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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第一章 12歳編 右手に杖を、左手に羅針盤を
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異世界的船員生活(2)

 神様、俺は『運命』に殺される前に死んでしまいそうです。


 アリビオ号が、あの無人島を出航して2週間が過ぎた。

 風向きは順調で、いま船は西への追い風でその性能を十全に発揮して進んでいる。


 前世の俺には高所恐怖症は無く、遊園地のアトラクションなどもまあ普通に楽しめていた。

 だからといって、左腕一本で高いところにつかまるとか、勘弁してほしい。

 3本あるうちの前、フォアマストのトップヤード、つまり下から2番目の帆を張るための帆けたに、昨日から訓練ということで昇らされている。

 まだ12歳ということで、それほど力が無く、実際の操作を行うわけでは無い。

 トップ台と呼ばれる、マストの接合部分にある台からすぐ近くなので、泣きを入れれば許してもらえそうだが、それでも風でゆらゆらと不安定で、ここから見るだけで大きくしなっているあのヤードの先のほうで作業するベテラン水夫というのはすごいと素直に尊敬してしまう。

 腕一本といっても、実際には脇にヤードを挟んで体を保持するのだが、前世の死亡時点の、受験勉強と大学時代の不摂生の体ではたちまち甲板に叩きつけられていたところだ。

 今の俺は、無人島生活の粗食と、船の力仕事で少し付いた筋肉で何とかなっているものの、それでも片腕で体を支えて、足先ともう片手で帆を巻き上げたりとか人間業では無いと思えてくる。


 ここまでの話をしよう。

 航海士見習いとして、前部の士官次室ガンルームにて起居し、船の作業や航海術、あるいは魔法士見習いとしての勉強などで毎日が忙しかった。

 魔法士見習いの先輩としては初日にスライムに水をかけていたパトリシアさん。彼女はあのケダマスライムの世話もしており、よくあの毛玉をナデナデモフモフしている姿を見かける。一度毛玉をなでさせてもらおうとしたらにらまれたので、いまだにあの毛玉の手触りは不明だ。

 航海士見習いとしての先輩は二人いて、最先任がリック・エスパさん。赤毛の短髪で長身の、線の細い人だ。だがこれでも11のときから4年も船に乗っており、航海術も優秀で近々航海士として採用されるのでは無いかといわれている。

 もう一人が、カルロス・セナーさんといって、14歳。背は今の俺と比べてもそれほど高くは無く、茶髪で直毛なので微妙にマッシュルームカットっぽくなっている。こちらは乗船1年半ほどらしく、まだまだやんちゃな感じで、計算が苦手なのかよく測量でミスをしていたりする。


 そう、ここまで全員姓名そろっていることがちょっと不思議だったのだが、一度リックさんに雑談がてら聞いてみたところ、北の農業をやっている村などでは名前だけということもあるそうだが、特に内海沿いの諸国では商業が盛んで、人の行き来なども多いので大体が姓名を名乗る習慣になっているようだ。

 ひとつ疑問点が解消した。


 航海士見習いの訓練としては、まず帆の名前とそれぞれのロープの役割、舵とりの仕組みや船内生活のあれこれをリックさんに付いて教えられた。

 食事は1日2回で、実は驚いたことに主食にはパンやオートミール粥の他に米もあった。

 実際に船の食料ということで問題になるのは貯蔵スペースの問題で、この点から空気を多く含むいわゆるパンを常食することはできない。出てくるのは硬く焼いた黒パンや、ビスケット、とはいっても高級品の砂糖が入ったお菓子のようなものではなくてただの小麦粉の塊だ。


 帆船小説を読んでいればわかるが、焼いた状態のビスケットは虫がわく。

 いわゆるコクゾウムシというやつで、これはしょうがないので卓にトントンとしつこく叩きつけて虫を追い出してから食べる。

 最初は気持ち悪かったが、俺にはそういうものだという意識があったので、仮に他に異世界からやってきた人がいたとして、そういう人に比べれば慣れるのが早かったかもしれない。まあ、神様いわくそんな人はいないだろうが。


 ただ、アリビオ号は航路の関係上ほとんど熱帯なので、嵐などでどうしても火を起こせないような場合以外は、米を煮たものが良く出る。

 これは、日本のご飯というよりはパエリアのように中に芯が残ったような炊き方だったが、まあ虫のわいたビスケットに比べればましだろうか。

 そうした炭水化物と一緒に、干し肉を煮たものや、これも意外だったのだが釣った魚やそれを干したものを焼いたり煮たりしたものも結構出る。

 イギリスの船乗りは海の生き物は食べずに、もっぱらビスケットと干し肉ばかり食べていたような表現を見たことがあったので、これは意外だったが、食べられるなら新鮮なものの方が良いのは当然だ。


