天才
東側の町に戻った俺達は、そのまま宿の正面からではなく、裏手の食堂の入り口から入った。先に食事を済ませようということになったのだ。
入ってみると、ちょうど混む時間帯だったこともあって満席だった。
俺は昼から何も食べていないので、このいい匂いの中で順番待ちをするのはまさに苦行といえる。
どうしようか、他の店を探そうか、だがこの時間はどこも混んでるよなあ……と考えていると、いつの間にか側にいたはずのドラコさんがいない。
さてはあの人も我慢が出来なかったのか、と一瞬思ったが、そうではなかった。
「おーい、ケイン、こっちだよ」
と、喧騒に負けず大声を張り上げているのは、マテリエさんだった。
ああ、すでに出来上がっているな、という感想と、今日は酒場で情報収集じゃなかったか? という疑問とが頭をよぎったが、ともかく呼ばれたので狭い通路をかき分け、そちらに向かう。
店の奥のほう、昼に使ったテーブルの隣の、やはり衝立で仕切られたテーブルに5人が……あれ? 一人見覚えのない人がいる。まだ若い、見た目からして獣人のようで鋭い目つきと白に黒ぶちの入った毛が耳を覆っている。
彼は、テーブルに近づく俺にちょっと会釈をして、またジャックさんとの話に戻った。
俺も会釈を返しておく。初対面のはずだが記憶のどこかに引っかかるものがある。南大陸ででも会ったことがあるのかな?
「どうして、こんなところで?」
勧められるままにテーブルについた俺が、開口一番聞いたのはそのことだった。
「やー、なんての? あたしたちってまさか天才? っていうか、さすが優秀な冒険者? って気がしてるよ。にゃはははは」
「……えーと、うん。とりあえず落ち着いて一から説明してくれます」
「もう、ケインってばノリが悪いんだから。つまりパーッと行ってドカンってやったら犯人が見つかっちゃったのよ」
「……無理みたいなので、カイラさんお願いします」
酔っぱらいはドラコさんに任せることにして、俺は隣のドラコさんと席を交代してカイラさんの隣に移った。
彼女も、なぜか今日はかなり飲んでいるようで、顔や首筋が赤くなっていた。
「……はい、えー、何だっけ?」
こっちもダメかもしれない。だが、「アレ」よりはマシだと思うので、俺は事のあらましを聞き出していった。幸い、見た目ほどに酔っ払ってはいないらしくて、しゃべりは普通だった。すっとぼけているのは酒のせいではなく、個人の性質の問題だったらしい。
3人手分けして、各種族の同胞を頼るという方法は残念ながらうまくいかなかったらしい。というのも、それぞれが少数であるので、自分の生活に関わることで手一杯だったということのようだ。直接関わりのない貴族に対する襲撃や、もともと勢力の大きくない宗教に興味を抱いている暇はない、とのことだった。
ただひとつわかったことがあって、襲撃犯のリーダーが狼獣人である、という噂が有ったそうだ。
狼獣人?
そういえば、ジャックさんと話している人はその特徴を有しているように見える。
獣人の種族を見分けるためには、耳や髪、尾の色や形から判断するしか無いのだが、顔にもそれなりの特徴が出る。
さすがに猫だから髭がある、犬だから顎が長くて口と鼻が出ている、なんてことは無いものの、それぞれの特徴がなんとなく顔立ちに出ているような感じはある。
そういう目で見ると、この若い男はなんとなく犬系の、鋭い顔立ちをしている。
だからといって、襲撃犯のリーダーを見つけて、その本人と仲良く酒を飲んでいる、ということではないのだろう。ともかく続きを聞くことにする。
「で、それでどうしたんですか?」
「ああ、みんな空振りだったので、揃って宿に早めに戻ってきたのだ。そうしたらマテリエが、『まだ早いから片っ端からあたってみよう』と言ってな」
「じゃあそれから狼獣人を探して回ったんですか?」
「それならまだいいんだが……冒険者ギルドの周辺に着くやいなや、マテリエが狼獣人と見るや片っ端から喧嘩腰で絡んでいってな」
「はあ……それは、大変でしたね」
「まったくだ。それで、3人目に絡んだ相手が、そこにいるダイクということなんだ」
俺とカイラさん、2人の視線を受けて気づいたダイクさんが、会話を止めてこちらに話しかけてきた。
「ダイク・ガリード、見ての通り狼の獣人で猟師だ。普段はローレンシアで活動している。よろしくな」
「俺はケイン・サハラです。船乗りで魔法士、現在はアンティロス……が本拠地です」
