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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第三章 15歳編 船長と魔王
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『聖者の園』

 上陸休暇の交代は正午と決めてあった。

 そのために船の食事も昼は用意していない。休暇帰りのものは早めに、これから休暇のものは遅めに町で取ることになっている。

 ウラッカ号の食事はそれほどひどいものではなかったが、町で好きなものを食べられるのに比べれば雲泥の差がある。

 俺としても、たっぷり野菜のサラダや塩漬けされていないジューシーな肉などが恋しくなっていたところだ。上陸したらまず腹ごしらえだな。

 昼の引き継ぎが終わって、俺は久しぶりの陸に降り立つ。主要な乗組員では、ガフとパットが船に、俺とジャックさんが上陸ということになっていた。

 港からまっすぐ北上して宿を目指す。

 このあたり、南北に走る大壁に沿う区画には公共の施設が多い。こちらの東側で言うなら、中央門の周辺は行政庁舎、そこから北が大学、南側が海軍の施設になっている。

 そういうわけで、俺は海軍の施設と町の間にある小道を進んでいた。

 タロッテは都市国家なので軍の規模はそれほどでもない。しかし、歩きながら柵越しに海軍の施設を見る限り、だらだらと歩くものや身なりの乱れたものなどはいない。

 俺はちょっと感心した。

 海軍では個々人の戦闘能力よりも規律と統制が強さを決定するのだ。いざ戦いになったら相当の力を発揮するだろうと思えた。

 小道を挟んだ東側、歩いて行く俺の右側は住宅街となっているようだった。ところどころ窓から窓へ渡された紐で洗濯物が干してあるのが見える。密集していて、あまり裕福な地区には見えなかったが、道端に浮浪者が寝転んでいるなどは見かけなかった。住人が清掃もしているのか、ゴミが散乱していることもなかった。

 この辺りはアンティロス以上だと思った。

 考えてみれば、タロッテは町が国土なのだ。

 トランドも実態は似たようなものだが、それでも多少は領土があるので、都市管理だけにすべての力を使う訳にはいかない。気合の入り方が違うんだろう。


 宿はすぐに見つかった。

 赤い扇の看板というのを聞いていたが、よく目立つそれはすぐに目に入った。石造り3階建ての大きな宿だった。

 1回の扉を開くとカウンターがあった。やはり大きいと食堂と共有では無いらしい。だが、いい匂いが奥から漂ってくる。

 俺は、とりあえず荷物を置くために受付を済ませる。

 聞いてみると食堂はあるのだが、入り口が違うらしい。建物の中からだと厨房を通らないと行けないようになっているらしく、俺は一度外に出て裏にあった食堂の入り口をくぐる。


「遅かったな」

「ちょっと補給の件で打ち合わせがありましてね。なにせ滞在期間がどれぐらいになるかわからないんで……」

「ああ、そうだな。悪いと思っている。なるべく早くかたをつけよう」


 ドラコさん達がいたのは、店のすこし奥まったところだった。個室というわけではなかったが、衝立で区切られてある程度内密の話をしても大丈夫そうだった。

 その場には、俺達パーティ4人にドラコさんとディオンさんが揃っていた。メイカさんは別行動だろうか?


「まあ、まずは席について、食べながらでいいから聞いてもらいましょう。まず、私が町の警備隊で聞いてきた話から……」


 ディオンさんに促されるまま、すでに料理が並んで、というか大半消費された状態の丸テーブルにつく。

 この食べ残しを……と心配したが、程なくして料理が運ばれてくる。たっぷりの生野菜と鶏肉のソテー、そして野菜のゴロゴロ入ったシチュー風のもの。さすが、長旅を終えた船乗りが食べたいものをよくわかっているメニューだった。

 給仕が戻っていくのを待って、ディオンさんが切り出した。


「まず、問題の組織についてです。名前は『聖者の園』といい、やはり相当の規模を持った集団だと考えられています」

「宗教団体、ってことで問題ないのよね?」

「ええ、一神ひとつかみ系の新興宗教と考えていいようです。ここ数年で信者を増やしているそうです」

「ディオン殿、先程からそうです、ようです、と言っておられるが、詳細は不明ということだろうか?」


 おお、珍しく鋭い指摘がカイラさんからあった。一同騒然、全パーティメンバー(本人を除いて3人)が感動した、かもしれない。ちなみに俺はチキンソテーに専念して、滴る肉汁に感動していた。


