神出鬼没
「どうする?」
ようやく切り出したのはマテリエさん。先ほどまでの酔っぱらいの顔から、優秀な冒険者の顔に戻っていた。
「そうですね……ただ、どっちみち皆殺しで済ませるわけにはいかないんですよ」
「どういうことなんじゃ?」
ドワーフの天敵、ドラコさんがいなくなったことでそれまでこっちの話に加わってこなかったジャックさんが聞いてくる。
「今回の任務は教団全体が力を発揮できないようにすることです。少なくとも事情を知っているまとめ役は、生かしておかなくてはいけません」
「じゃあ、グルドは……」
「とりあえず一番知っていることが多そうですから、殺さないように注意するという点では安全です」
もちろん、町の警備隊に引き渡した後はどうなるかわからないが。
「警備隊といえば、どうしてここまで連中をのさばらせているんだろうな?」
おっと、カイラさんも昼に続いて鋭い質問。もしかして「タロッテの空気缶」構想はまだ生きているのか? それはともかく、
「いえ、昼にもありましたが、16人は捕まっています。ただ、そこから組織の全体へとつながる情報があまり得られなかった、ということです」
わかっているのは、聖者なるものが首領であること、背後に1000人規模の組織があることぐらいだ。
「しかし、1000人規模となると、どのみち皆殺しには出来ませんね。むしろ……」
「その聖者、とやらを捕まえるのが最終目標ということになるわね」
「はい……そのためにも、上層部につながる人物を確保するのが中間目標ということになります」
「なるほどな……」
ジャックさんは、飲み干した酒の追加を注文したそうに杯をもてあそんでいたが、この雰囲気だから遠慮しているように見えた。
「さっきの警備隊の話に戻すが、捕まえられない原因は奴らの拠点がわからないってことでもあるそうだぜ。ドワーフで大工をやっている奴に聞いたんだがな」
「それ本当?」
「ああ、建物に関しちゃこの町で一番ってことで、警備隊に協力を要請されてな。色々見て回ったそうだが、痕跡のかけらも無かったそうだ」
「ジャックさん、それは大通りの向こうもですか?」
確か、町の東西それぞれを南北に走る大通りより外は、基本的にタロッテの町の外だと認識されているはず。
「ああ、俺もその辺は気になったから聞いてみたが、事が事だけにその辺もしらみつぶしにしたそうだ。だけども全然だったとのことだ」
「でも被害は出てるのよね?」
答えは後ろからやってきた。
「間違いなく、今でも散発的に続いていますよ」
「あ、ディオンさん、今日はもう?」
「ええ、幸いなことに襲撃された当人に話を聞くことができました。あ、ワインを、新酒のほうで……」
店員に声をかけて注文するディオンさんに、ついでとばかりジャックさんやマテリエさんも追加の飲み物を注文する。
俺の隣、ドラコさんがいた椅子に座った。俺は、まだ中身の残っている大皿をディオンさんに寄せた。
「いや、ありがたいが食事は済ませてきたのでね。古い友人のつてをたどってとある貴族と会食してきたんだ」
そう言って皿を押し戻したディオンさんは、ダイクさんの存在に怪訝な顔をしたものの、ここまでの経緯を説明されて、納得したようだった。
「で、その会食した人の家が襲われたんですか?」
「それがちょっと違ってね、3ヶ月ほど前に路上で襲われたんだ」
「変ですね、聞いた限りでは金銭目当ての襲撃じゃなかったんですか?」
「さすがに屋敷の警備や貴族街の巡回が厳しくなっているから、いったん襲撃は止まったんだ。それで安心していたところを狙われた」
「今会食してきた、ってことはその貴族は命までは取られなかったの?」
「ああ、本人は無事だった。ただ荷物を運んでいた人足2人と護衛が3人殺された」
「荷物?」
「胡椒の大袋だね。知っての通りこの街では商人上がりの貴族も多いし、政治に携わるようになってからも商売を続けている者がほとんどだ」
「それは相当な価値がありますよね」
「まあね。ここから北では取れないから、自分で北に持って行くならそれなりに高い値がつくはずだ。荷車に一杯に乗せていたらしいから大損害に違いない」
「で、襲ってきたのは何人ぐらいなの?」
「ここからは順序立てて話そう。ちょうど飲み物が来たしね」
ディオンさんは受け取ったワインを一口、会食のときにも飲んでいただろうけど、この人は酒では様子が変わらないようだ。
「まず、時刻は夕方6時過ぎ……3ヶ月前なので日没後すぐだろう。彼は庁舎の仕事を終えて東町の南港にある倉庫に寄り、そこから荷物を自分の店に運んでいる最中だったそうだ」
「ふうん。もっと深夜かと思ってたけど……」
