滑りこむ。

 乱戦になっては魔法の使いようもないから、俺は外で逃げてきた連中を捕まえよう。

 俺は裏口に回ることにした。

 ちなみに、例の魔法、ドラコさんの周りでは火の玉と同じように掻き消えてしまっていた。

 やはり魔王は規格外だ。



********



「こいつがとりあえずの首謀者、教団のまとめ役だよ」


 そう言ってマテリエさんが突き出してきたのは、教会の事務員スラストさんだった。

 彼は、抵抗する気配もなかった。相変わらず気弱そうで真面目そうな顔をした彼は、肩を落としていっそう弱々しく見えた。

 すでに警備隊の団体が到着して、教団の襲撃隊を拘束している。

 グルドは覆面をしているとはいえ、どこからバレるかわからないのでジャックさんがどこかに連れて行った。

 警備隊は武器の留め金の音などを立てて、しかも大人数でやってきていた。そのため、周辺の人達も起きだして、何事かと事態を見守っていた。

 この場に集まった襲撃隊は全員捕らえられた。

 後で聞いたが、襲撃場所に先行した見張りも、様子がおかしいので例の扉を使って西に逃れようとしたところを張り込んでいた警備隊に捕まったらしい。ディオンさんの手配が優れていたということだろう。


「……また……お会いしましたね」


 スラストさんは俺を見てそう言った。顔は蒼白で、声にも力が無かった。


「スラストさん、あなたは……どうして?」

「……信仰を貫くにも力が必要なんだよ。財力、権力、めったに無いことだけど物理的な力、あと魔力も、かな」


 そういう彼の視線は、俺の持つ杖に注がれているようだった。


「そんな中で、圧倒的な力を見せてもらったらついていくしかないでしょう?」


 それが教祖のことなのだろう。


「スラストさん、教祖はどこに?」

「……聖者様がどこにいらっしゃるのか、私のほうが知りたいぐらいです。だから、今回うまく行ったら、この町を引き払ってあの方を探しに行くつもりでした。君が会いに来たこともあって、そろそろ潮時だと思ったんです」


 不思議だ。

 この弱々しい人が、あのような襲撃事件を企むようには見えなかった。

 そういう意味では、グルドにそそのかされたのかもしれない。やはりあいつは始末しておくべきだったか……いや、ダイクさんのことを考えるとそれも無理か。

 ともかく、この気弱な人と、あの荒っぽいグルドが、共に「力」を求めて、それを示してみせた聖者に従うことになったというのは、何かを示唆しているようにも思えた。

 そりゃあ誰だって力があれば、と思うことはあるだろう。

 だが、それをここまで大事に仕立てあげたのは、やはりその聖者の不思議な力なのかもしれない。

 後ろで急かす声が上がる。警備隊が引き上げるので、スラストさんも連行されるのだ。


「最後に、その聖者、さんはどんな人なんですか?」


 俺の質問に、スラストさんは瞳を閉じて、その姿を思い浮かべるようにして答えた。


「あの方は、そう立派な方です。そして不思議な方だ。時には少年のようでもあり、時には老人のような表情を浮かべることもあった。ともかく、私ごときでは推し量れない器の持ち主でしたよ」


 それだけ言いのこして、彼は警備隊に連れて行かれた。


 うーん。つかみどころがない。

 年齢もわからない……が、ドラコさん級の魔力だとしたら、年齢や容姿は自由に変えられるだろうから意味がないともいえる。

 だが、少年、という言葉が出たということは男だろう。少なくともスラストさんにはそう思えたということだ。

 これは収穫だ。と思ったが、すぐ傍らにいる一人称が「俺」で、多分男の姿を取ることも出来る魔王の姿が目に入った。

 収穫……かな? 自信が無くなってきた。


今回の豆知識:


覆面で顔を覆い、しっぽを隠せばとりあえずグルドであることは隠せると思います。

とっさに鉄爪を出して格闘の構えをしなければ……ですが。

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