 そんなわけで、まあまあ生活には慣れて、仕事もようやくヤードに上る訓練までといったところが船乗りとしての現状だった。

 正直まだまだだと思うが、こちとら3ヵ年計画ということであせらず「いのちをだいじに」といったところだろうか。


 魔法士見習いとしての訓練に関しては、それに比べればはるかに順調だった。

 なにせ、トランド海洋国一の航海魔法士であり、航海における魔法使用でいくつも新しい発見・発明を成したことによって貴族に列せられたほどの師匠がついているのだ。

「世界には、目に見える世界とそうでない世界がある。目に見えるほうを仮に物質界と呼び見えないほうを精神界と呼ぶ。ここまではよいか?」

「はい」

「よろしい、この二つは重なって存在しており、わしという物質的存在が物質界にあるのと同時に、重なった状態でわしという精神的存在も精神界にある。じゃが、後者についてはとりあえず忘れてよい」

「は?……はい」

「うむ、精神界にかかわる魔法として、情報・治癒・精神・召還などいろいろあるのじゃが、そちらはわしの、いや少なくとも航海魔法士にとってはあまり関係ない。もちろん治癒や情報という力が使えればいろいろ便利じゃろうが、まず優先して物質界にかかわる魔法から修行するべきじゃ」


 ん?


「先生、治癒が精神にかかわる?というのはどういうことでしょうか?体を治療するのに精神は関係ないように思えるのですが……」

「うむ、怪我を負った時には物質界に傷ついた体が現に存在しておる。それでは、なぜ時間が経ったら怪我が治る、つまり元の怪我を負う前の姿へと変化するのか。木や鉄ではこうはならん。そこで、木や鉄になく、人間や動物にある精神が本来の体の形を保持しつづけていると魔法士の間では考えられておる」


 前世地球の常識としては、当然細胞内に遺伝子というものがあって、そこに記載された状態に体が治癒していくという説明だ。だがここは異世界で現に治癒魔法がそういう理屈で効果を発揮しているのなら、そうなのだろう。


「じゃから、治癒魔法というのは、その本来の形をした精神から形を写し取って、物質界にある傷ついた体をそれに合うように形作っていくという魔法じゃ」

 そうなっているのか。どうもこの世界では遺伝子工学は難しそうだ。iPS細胞とかも無理だろう。STAP細胞は……あれは元から無かったんだっけか?


「そんなわけでわしもちょっとした傷を治すぐらいのことはできるが、治癒魔法は高度で難しい。おまけに北大陸の宗教関係者がいろいろと情報を抱え込んでおって高度な魔法に必要な知識が隠されておってな、将来機会があったら学べばよろしい」

「はい、先生」

「ともかく、船で重要なのは飲み水を出せることと、調理用の火や熱を出すこと、この2つが最重要なのじゃ」


「……で、物理魔法は、かつては火・水・地・風・光・闇・雷・金・土・氷などなど、色々な概念が唱えられておって、混沌としたもんじゃった。今は整理されて、陰・陽の力概念群、風・水・地の物質概念群、時・空の世界概念群に集約された。このうち世界概念を扱う術はこれまた高度で、これも将来余裕があれば研究するぐらいにしておいたほうが無難じゃろう」

 ああ、残念。ゲーム的異世界の定番、収納魔術とかも無理なのか。

 ともかく、地球的理解としては以下のようなことらしい。

 陰・陽はエネルギーのマイナスとプラスで、陰を使えば闇を出したり温度を冷やしたりできる。また、陽を使えば光や熱、火、雷などを出すことができる。

 風・水・地というのはそのまんま、気体・液体・固体を現出させる魔法ということだろう。

 時・空は時間と空間で、おそらく時を止めたり戻したり、空間をゆがませたり移動させたり、あるいは転移魔法なんかもこれかもしれない。

 こうしてみると、確かに時・空だけが際立って難しそうなのがわかる。

 だが、いずれ……なにせこっちは神様に「魔法の才能」を与えられているのだ。少々難しくったって何とかなるはず。いずれ、独り立ちできるようになったら色々研究しよう。


 ただ、まずは師匠の言うとおり。


 そして俺は、呪文の唱え方や制御の仕方など、乾いた土に水がしみこむように、順調に魔法に関する知識を蓄えていくのだった。

今回の豆知識:


地・火・風・水のうち、火だけ仲間はずれのようです。全異世界300万(え?もっといるって?)の火魔法使いさんたちごめんなさい。

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