「……うむ、実はそうなのだ。教団を抜けた者を尋問した限りでは、組織の全体像がよくわからなくなっているそうなのだ。かなり小さく別れて活動しているらしい」

「それは秘密を守るためなんでしょうか?」


 至福のチキンソテーが終わって、付け合せの焼き野菜に移動した俺は、会話に加わる余裕ができていた。


「その可能性が高いね。むしろ宗教団体というより犯罪組織のような周到さを感じるよ」

「ちょっと話を戻すがいいかい?」

「どうぞ、ドラコさん」

「宗教団体ってことで、教義はどうなっている?」

「大体は『一神の導き』と同じと考えていいです。大きく違うのは、救世主の扱いですね」

「それはいわゆる『レイン教』とは違うのか?」

「難しいところなんですが……おそらく違います。『聖者の園』ではレイン崇拝のようなものはなかったと聞いています」

「じゃあ『聖者』って誰なの?」


 マテリエさんが問う。昼間なのにいつの間にかジョッキが積まれているのにはどう反応したものか……


「それは不明です。ただ……どうも現に実在している人物のようなことを聞いているようです。又聞きの話で申し訳無いのですが、力ある魔法使いのようです」

「そうか……」

「あ、いいですか? 『レイン教』って何でしょうか?」


 俺も異文化理解ということで宗教の解説書で勉強したが、そこには乗っていなかった。


「俺から話そう。本当はもっと長い名前が付いているんだが、レインが神の似姿で、この世界を救ったとかっていうイカレた宗教さ」

「はあ……でも、なんかそんな世界の危機とかあったんですか?」

「この町に潜んでいた魔王を追い出して平穏をもたらしたとかいうことになっている」

「もしかして……その魔王って……」

「俺のことだな」

「そんな宗教があるんだったらドラコさんの身も危ないんじゃないですか」

「まあ、大した勢力じゃないから問題ない。たしか信者だってほとんどいないし、そもそもタロッテにしかいないらしいからな」

「そのことも警備隊に聞いてきました。教会が1つありますが、信者は10人程度だそうです」

「……ということで大した障害じゃない。むしろ『一神』の方が問題だな」

「そうですね」


 『一神の導き』はこの世界の最大宗教だ。単に教会といえばこれを指す。アンティロスにあるミデアスさんの教会も当然、『一神』の一派だ。

 この宗教がどうしてドラコさんに取って問題になるのか? それは、魔族を相容れないものとしているためだ。いくつも分派があるので温度差はあるが、最も過激な一派は人類が総結集して魔族を滅ぼせ、とまで言っている。


「それはあまり心配しなくても良いですよ。タロッテでは宗教はそれほど力を持っていません。一神系とはいえ、ほそぼそとやっているようです」

「多文化共生が建前だからな。あまり宗教に染まるのをこの町の人間はよしとしない。その辺は……まあ200年前から変わっちゃいねえな」


 いつもそうだが、ドラコさんは昔の話をするときにどこか遠くを見ているような目をする。彼女にだけ見えているものがあるのだろうか? そういえば俺の爺さんもよくそんな顔をしていたことが頭をよぎった。


「まあ、とにかくレイン・リーンと『聖者の園』との関係は無いようなのですが、ドラコさん、どうします?」


 どうします? とは、もはや彼女がこれに関わる義理が無いということだ。遠く南大陸では伝わって来なかったが、こちらに来てレインと件の教団が無関係であることがわかったので、彼女の動機も失われているはずだった。

 俺は、生野菜のサラダをワシャワシャと食べながら、ちょっとドレッシングの酢がきついなと思っていた。


「それは……ああ……いや、続けよう」


 皆が意外な顔をしてドラコさんの顔を見る。


「ま、乗りかかった船だからな。この町には思い出もあるし、昔なじみもいる。ちょっとした恩返しといったところだ」


 「昔なじみ」のところで俺と目が合う。

 ああ、そういうことか。

 俺は昨日のドラコさんとの通信を思い出した。彼女が覚えのあるらしい魔族の気配。もしかすると何らかの因縁がある相手かもしれない。そしてそれが今回の一件の糸を引いているという可能性は十分にあるのだった。

 ここでマテリエさんが口を挟んだ。


「で、どれぐらい戦える相手なのか教えてもらえる?」

「君たち実働班にとってはそちらのほうが気になるようだね。大体10人前後で活動しているらしく、かなり腕がたつようだ」

「ふうん、で今まで何人ぐらい捕まえたの?」

「16人」

「そこから知り合いや家族をたどって行けないの?」

「それが……襲撃に加わっているのがならず者に近い冒険者がほとんどでね。この町に地盤が無い連中ばかりらしい」

「ちょっと待って、それならただの盗賊集団と一緒じゃない。本当に宗教団体だって確証はあるの?」

「襲撃には加わらないものの、手助けをする者がいるらしい。襲撃隊とは最低限しか関わらず、資金と場所の提供をするそうだ。襲撃の頻度から考えても、背後に1000人以上の規模の組織があると見て間違いない」

「貴族や行政の自演という可能性は?」

「……無いとは言えないね。特定の派閥だけ狙われているなどがあれば疑うことはできるだろう」

「貴族が関わっていたら背後組織の規模はもっと小さくてもいいかもしれないね」

「そうだね、そちらは私が今後担当して調べよう」


 いったんディオンさんの話が落ち着いたところで、俺は聞いてみた。


「ところで、他の人は昨日何か情報を手に入れたんですか?」


 一瞬空気が固まる。


「お……俺は、昔のつてを辿ったんだけど、すでに引退していて……」

「あたしたちも……冒険者から情報を貰おうとして、酒場に行ったんだけど……」

「行ったけど?」

「いや……あの、ほら、ちょうどこの秋の新酒が入っていて……いや、そう、ジャックがガバガバ飲んでるから、ついあたしも……」

「わしのせいにするんじゃない……というか、いきなり聞いても警戒されるだろうが。すこし様子を見て馴染みになってからじゃないとうまくいかん」

「そ……そうなのよ、うん。だから昨日は様子見ってことで……」

「私はちゃんと情報収集をしたぞ」


 一同驚きの声をあげる。

 なんということだろう。先ほどの指摘といい、このタロッテの空気にはカイラさんの頭の回転を良くする何かが含まれているのかもしれない。

 できれば缶詰にでもして持って帰ったらどうだろう? 「タロッテの空気の缶詰」、これであなたも一流冒険者に! などと、新商品を思いついてしまった。


「何かわかりましたか?」

「うん、新酒は『山の坂上がり亭』が一番いいのを入れているそうだ」


 新商品、没。


「教団に関してはなにか無いんですか?」

「うむ、無い」


 俺はシチューの最後のひとさじを飲み込んで忘れることにした。

 頭の回転の速いカイラさんなんていなかったのだ。

今回の豆知識:


南極か北極の空気の缶詰、というのは昔ドラえもんの単行本か何かで読んだ覚えがあります。

開けて頭が良くなるかどうかは知りません。

あと予めツッコミを回避しておきますが、ジャックは一般船員扱いなので1勤2休ということで、前日も上陸しています。

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