ちょっと言いよどんだのは、さっきの件があるからだった。本当にあの選択で良かったのか? 俺にはまだ実際に居を移すということの実感が湧いてこなかった。
ともかく、ローレンシア、ということは北の方からやってきているということだ。それなりに遠いはずだが……
「それにしてもこのエルフのねーちゃんはとんでもねえな。あんたも苦労するだろ?」
「ええ、まあ……今回はご迷惑をお掛けしたそうで……」
「なに、いいってことよ。これ、こうして酒も飯もおごってもらっているしな。あの程度水に流すにはやぶさかじゃないぜ」
そこで、カイラさんがそっと耳打ちしてくれる。
「ダイクさんの時にはいきなり斬りつけたんですよ、あの人」
「それは……ひどいですね。ダイクさんは関係無かったんでしょう?」
「それが……」
「俺から直接話すぜ。実は、俺が故郷を離れてタロッテまでやってきた理由が、人探しなんだ」
「人、と言うと同族の?」
「ああ、グルドって奴だ。なりは俺よりも小さいが、力は強かったな。村を出て傭兵や冒険者をやっていたらしいが……」
「その人はタロッテに?」
「噂ではここの犯罪組織の用心棒をやっていたところまでわかっているんだが、苦労してそこもあたってみたんだが、行方不明だそうだ」
「話を聞いてみたところ、どうも目的の『聖者の園』にいる獣人というのがそのグルドの可能性が高いようだ。そういうわけで、お互いに協力しようということになったのだ」
カイラさん曰く、そのまま戻ってきて親睦を深める為に、という名目で飲み始めたらしい。この経緯を「天才」とか「優秀な」とか形容するマテリエさんの神経は理解不能だが、ともかく幸運にも助けられて、なんとなく犯人の目星が付いたということのようだ。
「それで、ダイクさんも戦えるんでしょうか?」
「人殺しは勘弁願いたいがね、まあ一応猟師としてもそれなりだと自負しているし、冒険者としても熊までは免許を上げてるぐらいで、身を守る程度のことはできるはずだ」
なるほど、体を見る限りは鍛えているはずだし、その点は問題ないみたいだ。あとは……
「一番重要なことなんですが、そのグルドさんを見つけて、どうするつもりですか? そもそもどんな理由で探しに来たんでしょう?」
「ああ……そのことだな」
ダイクさんはちょっと言いよどんだ。
「実はな……グルドには妹がいてな……」
あ、なんとなく見当がついた。
「で……その妹の、テニアって言うんだが……今度、俺と、その……」
「つまり妹さんと結婚するからお兄さんを探すということですね?」
「そう、そうなんだ。彼女の両親もグルドのことを心配していて、なんとか連れ帰ってくれないかって頼まれて……そんなわけで、俺がここに来ることになったのさ」
うーむ、これは……
俺は黙って酒杯を傾けているドラコさんの方に目を向ける。
「どうした?」
「今の話、聞いていたでしょう?」
「ふん……まあ、別に皆殺しでなくても構わんだろう。ただし……」
良かった。グルドというのがどういう人かは分からないが、当初の予定通りだったらダイクさんの目的とは相容れない。
「だが、それを選ぶ以上は、俺が力を貸すわけにはいかなくなったな」
「えっ」
「俺は細かい力の使い方は苦手なんだ。半殺しとか手加減とかは無理だ……ということで、実行はお前たちに任せる」
「むう」
残りのメンバー、マテリエさん、カイラさん、ジャックさんを見ると、やはりこの言葉にショックを受けた様子だった。
聞いている話を真に受けるならば、一度に相手にするのは多くても20人といったところ。だが相手の実力がわからない以上は楽勝とはいえない。
返事の無い俺達を見て、ドラコさんは肉中心に盛りつけられた皿を1つ持って立ち上がった。
「ま、すぐには結論が出ないようだから、俺はこのへんで失礼するよ。戦わなくていいんだったら俺は俺で他にやることもあるし、出来るというなら受け入れる。明日の昼までに相談しといてくれ」
じゃあな、と言い残してドラコさんは去っていった。
やることというのは例の覚えのある気配、とやらを探すのだろうか?
皆、一気に酔いが覚めたようだった。
ダイクさんは心配そうに一同の様子をうかがっていた。
俺は、
「とりあえず、麦酒お願いします」
飲まなきゃやってられるか。
今回の豆知識:
実はダカス帝国が分裂して出来た諸国は設定をまだ決めてないところがあるので、けっこうギリギリです。
ローレンシアは東側を南北に走る山脈(これも名前を決めなきゃなあ)に沿って存在し、元帝国皇統なのでプライドが高いという程度でしょうか。




