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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第三章 15歳編 船長と魔王
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魔王と魔法使い(1)

 通信によるとこの辺りとのことだが……

 ドラコさんの指定はタロッテの西側だった。俺は初めて中央門を超えて、町の西側に足を踏み入れた。

 事前に聞いていたとおり、中央門は昼間開放されていた。だが、さすがに扉は厚く頑丈な造りをしていることがわかった。大砲でも打ち抜けるかわからない位だ。大きさも、馬車1台が通れる程度で、聞いていたとおり軍が通過できる大きさではない。

 西の町は東の町とやや雰囲気が異なっていた。

 東はほとんどが石造りの建物で、まれに木造やレンガなどの建築がある程度だ。ちょっと歩いただけだが、歴史ある町だと感じさせる。

 一方西は、もちろん石造りの建物もあるが、土壁らしき茶色がところどころにあるのがわかる。とはいえ、粗末な建物、というわけではないだろう。かなり大きなものや4階建になっているような茶色の建物も見える。

 東の町に比べてややカラフルなその町並みは、今は傾いてきた太陽に影を伸ばしつつあった。


「どうだ、待ったか?」

「あ、いえ、俺もたった今来たところです」


 風景に見入っていると、背後からドラコさんが声をかけてきた。


「それにしても大丈夫ですか? 今からだと時間によっては門が閉じてしまいますよ?」

「ああ、それは問題ない。どっちにせよ、泊まるところはあるからな」

「……どっちにせよ?」

「ま、気にするな。それより急ぐぞ」

「……は、はい」


 彼女が向かったのはまっすぐ南。

 辺りには1つ1つが塀に囲まれた広めの敷地と庭を持つ家が並んでいた。


「この辺りは高級住宅街なんですか?」

「ああ、そう言えるな。だが、いくら金を持っていてもそれだけじゃこの辺りには住めねえ」

「と言うと?」

「ここは古くからの貴族が住む地域だ。成り上がった金持ちが貴族に叙せられてもここで家を持つ許可はおりねえことになっている」

「それはやはり壁の近くだから、ってことでしょうか?」

「そういうことだ」


 大壁の東側沿いは、大学と海軍の施設があった。西側沿いには中央より北に陸軍の、南にこの住宅街がある。つまり、一般人があまり立ち入れないようになっている。

 隠れて穴でも開けられていたら困る、ということなのだろう。

 タロッテは多くの力ある国の間で独立を保っている。そのための装置の一つがこの大壁であり、その維持には配慮を要する、ということなのだろう。

 俺は、ドラコさんに付いて貴族街を歩いて行く。警備隊の巡回も多く見かけており、皆俺たち二人に探るような目を向けてくる。

 別に後ろ暗いところは無いのだが、あまり気分が良いものではない。

 俺は、早く目的地に着いてくれないかと、祈るような気分だった。


「着いたぞ」


 そう言って、ドラコさんはある家の前に立つ。

 そこは周囲に比べるといささか小さい家といえるだろう。一応塀はあって庭もあるようだが、2階建てで赤い屋根の建物が一棟あるだけだった。

 ドラコさんは門の脇に吊り下がった鐘を鳴らす。

 船にあるのよりは小さいそれは、やや甲高い音を立てて来訪を知らせた。

 使用人が出てくるのかと思いきや、中から出てきたのはまだ若い、正装した男だった。

 彼は、来訪者の顔を見ると、一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐに居住まいを正して深々とドラコさんに頭を下げた。髪の毛がもじゃもじゃなので、肩まで髪の毛に隠れてしまう勢いだ。


「いらっしゃいませ、ユーク様。当代当主マルスです。直接お目にかかる事が出来るとは思っておりませんでした」

「うむ、世話になる。それにしても、その髪は代を重ねても変わらんな。やはり魔法使いか?」

「はい、当代の7賢人の末席を汚しております」

「そうか。くさび守りも大変だな」

「ユーク様!? それは……」

「すまん、口が滑った。……ああ、この若者はケイン、大丈夫、俺の身内みたいなもんだ」

「はあ……ま、とりあえず中へどうぞ」

「世話になる」「ケイン・サハラです、お邪魔します」


 家の中に入ると、小さいが吹き抜けになっており、頭上にはシャンデリアが吊り下がり、左右に2階への階段があった。2階の正面、手すり越しに見える壁には、肖像画がいくつか掲げられていた。

 俺の目はその1つで止まった。


「あれは……」

「よく描けてるだろう?」


 その絵に書かれているのは、確かにドラコさんだった。


「あの絵を毎日見ておりましたからな。正直、知らせをもらった時には半信半疑だったのですが、お目にかかって確信いたしました」

「マルスさんは、ドラ……ユークさんの正体をご存知なんですよね?」

「ええ、もちろん存じ上げていますよ」


 そんなに知られていて大丈夫なのだろうか?

