奇襲
※重要なお知らせです
普段は月~金で更新しているのですが、昨日・一昨日の土日にも更新していますので、ご覧でない方はお手数ですがそちらもチェックしてください。
決行はその日の深夜になった。
昼のおっちゃんがその場に居合わせる確率は低いだろうが、一般人がいない事が確定している方がいい。
「結局、また着替えることになるのよね」
マテリエさんが不満を漏らす。
「それでも、明日からもここを調べて回るよりは、1日で済ませたほうがいいですよ」
「それもそうか」
納得していただいたようで結構。
「見つけた」
カイラさんが報告する。
首尾よく隠し扉を発見できたようだ。
近づいて見ると、俺にはそれらしいものは見えなかった。
「どこですか?」
「ここから……ここまで、周りの壁と同じに見えるが、確かに動くようになっている」
そう言って、カイラさんはナイフを取り出した。
壁の石と石の隙間に突き立て、そのまま倒していく。
「おお」
確かに、人が入れるぐらいの大きさのサイズで、壁が浮き上がってきた。
「だめだな、これ以上は動かない」
「押したらどう?」
「……動かない」
「じゃあ、どこかにスイッチでもあるんでしょうか?」
俺達は手分けして付近を探す。
光魔法が使える俺は光量的に有利なはずだが、一向に見つからない。
「あったぞ」
ジャックさんの大声が響いてくる。
俺は声のあった方に急ぐ。
そこに、
「きゃ……」
あれは? パットか。
俺はとっさにそちらを振り向く。
光った杖が床に落ち、下から照らされるパットを後ろから拘束する影がある。
「おめえら動くな!」
あれは……
一瞬ダイクさんかと思った。確かに似ている。だが、その獣人はパットの服の背中を引っ張って吊り上げ、もう片手の拳につけた爪を突きつけていた。
パットは吊り下げられて首が絞まるのを、何とか手で押さえるのに必死だ。
警告の声を合図にして、奥の暗がりから駆け寄ってくる音が聞こえる。
「グルド!」
「お……おう、なんか見覚えがあると思ったらダイクじゃねえか。なんでこんなところに……」
すると、こいつが襲撃犯のまとめ役、グルドということか。
今思い出した。そういえば教会に行った帰りに俺はこいつらとすれ違っていた。
ヒントはあったのだ。
俺が気づいて、東のスラム街を集中的に探していれば、こいつらを見つけられていたかもしれない。
それを見逃していたのは俺の失態だ。
それでパットが危ない目にあっているのだ。自分に対する嫌悪感が湧いてくる。
グルドの後ろからやってきた一団は、手に手に武器を持って前に出てくる。
男達は皆大柄で、目つきは鋭い。腕のほどはわからないが、少なくとも荒事には慣れているように見て取れた。
こちらは一番近かった俺が最前線、横にマテリエさんが並んで、カットラスを構える。
カイラさんがすばやく水路の対岸に飛び移り、短刀を構える。
俺が杖を構える後ろでも戦闘準備を始める音が聞こえる。
水路の両側の通路は狭い。
ぎりぎり2人並べるかどうかというところだ。
武器を振るうのも当たらないように注意しないと難しい。
「おいっ、人質がどうなってもいいのか?」
お互いの体勢が整った。
敵の人数はグルドを含めて8人。
グルドを最後尾にして前に4人、対岸のカイラさんの前に3人。
そしてチラッとこちらの状況を確認する。
最前列が俺とマテリエさん、対岸にカイラさん。パットはグルドに捕らえられ、俺たちの後ろには手ぶらで腕組みをしたドラコさんと、斧を構えたダイクさん……
1人足りない。
ドラコさんは俺の視線を感じて、思わせぶりな首をくいっとひねる。
そうか、そういうことか。
ならば俺がすべきは……
「ダイクさん、引き伸ばしを」
俺は小声で告げる。
「……ど、どうやって?」
「あいつの妹さんとか、村とか、とにかく何とかお願いします」
彼は戸惑っていたし、こちらの意図も理解していないようだったが、ともかく頷いた。
「おい、お前ら、そのまま全員武器を置け!」
「グ……グルド、なあ、やめてくれよ。お前がこんなことをやっているってテニアが知ったら……」
「うるせえ! お前、今の状況がわかっているのか」
「聞いてくれ、グルド。俺はテニアと結婚することになったんだ。だから、お前も……もう悪いことはやめて村に帰ってくれよ」
「結婚だあ? そんなの俺には関係ねえ。勝手にやればいいさ。だが、ここで俺たちに始末されるんなら結局無理だろうがな」
「そ……そんな」
グルドは爪をぴったりとパットの首に突きつける。
「待てっ!」
パットの状況に一番責任があるのは俺だろう。
ダイクさんに任せておいてなんだが、俺としては口を出さないわけにはいかなかった。
だが、ぎりぎりの状況だ。
武器を置いてしまっては、それこそドラコさんが前面に立って壁にでもならなければ勝ち目は無い。仮にそうしたとしても、これだけの人数を1人で抑えられるかわからない。