「確かに表通りはまだ人通りも多かっただろうが、近道をしようと裏通りを通ったことが災いしたようだ。まあ、護衛がついていたことと、襲撃も止んでいたので気が緩んでいたのかな」
「その護衛、実力はいかほどのものですか?」
カイラさんが口を挟む。彼女はもう酒はいい、と果汁を水で薄めたものを手にしていた。
「警備隊の人間を引き抜いたそうで、それなりに実力はあったそうだ」
「襲撃者の人数などは?」
「7人の、顔を覆面で隠した連中だったらしい。ただ、他に隠れていたものもいたかもしれないので、それで全員とはかぎらない。剣や斧で武装していたそうだよ。あと、1人獣人で熊手のようなものを使っていた者がいたそうだ」
そこで、視線がダイクさんに集中した。
「……グルドだろうな。あいつは力があって格闘では村で一番だった」
「でも覆面越しでよく獣人だとわかりましたね?」
「尾が出ていたらしい」
なんと、ことわざ通り「頭かくして尻かくさず」だ。もっとも、こっちの世界にはそんなことわざは無いが……
「でも、それだとおかしいわね」
「何がですか?」
自分で思い返してみても、変なところは無いと思うが……
「仮に人がいないところを狙って襲撃した、としても時刻は6時過ぎ。それなりに町に人通りもあるはずよ。荷物もあるしある程度の目撃証言があって当然のはず。深夜だと思っていたからいままでおかしいとは思わなかったけど……」
「確かに不自然だね。ともかく当人は護衛に任せて一目散に逃げ出したということだから、逃走経路は見ていない。後で警備隊を大勢引き連れて戻ってみると荷車から荷物がなくなっていて、死体が5つ転がっていただけだったらしい。当然、すぐに非常線が張られて聞き込みもされたけど目撃者はかけらも出てこなかったらしい」
「仮にバラバラに逃げたのだとしても……警備隊って無能すぎない?」
「他国の政治家としては、返答に困るね。まあ、彼らも徹夜で頑張ったらしいんで責めるのは酷だと思うよ。ともかく、港も大通りも警戒していたにも関わらず、襲撃犯は見つからなかった、とのことだ」
「中央門はどうですか?」
少しでも可能性があるなら、聞いておいたほうがいいだろう。
「それはありえない。大壁は国境にも等しい扱いだから、より厳重で常に軍が警戒している。警備隊とは比べ物にならないよ。それに商品の価値から言っても東に持ちだしたとかんがえるほうが自然じゃないかな」
大袋のままだと目立つはず。すると小分けして持ちだしたか? ただ、それをするためには町の中に拠点が必要になるのでジャックさんの話とこれまた矛盾する。
「もしかして……地下とかじゃねえか?」
「さすが、穴掘りドワーフ、いいところに気づいたわね」
「わしは穴掘りなどせん。だが、町で見つからんということはそういうことだろ?」
地下、つまり下水道ということか。ディオンさんは何か思い出したように手を叩いて言った。
「なるほど、確かにこの町では排水路が見当たりませんね。地下を通しているのは間違いないでしょう」
ああ、言われてみれば……
アンティロスも含めて今まで寄港した町より清潔な印象を抱いていたが、そういうことなのだろう。排水の嫌な匂いが薄いのだ。
「うーん、そうなると臭い排水路で探索の可能性もあるのか……」
嫌な顔をしているマテリエさん。その思いはみんな一緒だった。
「まあ、まだ地下だと決まったわけじゃないからね。だが、そろそろ聞き込みでは限界に来つつあるのも事実だ。明日からは実際に怪しい場所をしらみつぶしにしていくしかないだろうね」
「ちょっといいだろうか? 襲ってきたところを返り討ちにするというのはどうだろうか?」
カイラさんの提案に、ディオンさんはちょっと考えて答えた。
「それは難しい、と思う。別に予告して襲ってくるわけじゃないからね。警備が厳重そうなら他の獲物を探せばいい。不幸にもこの町には貴族やそれ意外にも豪商と呼ばれるものがそれなりにいる。そのすべてを護衛するのは我々では無理だ。時間的にも人数的にもね。警備隊でも足りないだろう。他に仕事もあることだし……」
「ま、最悪汚水まみれになって戦うのは考えたくもないけど、受けた以上はしょうがないわね……」
結局、その日はそれまでになった。
色々あった一日で、心配なことが多すぎる。
俺は、船が懐かしくなった。
色々気を使うこともあるが、ある意味単純な世界だ。
明日は当直だが、俺にとってはそれがまさに休暇であるかのような気分になっていた。
今回の豆知識:
警備隊は、町の治安を守るためにいます。
一方の軍は他国に対する守り、ということになって、町中では基本的に活動しません。
唯一の例外は中央門の守りで、あれには東西の両国が侵略する理由を削ぐ目的もあるので、軍の管轄になっています。