 不思議そうな俺の顔を見たマルスさんは続けた。


「私は初代レイン様から数えて8代目になります」

「そうか……もうそんなに代替わりしたのだな」


 レイン、という名前は1人しか知らない。

 レイン・リーン。

 ドラコさんと共に地球からこっちにやってきた大魔法使いだ。

 するとここはレイン・リーンの家なのか……


「どうぞ」


 通された部屋は、見たことのある場所でいえばガルシア邸のフランシスコさんの部屋に近い。壁一面の本棚、大きな執務机と応接セットなど、するとここは書斎あるいは執務室といったところだろうか。


「聞くが扉を開けられた者はもう出たか?」

「いえ、未だ一人も……」


 そう返すマルスさんの声には悔しげな響きが混じっていた。


「扉というのは何のことですか?」

「こちらです」


 そう言ってマルスさんは部屋の片隅にある扉の前に俺たちを連れて行った。

 それは奇妙な扉だった。

 普通の木で出来た扉だったが、その中央に金属の板がはめ込まれており、そこにはびっしりと刻印が記されていた。


「これは、魔法ですか?」

「ええ、それとこれを……」


 そう言ってマルスさんは厚いじゅうたんをめくってみせる。

 扉の周辺だけ板敷きではなく、鉄の床になっていた。


「重さに耐える為に、床に補強が入っています」

「というと、まさか圧縮空間ですか?」

「その通り、これが初代の研究室だと伝えられています」


 つまり、この扉は隣の部屋に通じているわけではなく、圧縮空間に通じているというわけだ。よく見ると扉の枠に見覚えのある紋様が記されている。この枠が圧縮空間を作り出し、扉の金属板でそれを封印している、ということになるのか。


「ユーク様、お願いできますでしょうか?」

「……え?」

「わざわざお越しいただいた、ということはこの扉の封印を開ける、ということでしょう?」


 期待のこもった目で、マルスさんはドラコさんを見る。


「いや、そんなつもりは無いが……」

「ええっ?」

「ん? まさかそれを期待していたのか?」

「もちろん……そうですが……」


 何か続けようとして、口を開けるも言葉が出てこないマルスさんに、ドラコさんは冷たく言い放った。


「甘い。自分たちで開けられないからといって人に頼るなど情けない」

「しかし……ならばなぜ?」

「俺は、ケインをここに連れて来たかっただけだ」

「えっ、俺ですか?」「この少年を、ですか……」

「そうだ。それに、この中にあるものはほとんど意味がないものだ。世に出して意味があるものはすべて賢人委員会に伝えてあるはずだ」

「では、なぜこのような赤の他人を……」


 にわかに、マルスさんの雰囲気が剣呑なものになってきた。そしてその敵意はどうやら俺の方に向いているらしい。


「落ち着け、そして聞け。そもそも、お前はなぜこの扉を開けることが出来ないのだと思う?」

「それは……注ぎ込む魔力の量が足りないためです」

「うむ、確かにそれが第一段階だな」

「まさか、まだ先があるのですか?」

「レインから聞いた話だと、次にいくつかの質問があるそうだ。それはこの世界では知ることが出来ない知識に関するものだ」

「……それは、まさか、ではこの少年は……」

「その通り、ケインは俺やレインと同じ世界からこちらに迷い込んだ人間だ」

「ドラコさん!? 何を……」


 いきなり俺の正体がバラされるとは思わなかった。俺自身は努めて異世界人だということを隠していたのに、いくらレインさんの子孫とはいえ、簡単に話していいものだろうか?


「その上で、宣言しておくが、この奥にあるのは何も世界を変えるような大発見だとか、希少な魔法具だとか、そういう類のものじゃない。基本的には俺達と同じ世界から来たものにしか意味がないものだ」

「……そんな……ばかな……そんなはずでは……」


 マルスさんはふらふらっとその場に座り込んでしまった。

 そんなマルスさんを見下ろしながら、ドラコさんはため息を一つついて話しはじめた。


「何か、困ったことでもあるのか?」


 はっとドラコさんを見上げたマルスさんは、ただ目だけを泳がせていた。

 やがて、意を決して立ち上がった彼は、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「……実は……先ほども申し上げたとおり、今私は7賢人の末席、第7位に甘んじております。それもリーン家という名前に助けられての事」

「なるほど、つまり、レインの遺産で一発逆転したい、ということか」

「そういうことになります。レイン様がこの扉を家に残したのは、私達を助けるためだと思っていたのですが……」

「それで間違っていない」

「ではなぜ?」

「レインがこの扉で企んだことは、すでに達成されている。わからないか?」


 俺には見当もつかなかったし、マルスさんもそのようだった。


「……この中にあるものを必要とするのは、異世界から迷い込んで来た者だけだ。ならば、そいつは必ず調べた末にここに足を運ぶ。子孫が異世界人の知己を得ることが出来るように、レインは家に扉を残したんだ」

「この少年を、ですか?」

「まあ、まだ若いし魔法の達人というほどではないが、それでも並みの魔族並みの魔力があるし、異世界の知識もある。いずれ大物になると俺は踏んでいる」


 俺は、褒められたのだろうか? 喜んでいいのかどうか分からなかったのでポーカーフェイスを保つ。


「ま、俺も何の因果か魔王なんてものになってしまったから、おいそれと出てくることは出来ないが、ケインならその点は大丈夫だろう」

「ち、ちょっと待って下さいよ。俺もトランド人ですから、そんなに頻繁にこっちに来ることなんで出来ませんよ」

「それでいいのか?」

「それで……とは?」

「お前はなにかこの世界で成し遂げたいことは無いのか、と聞いている」


 俺は言葉に詰まった。


今回の豆知識:


土壁や干しレンガ、というのは意外に丈夫らしく、シバームという町では9階建ての建物が作られているそうです。

タロッテ西側~ミニュジアはアフリカ文化圏をモチーフにしていますので、そういう建物もある、ということで。

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