地下の、すぐ真上には町が存在して人が暮らしているところで、彼女が魔法を使うわけにはいかない。
いくら考えても、いい考えが思いつかない。
だが、それでも、俺は時間稼ぎをしないといけない。
「……取引しないか?」
「取引だと?」
「俺達は頼まれて仕事をしているだけの、見てのとおりの冒険者だ。責任ある立場じゃないし、成果が無かったとしても、せいぜい依頼が一回失敗しただけでたいしたことじゃない」
本当はたいしたことかどうかは、冒険者による。
まじめにランクアップを望む冒険者にとっては、経歴に傷がつくのは避けたい。だが一方で、現状維持を考えている冒険者にとってはそれほど問題では無い。
実際に、マテリエさんぐらいでも依頼失敗の経験はあるそうで、そういう意味では俺の言葉を直ちにうそと見抜くことは出来ないだろう。
「……それに、俺達は今日ここに来ることを報告してきたから、俺たちが戻らないと結局大騒ぎになる。むしろ、俺たちが何もなかったと報告した方が、お前たちの利益になるんじゃないか?」
利益をちらつかせて翻意を誘う。
敵は、グルドの様子をうかがっていて動かない。
だが、
「だめだ、そのとおりに報告する保証がねえしな」
言葉を受けて、敵は再び武器を突きつけてくる。
だめか……
「とにかく武装解除して、手を上げろ」
再びグルドが叫ぶ。
他に何か無いか? 何か時間を稼げるものは……
横にいたマテリエさんが、突然手に持った武器を投げた。
敵の方では無い、上だ。
床にカットラスが転がる乾いた音が響く。
一瞬身構えたが前列の敵だったが、それが武装放棄の意味だとわかって、緊張を解いた。
マテリエさんが俺たちを見回す。最後に俺にちょっと長めに目を合わせた。
これは……そういうことか。
俺達は、マテリエさんにならって、武器を床に落とした。
床に落ちる武器の硬質の音が重なる。
俺達は両手を挙げ、抵抗の意志が無いことを示す。
「よし、縛り上げやがれ」
グルドの命令で、前列の敵が近づいてくる。
あの視線は、こちらが口火を切れということだろう。
誤解しなかった俺が選んだのは……
「炎よ」
炎は前列の2人の後ろで発生した。
短縮かつ杖無しで放ったそれは、一撃で敵を燃やし尽くす威力が無い。
そして、ただ一瞬で消えてしまう。
だが、熱で敵をひるませることには成功した。服も一部焦げている。
そして何より……
「なんだてめえ!」
グルドの、パットに爪を突きつけている手首を、後ろからつかむ手がある。
振りほどこうとするグルドだったがかなわない。
結局パットを放り出して新手と相対することになった。
新手とは、ジャックさんのことだ。
「後は任せました、俺はパットを……」
杖を拾った俺は、ひるんでいる敵を避け、前に進む。
だが、狭い通路だ、行き先をふさがれる。
「凍れ」
俺は汚水に冷却魔法をかける。
流れ全体を凍らせる必要は無い。とりあえず、俺が足を踏み出す場所さえ沈まなければいいのだ。
俺は、凍らせた足場を踏む。
だが、汚水はその上にまでせり上がってくる。
「凍れ」
すぐさますこし先を凍らせる。
飛び移る。
やばい、滑った。
俺は杖の尖った先を氷に突きたて、なんとかバランスを取る。
深さは腰ぐらいまで、とのことでおぼれる心配は無いが、汚水に飛び込むのは勘弁してほしい。
俺は同じ動作を3回繰り返し、何とかぎりぎり乗り越える。
不安定な氷の飛び石をクリアした結果、俺はジャックさんとグルドが対峙しているあたりに下り立つことが出来た。
パットはぐったりと床に倒れている。
ジャックさんの得物は、船でも愛用のカットラス。一方のグルドは両手の爪を両方伸ばして格闘の構え。
2人は間合いを計っているようだった。
このレベルの戦いに俺が入っていってどうにかなるものでは無い。
俺は一目散にパットのそばに駆け寄る。
床に転がったせいで服も汚れているが、頭を上げて起き上がろうとしている。
俺は彼女の背中を腕で支えて起こす。
「……う……ありが……ケイン!」
突如パットが俺を突き飛ばす、俺とパットの間を刃がすり抜ける。
風を切る音が俺の背筋を凍らせた。
すぐさま起き上がって攻撃に対処する。
敵の1人が背後から向かってきていたのだ。
力のこもった一撃だった。
あれを食らっていたら致命傷を負っていたかもしれない。
男は俺に目を合わせたまま剣を操る。
だが、その刃先はまだ起き上がれないパットの方へ……
「やめろおっ」
俺が叫ぶが、刃はパットの胸に深く差し込まれた。
今回の豆知識:
祝、「風雲たけし城」タイ版制作決定!
7月から放送されるそうです。いやあ、海外でも人気があるみたいですね。
ということで、今回のケインくんの移動方法は竜神池リスペクトということで……




